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白いストックを、君へ  作者: rara


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4/5

涙溢れる逢瀬

アンジェラの悲劇から、おおよそ一ヶ月後――。


ようやくアルトは、再びアデナ城へ姿を現した。


けれどその夜は、これまでの密やかな逢瀬とはまるで違っていた。


白い光が窓辺へ浮かんでも、アリッサの胸は高鳴らない。


あれほど待ち焦がれていたはずなのに。


嬉しさより先に、静かな終わりの気配が胸を満たしていた。



ロープを伝い、アルトが静かにバルコニーへ降り立つ。


その姿を目にした瞬間、アリッサは泣きそうになった。


一ヶ月ぶりに見るアルトは、どこかやつれて見えた。


表情も暗い。


まるで、この一ヶ月ずっと何かに苦しみ続けていたかのようだった。


その姿が痛いほど伝わってきて、胸が締め付けられる。


けれど――もう以前のように、無邪気に駆け寄ることはできなかった。



「……久しぶりね、アル」


震えないようにしたはずの声は、思ったより静かだった。


その一言を口にしただけで、胸の奥が苦しくなる。


アルトもまた、微笑もうとして――結局、うまく笑えなかった。


「アルに、大事な話があるの」


そう口にした瞬間、アルトの表情が強張る。


何かを悟ったようだった。


アリッサは唇を噛み締める。


本当は言いたくなかった。

けれど、もう逃げることは許されない。


「アル。私はもう、二度とここへ来ることはできない」


その言葉は、まるで自分自身へ言い聞かせるようだった。


アルトは驚かなかった。


むしろ、やはりそうなのだと、どこかで覚悟していたように静かに目を伏せた。


だからこそ、何も言えず頷くことしかできなかった。


「……そうか」


掠れた声だった。


そして、小さく息を吸う。


「私はもうすぐ、“死んだこと”になるの」


その瞬間、アルトの瞳が大きく揺れた。


まるで、胸を刃で貫かれたような顔だった。


「……アリッサが、死ぬ?」


声が震えている。


アリッサは、自分の心まで崩れてしまいそうになるのを必死に堪えながら、静かに話し始めた。


「事情があって……私が、アンジェラとして生きていくことになったの」


アルトが息を呑む音が聞こえた。


「アリッサのままでは駄目なのか?」


苦しげに問い返す。


「どうして、“死ぬ”必要があるんだ……!」


その声には、怒りではなく、どうしようもない悲しみが滲んでいた。


アリッサは視線を落とす。


「……どうしても、駄目なの」


震えそうになる声を押し殺しながら、アリッサは続けた。


「だから私は……アルと密会していた時、ロープが切れて亡くなったことになるの」


残酷だった。

あまりにも残酷な偽りだった。


アルトは言葉を失う。


そんな理由で。

そんな形で。


“アリッサ”という存在そのものが、この世界から消される。


到底、受け入れられるはずがなかった。


「どうして……そこまで嘘をつく必要があるんだ」


震える声だった。


アリッサは唇を強く噛み締める。


泣いてはいけないと、自分へ言い聞かせながら。


「……後の王族達が、私みたいな過ちを繰り返さないようにするためよ」


その瞬間ー張り詰めていたものが、音を立てて崩れ落ちた。


アリッサの身体から力が抜け、その場へ蹲る。


「っ……」


堪えていた涙が溢れた。


両手で顔を覆っても、嗚咽は隠せない。

肩が小刻みに震える。


「……アリッサとして、アルを想って死ねるなら……それでいいの……」


途切れ途切れの声だった。


どれほど強がっても、本当は怖かった。


愛する人の前から、自分という存在が消えることが。


もう二度と、“アリッサ”として呼ばれなくなることが。


十七歳の少女が背負うには、あまりにも残酷な運命だった。


「アリッサ……」


アルトは、泣き崩れる彼女を後ろからそっと抱き締めた。


細い身体だった。

折れてしまいそうなほど、弱々しかった。


本当は――、アルトは、アリッサを攫うつもりだった。


予言も、国も、全て捨てて。

二人で逃げればいいと、本気で思っていた。


王子ではなく、ただ一人の男として、彼女を連れて行きたかった。


しかし、アリッサは逃げなかった。


泣きながら、それでも国のために生きようとしている。


その覚悟を知ってしまった今、もう自分の願いだけを押し付けることはできなかった。



しばらくして、アリッサがゆっくり顔を上げる。


涙で濡れた瞳の向こうで、アルトは悲しそうに微笑んでいた。


その表情が、たまらなく苦しかった。


だからアリッサは、無理矢理笑った。


せめて最後くらい、笑顔でいたかった。


「……そんな顔しないで」


震える声でそう言うと、アルトは静かに彼女の頬へ触れる。


その手は、驚くほど優しかった。


そして二人は、最後の口付けを交わした。


まるで互いを忘れないように。

離れてしまう運命へ抗うように。


何度も、何度も。

苦しいほど強く、互いを求め合った。


唇が離れるたび、もう二度と戻れない現実だけが胸へ突き刺さる。



やがて、別れの時が訪れる。


アリッサは苦しさを堪えながら、そっとアルトの頬へ触れた。


「どうか、お身体を大切にしてください」


アルトは、その手へ静かに自分の手を重ねる。


「私は、これからもずっとアリッサを見守っている」


優しい声だった。


けれど、その奥には、押し潰されそうなほど深い痛みが滲んでいた。


「無理に立派な女王になろうとしなくていい」


アルトは微笑む。


「ありのままのアリッサでいてくれればいいんだ」


その言葉に、アリッサの瞳が揺れた。


“アリッサ”として生きられなくなるからこそ、その優しさが胸を締め付ける。


「……きっとアリッサなら、国民に愛される王になれる」


アリッサは涙を堪えながら、小さく笑った。


「ありがとう、アル」


その笑顔を、アルトは焼き付けるように見つめる。


そして最後に、彼女を強く抱き締めた。


離したくなかった。

このまま連れ去ってしまいたかった。


それでも、離さなければならなかった。



アルトは無数の白い光を夜空へ放つ。


光はまるで星屑のように、静かに二人を包み込んだ。


そしてアルトはロープを伝い、アデナ城を去っていく。


アリッサは最後まで、その背中を見つめ続けていた。


涙で滲み、何も見えなくなっても。


それでも、最後まで。

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