第03話 選ばれました
「先生、またコンビニ弁当?」
声と同時に、隣の机の椅子が当然のように引かれる。
柊ひなただ。
彼女は当然のようにそこに座り、レジ袋を机に置いた。
「そういうお前も、またパンじゃないか」
「ダイエット中なんだよ」
そう言いながら、ひなたはクリームパンとパック牛乳を机に出した。
それを横目で見て、海苔弁のちくわ天を頬張る。
「ほー……。クリームパンを食べて、ダイエットか」
「知らないの? 甘いものは別腹でしょ」
「他の女子が言ったら、怒られるやつだな」
ここに入り浸るなと、何度も言っている。
それでも、こういう昼休みは嫌いじゃなかった。
「さっきの授業、ちょっと眠そうだったよね」
ひなたはパンをちぎりながら、何気なく言う。
「眠いんだよ。昼飯前だしな」
「先生って、いつもそんな感じ」
「どんな感じだ」
「生きるのに疲れてる感じ」
「やめろ。誤解を招くだろ」
思わず顔をしかめると、ひなたは小さく笑った。
悪意はないのが余計に困る。
窓の外では、秋の雲がゆっくり流れていた。
「ねえ、先生」
「なんだ?」
「先生ってさ、昔は何してたの?」
箸が一瞬止まる。
何気ない質問のはずだった。
なのに、妙に引っかかった。
「日本史の教師だが」
「そうじゃなくて」
軽い調子が消えて、ひなたがこちらを見る。
「もっと前」
少しだけ間が空く。
「……普通だよ」
「ふーーーん……。」
明らかに納得していない返事だった。
「お父さんが言ってた。
先生は、俺なんか比べものにならない修羅場をくぐってきたお方だって」
海苔弁の白身フライに箸を伸ばしかけて、手が止まる。
「お前のお父さん、なんか勘違いしてんだよ」
「政さんも同じこと言ってた」
「若頭さんが?」
思わず聞き返していた。
「うん、先生なら兄貴って呼べるってさ」
「いやいや、十歳以上年上だぞ。あの人」
肩を震わせながら、弁当を口へ運ぶ。
「男が男に惚れるってやつだね!」
「俺は、女だけでいい」
ひなたが、ぴたりと動きを止めた。
身を乗り出してくる。
「じゃあ、私! 私は!」
「はいはい」
「もうっ! 彼女いないんだから、私でいいじゃん!」
「はいはい」
適当に相槌を打つ。
ひなたが机を軽く叩き、不満そうに頬を膨らませる。
その瞬間だった。
「んむっ!?」
意識の隅に、違和感が走った。
妙な感覚が引っかかり、背筋を何かが撫でた。
思わず勢いよく立ち上がり、辺りを見渡す。
「どうしたの?」
「今……。」
ひなたが、不思議そうにこちらを見る。
続きを言おうとしたところで、部屋の隅に置かれたテレビの電源が、勝手に点いた。
『おめでとーございます!』
テレビ画面いっぱいに、金髪美人のバニーガールが現れた。
パァンッ、と陽気な音を響かせ、クラッカーを鳴らす。
「……へっ!?」
ひなたが、間抜けな声を漏らした。
俺も同じだった。
頭が、それを理解することを拒んでいた。
『あなたたちは、選ばれました!
日本の中で、若くて最も『普通』なグループとして!』
しかし、金髪バニーガールは止まらない。
もう一発、クラッカーを鳴らし、さらに意味不明なことを続ける。
『これは名誉ですよ!
なにせ、私に選ばれたのですから!』
俺は、リモコンを手に取った。
チャンネルを次々と変える。
『……ということで、あなたたちには戦ってもらいます!
第015787惑星、あなたたちが地球と呼ぶ星の存亡を賭けて!』
だが、どのチャンネルも、金髪バニーガールしか映らない。
『さあ、はりきっていきましょー!
新しい朝の始まりですよ! いえーい!』
改めて、クラッカーを鳴り、爽やかな音楽が流れる。
夏休みのラジオ体操が日課だった、俺世代なら誰もが知る朝の音楽だ。
この理不尽さには、覚えがあった。
神が介入しているときの、あの感覚だ。
気づけば、リモコンを机に叩きつけていた。
「くそがっ!」
「……ど、どうしたの? せ、先生?」
ひなたが困惑しきった顔を向ける。
だが、今はそれどころじゃなかった。
迷っている時間はない。
「逃げるぞ!」
「えっ!? ……あっ!? ちょっ!?」
俺は、ひなたを強引に脇に抱える。
窓を開け放ち、そのまま外へ飛び出した。




