162 約束
「部位欠損の回復薬、ですか?」
「そう。どこか入手できる心当たりは無いかな?」
職人街にオープンした道具屋の噂が少しずつ広まり、売り上げを徐々に伸ばしている頃、俺はカレリーナに回復薬について尋ねていた。
「そうですね。確実に入手できる伝手などはありませんが、大国の南の方にある大迷宮から何度か出たという話なら聞いたことがありますよ。」
「ホントか!?」
「え、ええ。光の国フラムウェル王国の南西部に位置する獣魔の窟という大迷宮で年に数回ほど見つかっているそうです。ですが、売りに出された薬はほとんどが王国が買い取っているようで、市場に出ることは稀ですね。数年前にオークションにかけられたことがありましたけど、一億貨以上の値が付いたとか。」
「一億っ!!?」
「はい。うちの町の数年分の予算以上です。ある所にはあるのですよね。はぁ。」
カレリーナの憂鬱そうな顔にドキリとしつつ、一億貨という法外な値段に恐れ戦きつつ、カレリーナの横顔に見とれていた。
ああ、かわいいなぁ。
うん。不謹慎ですね。
「買うのは流石に無理そうだね。迷宮で自力で探すしかないか。」
「え・・・。出て行かれるのですか・・・?」
カレリーナが驚きの目でこちらに顔を向けてきた。
見ないでー!
惚れてまうやろー!
「え、あ、えっと、うちで預かった子たちの怪我は治してやりたいから探しに行こうかなと考えてて。あ、でも、ちょくちょく帰ってくるつもりではいるから!猫たちのこともあるし、お店もあるから。」
「・・・。そうですよね。ソーマ様は冒険者ですものね。この町にいるのも今だけですよね。」
「え?いやまあ外に出ているのが長くなるのは確かだね。でも、」
「そうだわ!ソーマ様!これから少しお時間よろしいですか?」
「え、ああ、いいよ。もちろん!」
「はい。では少々準備してきますね!」
「あ、ああ。いってらっしゃい・・・。」
「失礼します。」
カレリーナはキャロさんを連れて部屋を風のように去っていった。
俺はその後姿を呆然と見送るしかなかったが、俺が残っていた紅茶を飲み干す前にカレリーナは舞い戻ってきた。
戻ってきたカレリーナはシンプルだが上品なドレス姿から動きやすいパンツ姿に早変わりしていた。
引き締まった腰つきとお尻から太ももの曲線美が見る者を魅了してやまない。
下ろしていた美しい金髪をアップに括り、活動的な雰囲気がいつものカレリーナとはまた違った魅力に俺はノックアウト寸前だ。
うむ。
素晴らしい。
「いつもと雰囲気が変わってかわいいね。」
「え///あ、ありがとうございます。」
「い、いや///」
顔を赤くして照れたカレリーナのかわいさに俺まで赤くなる。
ガラにもなくキザったいことを言って自爆してしまった。
「お嬢様!」
「!え、あ、そうね!ソーマ様、ついて来てくださいませ。」
気を取り直したカレリーナに連れられて、俺たちは屋敷を後にした。
「どこまで行くんだ?」
「もう少しです。」
「にゃー?」
俺たちは今トリスタの町を離れ、町の北東にある森を進んでいた。
カレリーナは御付きのキャロと一緒に馬に乗り、俺は一緒に来ていたシロの背中に乗っている。
何とシロは成長に成長を重ねて、ここ数ヶ月でかなりデカくなった。
体長は最大1.6m、体重は最大500kgを超えた。
ファントムキャットがこんなに大きくなるとは思っていなかった。
このサイズになると人ひとりを乗せて走ることもでき、もっぱら俺かゼンを乗せて狩りに出てたりする。
成長するにつれて炎の色も変化し、赤から青に変化した。
青い炎は科学的には完全燃焼している安定した状態だ。
摂氏1000℃を超える高温状態であることを示す色だが、シロの青い炎は温度が自由自在だった。
触れても熱さを感じないほどの温度にしたり、草木が一瞬にして炭化・塵化してしまうほど高温にも出来る。
完全燃焼状態という訳ではなく、どちらかというと炎色反応のようなもののようだ。
ファンタジーですね。
青い炎よりも衝撃的なのはシロはいつの間にか新しく【変化】というスキルを取得していた。
身体のサイズを30cmから1.6mまで自由に変化させられるようになっていた。
最近日毎に大きさが違うなとは思っていたんだ。
ゼンを乗せて狩りに行ったと言っていたと思ったら、イチの膝の上で丸くなって寝ていたり、俺の頭に乗ってみたりと自由だった。
カレリーナも目の前で青い炎に包まれてサイズを変えたシロに驚いていた。
俺も驚いた。
俺の知らないところでシロも成長しているんだなと感じた。
森といっても町から近いため、魔物の気配はあまりなく、魔物よりも小型の動物の方が多そうな気配だ。
森の中はしっかりした道があるわけではなく、微かにある獣道を先導するカレリーナは迷うことなく進んでいる。
魔物の気配が少ないとはいえ町の外は危険が満載だ。
いつ凶悪な魔物が出現するか分からないため、領主のご令嬢が護衛もつけずに出歩く場所ではない。
そのことを聞くと、
「何かあったらソーマ様が助けて下さいますもの。」
という事だ。
頼られてしまった。
思わずニマニマしてしまう。
「にゃ?」
は!いかんいかん、しっかりせねば!
自分に気合を入れ直して周囲の警戒を怠らず、カレリーナの先導についていく。
「もうすくですわ。」
カレリーナから声がかかる。
ふいに視界が開けて森を抜けたことが分かる。
「おおー!」
森を抜けた先は周りを木々に囲まれてはいるが、小高い丘のようになっていた。
地面には草が生い茂り、青々とした草原を作り、木々の合間からは少し遠いがトリスタの町を一望することが出来た。
青く澄んだ空から降り注ぐ太陽の光が木々の葉に反射して、やさしく木漏れ日を落とす。
木々の合間からは心地よい風が運ばれて来て、清浄な空気があたりを包んでいた。
「ここは私の秘密の場所なのです。気分を落ち着けたい時とか、考え事をしたい時に訪れて、トリスタの町を見ながら考えるのです。」
少し照れくさそうにはにかみながら教えてくれた。
「いい場所だね。空気が澄んでて気持ちがいいね。」
「はい。」
ふわりと風が吹き、カレリーナの髪を揺らす。
遠くトリスタの町を眺めるカレリーナは神秘的であり、完成された一枚の絵画の様に見える。
俺はそんなカレリーナに見とれることしかできない。
「ソーマ様・・・。」
「は、はい!」
ぼーっとしていたらカレリーナに声をかけられ、焦ってしまった。
「ソーマ様には感謝しているのです。遠征の時に助けて頂いたことも、物資の支援をして下さったことも、ポンプの件もそうです。ソーマ様には助けて頂いてばかりで私は何も返していない。」
「い、いやいや。そんなことないよ。お礼はちゃんと貰ってるし、訓練にも参加させて貰ってるし、お店の件で便宜をはかって貰ってるし。むしろ平民の俺なんかにこんなによくして貰えてる方が申し訳ないというか。」
「そんなことありません!ソーマ様は私の命を2度も救って下さいました。どんなにお礼しても足りないくらいです。だから・・・。」
そこまで言ってカレリーナは俯いて黙り込んでしまった。
少しの間をあけて顔を上げたカレリーナは決意を秘めた顔をしていた。
「だから、ちゃんとトリスタの町に帰って来てくださいね!」
そう言い切ったカレリーナは太陽の光に照らされて輝いて見え、まるで天使が舞い降りたのかと錯覚を起こすほどだ。
「わかったよ。ちゃんとトリスタの町に、カレリーナのところに帰って来るよ。約束だ。」
「はい!」
「(お嬢様、よかったですね。)」
御付きのキャロは一人引いた位置からお嬢様の勇姿を眺めていたのだった。
出発の準備に勤しむ中、ふと気づいた。
もしかして、何年も帰ってこないと思われてない?
だとしたら俺、恥ずかし!
しっかりと「約束だ」ときめたことを思い出して、どうしようかと頭を抱えて悶える俺の姿を仲間たちが訝しむ目が痛かった。




