端血《エッジブラッド》
塔の沈黙は、思ったより重かった。
何かが終わった、というより、
“閉じられた”という感覚だけが残っている。
境界の光は消え、床の脈動も止まっていた。
さっきまで確かにあったはずの“応答”が、嘘みたいに引いている。
(……拒まれた)
そう理解するのに、時間はかからなかった。
胸の環紋は、まだ熱を持っている。
けれど、さっきまでの鋭さはない。
痛みの名残だけが、じんと残っていた。
「……レイル」
かすれた声。
振り向くと、セラがそこにいた。
いや、“そこに留まっている”と言った方が近い。
輪郭は薄く、光は途切れ途切れで、
今にも崩れそうなのに――それでも、目ははっきりこちらを見ていた。
「……大丈夫?」
大丈夫なはずがなかった。
でも、首を横に振るほどの余裕もない。
「……なんで、止めてくれなかったんだ」
声が、思ったより低く出た。
責めるつもりはなかった。
ただ、聞かずにいられなかった。
セラは一瞬、目を伏せる。
「止めた……つもりだった。
でも……あなたの音が、強すぎた」
胸に手を当て、息を整えるようにして続ける。
「あなたは、呼ばれた。
それは……間違いない」
その言葉に、胸が小さく跳ねた。
「でも……まだ“鍵”じゃない」
(鍵……)
「塔が反応したのは、あなたの血。
あなたの中に残っている、“端”の流れ」
セラの声は、少しずつ輪郭を持ち始めていた。
それは、覚悟を決めた声だった。
「レイル……あなたは
端血の継承者」
言葉が、静かに落ちる。
大げさな響きはない。
ただ、世界の底に触れたような感覚だけがあった。
(……端血)
「千年前、環文明が断裂したとき……
すべてが失われたわけじゃなかった」
セラは、塔の壁に視線を向ける。
「“中心”は壊れた。
でも、“端”は……切り離されて残った」
胸の環紋が、淡く応えた。
「それを継いだ人たちが、
静かに、世界に散らばって……
そして、最後に残った流れが――あなた」
(……僕が?)
実感はない。
納得もできない。
でも、塔が呼んだ。
拒んだ。
そして、今は沈黙している。
その全部が、この言葉と繋がっている気がした。
「……じゃあ、僕は」
何者なんだ、と聞こうとして、言葉を止めた。
答えを聞くのが、怖かった。
セラは、首を横に振る。
「まだ……何者でもない」
それから、ほんの少しだけ微笑んだ。
「だから、塔は拒んだ。
“順番が違う”って」
光が、また揺れる。
「あなたは……これから、選ばれる側になる。
でも、それは……今日じゃない」
セラの輪郭が、急速に薄れていく。
「セラ……!」
「大丈夫。
完全には、消えない」
そう言って、彼女は手を伸ばした。
触れられない距離で、止まる。
「……ごめんね。
本当は、もっと早く言うべきだった」
胸が締めつけられる。
「でも……これだけは、覚えておいて」
最後の力を振り絞るように、セラは言った。
「世界がもう一度、動き出したら……
あなたは、もう“ただの生徒”じゃいられない」
光が、ほどける。
セラの姿は、静かに塔の影へ溶けていった。
残されたのは、沈黙と、胸の奥の微かな音だけだった。
さら……
さら……
それはもう、呼び声ではない。
“準備が始まった”という合図のように、
静かに、確かに鳴っていた。




