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白いストックを、君へ  作者: rara


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3/5

崩れた運命

翌朝。


アルトとカレラは馬車へ乗り込み、療養中の祖母――アザミの元へ向かっていた。


アザミは長い病によって視力を失っていた。

もう愛する孫達の顔を見ることはできない。


それでも部屋へ入った瞬間、二人の気配だけで穏やかに微笑んだ。


「……よく来てくれた。私の大切な孫達」


掠れた声だった。


「アザミお祖母様。無理に起き上がらなくて大丈夫ですよ」


寝台から身体を起こそうとする祖母へ、カレラが静かに声を掛ける。


アザミは弱々しく頷いた。


アルトはその傍へ跪き、皺の刻まれた青白い手をそっと握る。

昔は大きく感じていたその手が、今は驚くほど細くなっていた。


「……アルト」


アザミが静かに口を開く。


「今日は、お前へ伝えねばならぬことがある」


その声音は、いつになく重かった。


アルトとカレラは思わず顔を見合わせる。


アルトは小さく息を飲み込んだ。


アザミは昔から、“未来を見る者”として恐れられ、敬われてきた。

彼女の予言は、恐ろしいほどよく当たるのだ。


部屋の空気が静まり返る。


そしてアザミは、ゆっくりと言葉を落とした。


「……アリッサ王女様ととは、別れなさい」


アルトの肩が大きく揺れる。


「お前の持つ力は、二国の民を守るため神から授けられたもの」


「それでもなお、アリセナの王女を求めれば――」


アザミは苦しそうに息を吐く。


「二つの国は、滅びへ向かうだろう」


その瞬間ーアルトの中で、何かが崩れ落ちた。


視界が暗く染まっていく。


アザミの予言は絶対だった。

これまで幾度となく国を救い、未来を言い当ててきた。


だからこそ、その言葉はあまりにも重い。


アルトは、自分の願いが国を滅ぼすのだと突き付けられた気がした。


愛する人を選べば、多くの命が失われる。


では、自分は何のために生きているのか。


胸の奥へ、冷たい絶望が広がっていく。


そんなアルトの肩へ、カレラが静かに手を置いた。


「……今日はもう休め、アルト」


呆然とした弟の代わりに、カレラがアザミとの会話を引き継ぐ。


アルトは何も言えないまま立ち上がり、逃げるように部屋を後にした。


「……どうすればいいんだ」


帰りの馬車の中。


アルトは頭を抱え、掠れた声で呟いた。


向かいに座るカレラも、今日ばかりは弟を責めることができなかった。


いつもなら密会を咎めるはずなのに、今のアルトはあまりにも弱々しかった。


「深く考えすぎるな」


カレラは静かに言う。


「それに、お前は元々王位を継ぐつもりだったのだろう?」


アルトはゆっくり首を横へ振った。


「……私は、王の器ではありません」


その声には力がなかった。


「お兄様の方が聡明で、私よりずっと国を見ています」


だがカレラは苦く笑う。


「そう思っているのは、お前だけだ」


窓の外へ視線を向けながら続けた。


「王族も、民も……皆、お前を望んでいる」


「強大な力を持つお前が、この国を導くべきだと」


アルトは黙り込む。


その言葉が間違っていないことを、彼自身が一番理解していた。


民はアルトの力を恐れていた。

だが同時に、その力が国を守ると信じてもいた。


だからこそ、王として期待されている。


アルトは窓の外を見つめる。

流れていく景色が、妙に遠く感じた。


魂だけが、どこかへ置き去りにされたようだった。


その後、二人の間に会話は生まれなかった。



――数日後。


アリセナ国で、後に王族の間で“建国以来最悪の悲劇”と呼ばれる事件が起きる。


公務を終え帰城していたアンジェラの馬車が、盗賊達に襲撃されたのだ。


激しい雷雨の夜だった。


護衛騎士達が応戦する中、アンジェラは一人その場から逃がされた。


足場の悪い山道で、雨に濡れた地面が崩れる。


アンジェラはそのまま斜面を滑り落ち、岩場へ強く身体を打ち付けた。


発見されたアンジェラは、雨と泥に濡れ、衣服も所々破れていた。


腕や頬には痛々しい擦り傷が残り、頭部を強く打った影響で、意識は戻らないままだった。



事故から数日後。


王と王妃、そしてアリッサは、治療を受けるアンジェラの元を訪れた。


部屋には薬草の匂いが重く漂っている。


窓辺の白いカーテンが、風に揺れていた。


寝台へ横たわるアンジェラは、痛々しい擦り傷こそ残っていたものの、まるで眠っているようにも見えた。


だが、その瞼が開くことはない。


「……なんてことなの」


王妃は娘の姿を見た瞬間、声を震わせた。


力が抜けるようによろめき、王が慌ててその身体を支える。


アリッサもまた、大粒の涙を零しながら姉の元へ駆け寄った。


「お姉様……っ」


震える手で、アンジェラの冷えた手を握る。


「どうして……お願いです、目を覚ましてください」


涙で声が途切れる。


「また一緒にお茶をしたいんです……庭園へ花を見に行きたいんです……」


必死な願いだった。


けれど、どれだけ呼びかけても、アンジェラの瞼が開くことはなかった。



そして翌日――。


アンジェラは静かに息を引き取った。


建国から、まだ数年。


国の基盤すら安定していない中で、聡明な第一王女の死は、あまりにも大きすぎた。


王族達は深い混乱へ包まれる。


もしこの事実が外へ漏れれば、国内の不安は一気に広がるだろう。


敵対するクルート国にすら、隙を見せることになる。


だからこそ、アンジェラの死は公にできなかった。


アリッサは突然姉を失い、深い喪失感へ沈んでいく。


そして同時に気付き始めていた。


これまでアンジェラが背負っていたものが、少しずつ自分へ向けられていることに。


王族としての責務。

国の未来。

誰かの代わりとして生きる重圧。


それが恐ろしくてたまらなかった。



アンジェラが亡くなってから、アリッサは部屋から一歩も出られなくなる。


そんな彼女へ寄り添ったのは、ニオだけだった。


食事を運び、静かに話し相手となり、何も言わず側にいる。


ニオは日に日に痩せていくアリッサを見るたび、胸が締め付けられた。


そして同時に、怒りにも似た感情を抱いていた。


こんな時こそ、アリッサの愛するアルトが来るべきなのに。


――どうして来ないのか、と。


だが、アリッサとアルトが次に再会したのは。


幸福な密会ではなく――“最後の別れ”の時だった。

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