失われた文明
午後最後の授業は、環文明の歴史だった。
教室に入ってきた女性教師は、
無駄な前置きもなく教科書の該当ページを開くよう指示した。
その口調だけで、重要な講義であることが分かる。
「では――“千年前の崩壊”から始めよう」
ページを開くと、
塔を中心とした古代都市の挿絵が目に入った。
どこか神殿めいた美しさを持つその景観に、
胸の奥がぼんやりと疼く。
「環文明は、魔力の流れ――環流を制御し、
大陸全土の循環を安定させていた高度文明だ」
教師の声は落ち着いていたが、
内容は重く響いた。
「各地に建てられた環柱は魔力を受け渡し、
ひとつの“大きな輪”として世界を支えていた。
しかし千年前、中央環が暴走し、
環流は引き裂かれた」
黒板に描かれた円は、
中央部分だけ黒く塗りつぶされた。
「これが環の断裂だ。
以降、多くの環柱は沈黙し、魔術も不安定になった。
本来制御されていた魔力が、野放しになったからだ」
(……やっぱり、環柱は危険なんだ)
実習で感じたあの圧迫感を思い出すと、
胸の奥が少し強く脈を打つ。
「質問は?」
前の席の女子が手を上げた。
「先生……中央環は、今どうなっているんですか?」
「封鎖されている。近づくだけで魔力が暴走する危険地帯だ」
教室にざわつきが走る。
僕は無意識に胸へ手を当てた。
服越しに触れる環紋が、
じんわりと熱を持っている気がした。
「続けて、“環紋”についてだ」
教師の視線が教室を横切る。
「環文明の適合者には、身体のどこかに薄い環紋が現れる場合があった。
幼少期に現れ、成長とともに消える――とされる」
胸が跳ねた。
(……消える、はず……?)
僕の環紋は、消えていない。
むしろ、最近はずっと熱を帯びている。
「現代ではほとんど見られないが、もし環紋を持つ者がいれば――」
教師は、黒板の中央の黒い円に目を向けた。
「“環の断裂”との関係が疑われるだろう」
教室が静まった。
僕は深呼吸をした。
胸の熱が少しだけ引いていく。
(環文明……環紋……塔……)
頭の中で点が増えていく。
けれど、それらが何かに結びつくには、まだ距離がある。
そのとき――
ふいに風が窓を揺らした。
白いものが視界の端をかすめた。
(……え?)
視線を向けると、中庭に“あの子”が立っていた。
白銀の髪が、夕光をやわらかく反射している。
琥珀の瞳は、何かを測るように静かにこちらを見ていた。
胸の音が、すっと消えた。
さら……
…………
世界が、一瞬だけ深い海のように静まる。
(また……)
見つけようとしたわけじゃないのに、
なぜか目がそちらへ吸い寄せられる。
白銀の少女は、軽く首をかしげた。
一瞬だけ、表情が揺れた気がする。
次の瞬間、校舎の影へ静かに消えた。
「レイル? 本気で顔色悪いって」
アッシュの声で現実に引き戻された。
「……うん、大丈夫。ちょっと考えごと」
アッシュが心配そうに眉を寄せる。
(……なんで、僕はあの子を見つけてしまうんだ)
知識でも、説明でもなく。
ただ、胸に残るその“引っかかり”だけが、
静かに息をしていた。




