事情聴取
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「隠先輩」
「……はい」
「どういうことなんですか、これは」
「……えーっとですね」
期末テスト明けの土曜日、僕は部屋の中で正座して縮こまっていた。
そんな僕をまっすぐ睨みつける、亜麻色髪の後輩の女の子、久瀬さん。
そしてそんな僕らを気だるげに眺める金髪幼馴染、熱莉安奈。
当事者だというのにまるで危機感を感じていなそうな素振りなのはさすがだけど、はたしてなにを思っているのやら。
「この人……熱莉先輩? でしたよね? 鈴奈から聞きました。結構有名人みたいじゃないですか。カースト上位で、いつも陽キャの人と一緒にいて」
「えーっと……まぁ、うん。そうだね」
「そんな人が、どうして先輩の家にいるんですか!」
「それはそのー……」
僕はちらりと安奈を見た。
もう隠し通すことはできない以上、正直に打ち明けるのが一番丸く収まる。
そういう認識でいいんだよね、っていう確認の意を込めたアイコンタクトに、安奈は肩をすくめて頷いた。
言葉はなかったけど、ちゃんと通じてる。
「幼馴染なんだ、僕と安奈」
「幼馴染? ……あっ!」
久瀬さんは怪訝な表情を浮かべた直後、なにかに気づいたらしく目を見開いた。
「もしかして前に教えてくれた、疎遠になっちゃったっていう? 名前も一緒だし……!」
「うん、そう。正確に言えば引っ越して疎遠になったっていうのが嘘で、今でも隣の家に住んでるんだけど」
「千尋、アンタ私の名前出したの?」
「名前出したのは僕じゃなくてお母さん。まぁ、内緒にしてること伝えてなかった僕も悪いけど」
あのときはどうにか乗り越えたと思ったけど、まさかこんなことになるなんてなぁ。
「ふーん……ところで、なんでこの子は千尋の家に来たわけ?」
「実は今日会う約束しててさ。その……すっかり失念してたんだけど」
バツが悪くて目をそらしながら言うと、久瀬さんは眉を吊り上げる。
一方安奈は、露骨に目を細めて僕を非難する視線を向けてきた。
「先輩! 酷いですよ! 楽しみにしてたのに!」
「うわー……千尋、さいってーだね」
「本当にごめん、久瀬さん……」
返す言葉もないとはまさにこのことで、僕はうなだれて謝ることしかできなかった。
すると今度は、久瀬さんが安奈を睨みつける。
「で、熱莉先輩。あなたはどうして隠先輩の家にいるんですか? 幼馴染って言ってましたけど、それが今、家にいる理由にはならなくないですか?」
鋭く睨まれているにも関わらず、安奈は意に介した素振りも見せない。
少し考えるような間があってから、安奈は口を開いた。
「ゲームしてたの。アクスレってやつ」
「……アクスレを?」
「そ。千尋に勧められて、やってみたら意外と悪くなくて夜通しやってたの。言っとくけど、そんだけだかんね」
「へぇー……?」
久瀬さんは怪訝そうな表情を浮かべていた。
まぁそうなるよね、安奈のパブリックイメージを考慮すれば。
「隠先輩、本当なんですか?」
「うん。安奈って普段ゲームとかやらないからさ、やるって言ってくれたのが嬉しくて、それでつい夢中になっちゃって……」
「ふーん……あ! もしかして隠先輩。前に相談してくれた、アニメや漫画を勧めたい人って熱莉先輩のことなんですか?」
「う、うん。そうなんだ」
「やっぱり! あのときおかしいと思ったんですよ! ネットの知り合いってわりにはやけに詳しかったし!」
あのとき怪しまれてたのか。
僕は自然な説明をしたつもりでいたから、すっかり気づかなかった。
「ひどいですよ隠先輩! 私のことを利用して、熱莉先輩とイチャイチャする口実を作ってたんですか!?」
「断じて違うから!」
「キモいからやめてくんない? 私と千尋はただの幼馴染で、そういう関係じゃないから」
久瀬さんの言葉に、僕と安奈は揃って首を横に振る。
そりゃこの状況的にそういう勘違いをされるかもしれないけど。
そんな僕らを見て、久瀬さんは唇を尖らせてそっぽを向いた。
「ふんっ、口ではなんとでも言えます!」
それはそうだろうけど。
じゃあどうやって証明すればいいんだ。
そんな僕の疑問を感じ取ったのか、久瀬さんは安奈を睨みつけて口を開いた。
「今から熱莉先輩に質問をします。それに答えられれば、認めます。アクスレをしてたって」
「えー……めんどくさ。そのゲーム機のセーブデータって証拠にならないわけ?」
「なりません! 隠先輩が2週目をしてただけかもしれませんし!」
「2や3がまだ終わってないのに2週目なんてしないって」
「隠先輩は静かにしてください! それじゃあまず最初の質問──」
そうして久瀬さんは、いくつかの質問を安奈に投げかけた。
ストーリーの流れ、キャラの背景や信条、初期技構成といった内容だ。
安奈はそれらを面倒くさそうに、けれどかなり正確に答えてみせた。
うろ覚えなところがあったり、わからなかったりしたところもあったけど、正答率80%といったところだろう。
それを受けた久瀬さんは、さすがに認めざるをえなかったらしい。
驚きと悔しさがないまぜになったような表情を浮かべていた。
「ぐっ……どうやら本当だったみたいですね……」
「だからそう言ってんじゃん」
それ見たことか、と言わんばかりに安奈はため息をついた。
それから僕の方を見ると、呆れ切った視線を向けてくる。
「ってか、約束あるなら言ってよね。次の日予定あるって聞いてたら、私もあんな粘らなかったって」
「いや、さっきも言ったけど安奈がアクスレやるって言いだした衝撃で頭から抜けててさ。起きてからもスマホ見るタイミングなくてメッセージ届いてたの気づいてなかったし」
「アンタさぁ。普通忘れないでしょ、そのくらいで」
「いやいや、そのくらいってレベルじゃなかったからね!? あの安奈がアクスレやるなんて!」
「大袈裟すぎでしょ」
「いーや、大袈裟じゃないから!」
「……仲いいんですね、2人は」
ボソッと呟かれたその言葉に反応するより早く、久瀬さんは言葉を続けた。
「今日は帰ります」
「えっ、でも」
「隠先輩と一緒にご飯行きたかったし、ゲームもしたかったですけど。ちょっとそんな気分でもなくなっちゃいましたし」
久瀬さんはそう言うと、部屋を後にしようとする。
僕が止めようと立ち上がると、振り返って微笑んだ。
「あ、安心してください。2人のことは内緒にしておきますから。熱莉先輩のことはどうでもいいですけど、隠先輩にとってはそのほうがいいですもんね?」
「それは……そうしてくれると助かるけど……」
「大丈夫ですよ、誰にも言いませんから。……じゃあ先輩、また学校で」
そう言うと、久瀬さんは扉を閉めて階段を下りて行った。
見送りすら拒むような言動に、僕はなにも言えなかった。
当たり前だ。
約束をすっぽかしてしまったんだから、怒られても嫌われても文句は言えない。
「……はぁ」
けど、へこむなぁ。
自分が悪いのはわかってて、だから余計にへこむ。
「……私も今日は帰るから。続きが気にはなるけど、さすがに気まずいし」
「あ、うん。わかった。……その、いろいろごめん」
「別に……私に謝る必要はないでしょ」
そう言いながら立ち上がると、安奈は部屋を後にする。
けれど階段を下りる音はせず、また顔だけをのぞかせた。
「まぁ……ああは言ったけど、負い目がまったくないかと言えばそれは嘘になるし。なんか手伝えることがあったら言って」
「あ、うん。ありがと、安奈」
「ん」
今度こそ階段を下りる音がして、安奈も帰ったみたいだ。
部屋に一人残った僕は、深々とため息を吐く。
「あっ……シャーペン、返し損ねたな」
メッセージを送ろうか悩んで、送信ボタンを押さずに取り消した。
また学校でって、そう言ってくれたんだ。
月曜日、直接会って渡そう。
そのとき、改めて謝らないとだ。




