130 訓練と清掃魔法
千歩や武術訓練が始まった。
やはり魔物相手と対人戦は全く違う。
カルポの町でも他の冒険者に相手になって貰ったりはしていたが、その殆どが自己流で、言っては悪いが雑なのだ。
それに対してトリスタ兵には長年の積み重ねがある。
数十年前までは周辺国との小競り合いが絶えず、長い戦いの歴史がある。
その積み重ねは兵士たちの武技に受け継がれている。
まあ、喪失したものもあったけど。
"千歩"の訓練法はまず初めにあるのが反復横跳びのようなステップだ。
トリスタの兵士たちに残っていた訓練だ。
この訓練は細かく足を動かすのに慣れるための基礎訓練だった。
この後、更に複雑なステップ訓練がある。
このステップには十以上の種類があり、それぞれ得意な方向や速度がある。
そしてステップを2つ以上組み合わせることで一瞬で移動したように見せたり、残像を残したりといった惑わすことが出来るのが特徴だ。
複数のステップを組み合わせることで千以上のステップを作り出すことが出来ることから"千歩"というようだ。
相手の意表をついて翻弄するのが基本的な"千歩"の使い方となる。
これだけでも対人戦、対魔物戦どちらにとっても有効な歩法だ。
これからのトリスタ兵の技術が1段上がることだろう。
使いこなせればたぶん。
ただ"千歩"の訓練はここで終わらない。
"千歩"の本領はこの先にある。
ここまでの訓練は"千歩"においては基礎の基礎の技術だ。
ここにもう一つの基礎を組み込むことで本領を発揮する。
その基礎が闘気による急制動だ。
これまで俺たちが行っていた闘気による高速移動とは考え方が違う。
もちろん速度の底上げも有効ではあるが、その高速移動に相手がついてこれる場合には手が無くなってしまうし、長く続けていると目が慣れてきてしまい対応されてしまう。
そうならない様に緩急をつけることが有効なのだが、緩急をつける際に闘気の圧や集める位置、向きを細かく制御してやる事で今までに無い超急制動を可能としたのが"千歩"の闘気制御だ。
闘気の細かな制御は魔力制御よりも難しいのだが、本にはその訓練法も回りくどく、かつ分かりにくく書いてあった。
本当に役に立つ本なのだが、無駄と文字の汚さからその価値を大きく落としている残念書だ。
"千歩"の訓練は正しい訓練法さえ学べば、後は自主練が重要だ。
どのステップをどう組み合わせるかは個々の想像力と地道な訓練でしか身に付かない。
ある程度の方法を共有したら後は各々自分のペースでやっていこう。
闘気の制御を除く"千歩"の訓練法を兵士たちにレクチャーし終わった。
元々、反復横跳びモドキのステップとボックスステップモドキの様なステップなど独自に増やされたりしていたステップもあった。
下地はそこそこできている人達が多かったので、本に記載されていたステップを物覚えの良い人に教えるだけの簡単な仕事である。
俺が兵士相手の千歩のレクチャーが終わるのと同時にゼンがまたヴァルチャー隊長と模擬戦をして倒れた。
付け焼き刃の千歩モドキでまた更にヴァルチャー隊長を翻弄していたが、先にゼンのスタミナが切れたらしい。
今回は盛大にずっこけていた。
昨日雨が降っていたこともあり、泥まみれである。
ばっちい。
ガバッ
「また負けたー!」
「うむ。中々いい動きだったぞ。もっとフェイント入れるといい。」
元気なようだ。
「ゼン兄!またそんなに汚して!」
「ご、ごめん!」
イチに怒られて、ゼンはタジタジだ。
まあでも訓練で汚れるのは仕方ないよな。
「ゼン、イチ、お疲れさん。今日はそろそろ終わりにしようか。いい時間だしね。」
「はい!ソーマ様!」
「うん!お腹すいたよ!」
「はいはい。イチはドーラたちに声掛けてきて。」
「はい!」
「ヴァルチャーさん、ルークさん、ありがとうございました。」
「いや。こちらも楽しませてもらっている。」
「そうそ。おかげで隊長の相手をしなくて済んで助かってるよ。それにこっちも教わってる立場だしね。」
「それはお互い様ですよ。」
「そうだな。」
「イチもゼンも中々筋がいい。すぐにでも型が身に付きそうだ。今後が楽しみではあるな。」
そう言ってナルシッサさんとカレリーナ様が話に加わってきた。
「それよりゼン君は大丈夫ですか?随分と汚れておられますけど。湯の用意をさせましょうか?」
泥だらけのゼンを労ってくださる天使なカレリーナ様。ステキ。
ゼンの方はさして気にしていないようだが、まあこのまま町は歩けないな。
「大丈夫ですよ。こっちで何とかするので。ゼン、こっちおいで。」
「はーい。」
俺はそう前置きをしてから詠唱をする。
俺の詠唱に従い、スフィアに光が集まり、魔法のコードが浮かび上がる。
「・・・清掃!」
俺はゼンに手をかざし、声と共に魔法を発動させた。
その名も清掃だ。
そのままだ。
身体に限ってはいないが、汚れを無差別に落としてきれいにするというかなり抽象的な魔法だ。
難しかった。
コードの量や必要な魔力量的には下級魔法レベルだが、下級の中でも中級寄りのランクの魔法になってしまった。
その代わり、水濡れ、ホコリ、泥汚れ、油汚れ、お漏らしまで汚れの対象を選ばない万能魔法だ。
自作した。
便利な魔法だが、対象を選ばず汚れを落とすのは非常に難しかった。
生活魔法にあたる効果だが、初級魔法とは比べられないくらい複雑で高度なことをやっている。
初級にあるのは、乾燥や微風などの単一の対象を指定した魔法だけだ。
水に濡れただけなら、水を対象に"乾燥"させればいいが、泥汚れの場合は土を落として、水を乾燥させる必要がある。
一口に土と言っても様々あり、その全てを指定していたらきりが無い。
めんどうだし。
なので発想を変えてみた。
汚れを指定するのでは無く、綺麗にする対象を指定するようにして、対象以外を除去する方法を取った。
プログラムで良くあるノットイコール、もしくはelseだな。
この方法を使うことで綺麗にする対象の指定をすれば、それ以外を除去できる。
そこで問題となるのが対象の指定だが、確実な方法をとることにした。
それは"対象に触れる"ことだ。
人でも物でも何でも触れたら、それ以外を対象にする。
服や装飾も一緒に落ちそうだが、身に着けているものが重力で勝手に落ちることが無い様に清掃の魔法でも汚れと一緒に落ちることは無い。
あくまでも"落とす"魔法だから、落ちないものは対象外になるのだ。
・・・。
多少曖昧な部分はある。
魔法使いのイメージに頼っている部分が無いとも言えない。
その結果、ちょっと難易度が上がってしまって初級魔法にならなかったのは残念なところだ。
あと、魔法道具化も困難なので、儲けも出ない。
便利だからいいけど。




