誰も見ていない白い影
歴史の授業が終わると、生徒たちは次の教室へ移動するため廊下へ一斉に溢れ出した。
ざわめき。
足音。
教科書を抱えた腕同士がぶつかる音。
それらの雑音の中で、胸の奥の“さらさら”だけが不自然に静かだった。
(……さっき、いたよな)
窓の外に立っていた白銀の少女。
あの一瞬だけ、教室全体の音が消えた。
あれは幻でも気のせいでもない。
僕は廊下を歩きながらも、
無意識に窓の向こう側を探していた。
「おいレイル、歩きながら窓見ると転ぶぞ」
アッシュが前から手を振る。
「……ああ、ごめん」
「なんか、最近ずっと上の空だよな。疲れた?」
「まあ、少しね」
嘘ではない。
でも自分でもよく分からない疲れだ。
* * *
次の教室へ向かう途中、
中庭が見える大きな窓の前を通りかかった。
その瞬間――
白い影が、すっと視界をよぎった。
(……いる)
塔の方角とは違う。
学院本棟の裏手、花壇のそば。
白銀の髪が風に揺れ、
少女は静かに立ってこちらを見上げていた。
胸がひやりと冷える。
(どうして……また?)
足が止まった。
「ん? どうした?」
アッシュの声が聞こえたが、
僕は視線を窓からそらせない。
「……今、誰か、いたよな」
「どこに?」
「ほら、中庭。花壇の近く」
アッシュも窓の外を見る。
数秒、真剣に目を凝らして――
「え? 誰もいねえぞ?」
(……え?)
僕はもう一度、窓に顔を近づける。
白銀の少女は、確かにそこに――
いない。
風に揺れる花壇と芝生だけが、
何事もなかったように広がっている。
「……さっき、白い髪の子がいたんだ。確かに」
「まじ? どっか行ったんじゃね?」
「……そうかな」
違う。
そんな簡単な消え方じゃない。
さっきまで立っていた位置には、
少女の気配が薄い霧のように残っている気がした。
僕には見えた。
でもアッシュには見えていない。
昨日も。
今日も。
(……やっぱり)
胸がひとつ脈打つ。
(見えてるのは……僕だけだ)
* * *
放課後、学生寮へ向かう道。
夕焼けが校舎のガラスに反射し、淡い金色に染める。
ふと、視界の端で白い影が揺れた。
振り向くと――
塔の方向、校舎の影の縁に、また彼女が立っていた。
誰も気づかない。
誰も騒がない。
通り過ぎる生徒も、一度もその方へ目を向けない。
少女と目が合った。
胸の音が、またすっと消える。
(……やっぱり、僕にだけ)
少女は何も言わない。
ただ静かにこちらを見つめていた。
怒っているでもなく、
助けを求めているわけでもなく、
かといって“無関係”でもない。
その視線はどこか――
僕を“確かめている”ように感じられた。
夕陽に照らされて、白銀の髪が淡く光る。
少女はゆっくり首を傾げると、
一歩だけ影の中へ後ずさった。
そして、音もなく消えた。
(……どうして僕なんだ)
問いの形も定まらないまま、
胸の奥に小さな波紋だけが広がっていく。




