たったひとつの選択ミス
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「あ、やばっ。もうこんな時間……」
「ホントだ。そろそろ12時になるし、そろそろやめとく?」
「んー、もうちょっと。今キリ悪くない?」
なんて話をしながらスマホの画面を見れば、時刻は既に23時50分。
夕飯を食べてアクスレを始めてから、4時間くらい経過している。
その間、安奈はずっと画面と向き合ってストーリーを進めていた。
アクスレのストーリーが面白いのはとてもよくわかるけど、まさか安奈がここまでがっつりハマるとは。
まぁ、本人にそれを言うと「いや、別にハマったとかじゃないけど」って否定されそうだから言わないけど。
なんて考えていると、安奈は長い金髪を後ろでひとつにしばりながら、横目で僕の方を見てきた。
「さっきちょっかいかけてきた奴、アイツだけは絶対ぶん殴るから」
「あ、うん。なるほどね」
遡ること30分ほど前。
新たな街に到達し、敵であるモンスターの情報を集めようとした主人公《安奈》たち一行を待ち受けていたのは、街を騒がせているという連続窃盗犯だった。
安奈は所持金とアイテムを一部奪われ、ストーリー的にも相当コケにされて逃げられてしまったわけでおかんむりだ。
なんとか探し出してお金とアイテムを取り戻そう、っていうのが今のクエストなんだけど。
正直、ここからちょっと長いというか、キリがよくなるのは少し先だったりする。
あとシンプルに、その窃盗犯はぶん殴れない。
いろいろあって共闘するから。
ネタバレになるから教えるべきじゃないんだけど、ここで続けるとなっがいんだよなぁ……。
「てか、さっきから道中の敵強くない? なんかめっちゃ痛いんだけど」
「シンプルにレベル差。安奈、ストーリー真っ先に進めるためにレベリングや装備の更新が結構おろそかになってるからね」
「レベリング?」
「レベル上げのための経験値稼ぎのこと」
安奈は相当ストーリーの続きが気になるのか、ほぼサブクエを無視して鉱石類などの採集もせず、店売りの装備を買うだけで進めてきた。
戦闘についてはそれとなくコンボや相性みたないものを意識してパーティーを組んでるけど、結局回復アイテムやヒーラーでごり押してるところはある。
「だって面倒くさくない? 寄り道とかしてないで早く続き見たいんだけど」
これである。
「まぁまぁ、サブクエとかも結構面白いよ? 世界観が深堀りできて。装備の強化素材が報酬でもらえるやつもあるから、そういうのやれば採集をそこまでしっかりしなくてもよくて、一石二鳥だし」
「えー……? 」
めっちゃ面倒くさそう。
声色もそうだけど、なにより顔がもう嫌そうに眉間を寄せてた。
「そんなに嫌なんだ? パッチワークっていうか裁縫っていうか、そういうの趣味でやってたんだし、地道な作業とか苦にならないタイプだと思ってたけど」
「あれはだって、実用的だし。思い通りに形になるのが楽しいからいいの」
「あー……なるほどね」
レベリングも、最終的なステータスとか装備とか、そういうものが形になっていくものだと思う。
けど今の安奈にはそのビジョンがないんだ。
当たり前だけど初めてのRPGで、ほとんどゲーム知識がない。
だからレベリングをしても画面上の数字の変化しかないって思ってる。
「はぁー……けど、やんなきゃ先に進めなそうだし、やるしかないわけね」
説得するべきか自由にやらせるべきか迷っていたところで、安奈は意外にもすんなり状況を受け入れた。
もう何回か全滅するまで無理やり進めると思ってたから、ちょっとびっくりした。
「なに、その言うこと聞いてくれるんだ、みたいな表情は。バカにしてる?」
琥珀色の瞳でじろりと睨みつけてくる安奈に、僕は首を振る。
「いや、全然。そんなことはまったく」
「あっそ」
再び画面に目を向けながら、安奈はつぶやく。
「っていうか、時間大丈夫なの? 今からレベリングや装備の強化とかもやってたらすっごい時間かかると思うけど」
「別に大丈夫でしょ。明日土曜日だし」
「いやそうじゃなくて。寝ないの?」
「テスト中寝てたから眠くない」
「どうなのそれは」
それでもそこそこ良い点数を取るのが安奈だから、心配はしてないけどさ。
「っていうかそれだけじゃなくて。夏芽さんとか心配してるんじゃないの?」
「千尋の家にいるってメッセージ送ってあるし。アンタのお母さんにもゲームやってるからもう少しいますって伝えてあるし」
「いつの間に!?」
「さっき飲み物取りに行ったときに」
そ、外堀が既に埋められている……!
「そういうわけだから。別に千尋が眠いなら寝ちゃってもいいから。そのときはヘッドホンだけ貸して。大丈夫、別になにもしないし」
「それ普通男側のセリフでしょ」
別に僕もなにもしないけどさ。
逆の立場だとして。
「とにかくそういうわけだから、キリよくやるよ。……ダメ?」
──その言い方は、ズルい。
僕の方を一瞬チラッと見て、すぐ安奈はそっぽを向いた。
それに誘ったのは僕だ。
ダメだなんて言えるわけがないし、そもそも感情的には大歓迎だ。
世間体というものを安奈が気にしないなら、僕も気にするのはやめる。
「いーや、ダメなわけないね。安奈がその気なら、僕も付き合うよ」
「あっそ。じゃあよろしく」
画面を見たまま、目もくれずに安奈は短く言う。
その安奈の姿が一瞬ぼやけるくらいには瞼が重くなりつつもあったけど、せっかく安奈がここまでやる気なんだ。
そこに水を差すような無粋な真似はしたくない。
僕は大きく伸びをして、安奈と一緒に画面に目を向けた。




