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白いストックを、君へ  作者: rara


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2/5

永遠ではない時間

その夜。


アデナ城の窓辺へ、淡い光が浮かんだ。


白く小さな光球。


それは、アルトが城下へ来た合図だった。


「……アル」


アリッサ王女は嬉しそうに微笑む。


周囲に人の気配がないことを確認すると、慣れた手つきでバルコニーの手摺へロープを掛けた。


しばらくして、ロープを登ってきたアルトが姿を現す。


「アリッサ」


その名を呼ぶ声は、ひどく優しかった。


アルトは彼女を抱き寄せる。


一週間ぶりだった。


たったそれだけなのに、互いの温もりが恋しかった。


アリッサは嬉しそうに笑い、そっと唇を重ねる。


「今日はどんな話をする?」


アルトが問いかける。


二人はバルコニーのベンチへ並んで腰掛けた。


幼い頃の思い出。

城での退屈な出来事。

最近読んだ本。


そんな他愛もない話をして、何度も笑い合う。


この時間だけが、二人にとって世界の争いを忘れられる瞬間だった。


「……この時間が、ずっと続けばいいのに」


ぽつりとアリッサが呟く。


アルトは静かに頷いた。


「私も、そう思ってる」


叶わない願いだと、どこかで分かっていた。


それでも願わずにはいられなかった。


アルトは、アリッサの頭を優しく胸元へ引き寄せる。


「ねぇアル。もし二つの国が一つになったら、私はアルのお嫁さんになれるのかしら」


「どうだろう」


アルト王子は苦笑する。


「でも私は、王家に縛られるより……二人で平民になって静かに暮らしたいな」


「ふふ。私も王妃様には向いてなさそう」


想像した未来は温かいのに、現実には遠すぎた。


だからこそ、余計に胸が痛む。


空気を変えるように、アルト王子は小さく指を鳴らした。


次の瞬間。


無数の淡い光が夜空へ広がる。


まるで蛍のように、二人を囲んで漂った。


「綺麗……」


アリッサは目を輝かせる。


そしてアルトの膝へ頭を預け、光へそっと手を伸ばした。


「私がアルに初めて会った日も、こんな夜だったわね」


「あぁ」


アルトは懐かしそうに目を細める。


「当時の私は、この力のせいで周囲から距離を置かれていた」


強すぎる力は、人を惹きつける一方で恐れさせる。


王族達ですら、時折自分を“人ではない何か”を見るような目で見ていた。


「そんな私の力を、初めて“綺麗”だと言ってくれたのがアリッサだった」


アリッサは小さく笑う。


「だって本当に綺麗だったんだもの」


その言葉に、アルトの表情が柔らかく崩れた。


アリッサといる時だけは、自分が“力”ではなく、一人の人間として存在できる気がしていた。


「……アリッサ」


「なぁに?」


「愛しているよ」


真っ直ぐな言葉だった。


アリッサも微笑む。


「私もよ。アル」


永遠には続かない。


それでも少しでも長く続いてほしいと、二人は夜空へ願った。


だがその幸福な時間は、静かに終わりへ近づいていた。


日付が変わる頃、アルトは静かにクルート国へ戻っていった。


ロープが引き上げられ、白い光も夜の闇へ溶けていく。



アリッサは名残惜しさを胸へ押し込みながら、自室へ戻った。


寝支度を終え、長い髪をほどく。


まだ胸の奥には、アルトに抱き締められた温もりが残っていた。


触れられた指先。

耳元へ落ちた優しい声。


思い出すたび、胸が甘く熱を帯びる。


その時だった。


――コンコン。


静かなノック音が響く。


「アリッサ。私よ」


落ち着いた声だった。


「お姉様」


扉を開けると、そこには寝間着姿のアンジェラが立っていた。


夜更けだというのに、その表情はどこか冴えている。


淡い月明かりに照らされた姿は、美しく、それでいて少し儚げだった。


アンジェラは慣れた様子で部屋へ入り、ベッドの端へ腰掛ける。


アリッサも小さく微笑み、温めていたホットミルクを二人分用意した。


甘い香りが、静かな部屋へゆっくり広がっていく。


「お姉様、まだ起きていらしたんですか?」


「アリッサこそ」


アンジェラはカップを受け取りながら、穏やかに問いかける。


「今夜は、アルト王子様が来ていたのでしょう?」


その瞬間。


アリッサの肩がぴくりと揺れた。


露骨に目を逸らす妹を見て、アンジェラは呆れたように小さく笑う。


そして両手でアリッサの頬をそっと挟み、真正面から顔を覗き込んだ。


「誤魔化しても無駄よ」


「……ニオですか?」


気まずそうに尋ねると、アンジェラは静かに頷く。


アリッサは深いため息を吐いた。


これから長い説教が始まるのだろうと、思わず身体を縮こませる。


だがアンジェラは、予想とは違い柔らかく微笑んだ。


「安心して。私はアリッサを責めに来たわけじゃないの」


その声は、ひどく優しかった。


「二人が想い合っていることは、幼い頃から知ってる」


アリッサは目を瞬かせる。


「私は、貴女が誰かを好きになったことを否定したくないわ」


アンジェラはそう言って、静かに窓の外を見つめた。


遠い夜空の向こうには、クルート国がある。


「アリッサには、私みたいになってほしくないの」


ぽつりと零れた言葉は、どこか寂しかった。


「王族だからと、自分の人生を諦めてほしくない」


月明かりを受けたアンジェラの横顔は、とても儚く見えた。


同じ双子で、同じ顔をしているのに。


姉は昔から何でも一人で背負っていた。


聡明で、冷静で、誰よりも王族らしい人。


だからこそアリッサは時々、不安になることがあった。


この小さな背中へ、一体どれほどの重責が乗せられているのだろうと。


アリッサはそっとアンジェラの手を取る。


そして、自分の胸元へ引き寄せた。


「……お姉様は、幸せですか?」


静かな問いだった。


アンジェラは少しだけ目を伏せる。


「どうかしら」


曖昧に微笑みながら、今度はアリッサの頭を優しく撫でた。


その手は温かく、安心する匂いがした。


幼い頃から変わらない、大好きな姉の手だった。


心地よさに、アリッサの瞼が少しずつ重くなる。


「私は、お姉様にも幸せになってほしいです」


アンジェラは一瞬だけ目を見開く。


けれどすぐに、切なげに微笑んだ。


「ありがとう、アリッサ」


そう言って、アンジェラは妹を包み込むように抱き締める。


細い身体だった。


けれど、その抱擁は不思議なほど安心できた。


まるで、大切なものを失わないように確かめるような抱き締め方だった。


しばらくして、アンジェラは静かに部屋を後にする。


扉が閉まったあとも、部屋にはまだ姉の温もりが残っていた。


優しい姉がいる。

愛する人がいる。

だからきっと、未来も幸せなのだと。


まだ幼かったアリッサは、疑いもせずそう信じていた。


――この穏やかな時間が、永遠ではないことも知らずに。


そして穏やかな眠気へ包まれながら、静かに目を閉じた。

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