129 千歩
ブラン様はこの後も仕事があるそうで退席された。
俺はカレリーナ様と一緒に庭に出ることになった。
トリアスト邸の庭は大きく分けて2つある。
1つは応接室や食堂から見えていた庭園だ。
季節もあるのだろうが色とりどりの草木が綺麗に剪定されて並んでおり、落ち着いた雰囲気のある美しい庭園だ。
なんと小川も流れていた。
なんとも優美である。
一方、もう1つの庭は訓練場だ。
庭じゃなかったな。
ティータイムが始まった当初は庭園にいたみんながいつの間にかその訓練場の方に移動していた。
「はっ!やっ!ほっ!はっ!」
「うむ。ふん。はっ!そいっ!」
ヴァルチャー隊長とゼンが模擬戦をしていた。
称号の影響でステータス的にはゼンの方が高いのだが、ヴァルチャー隊長の方が上手く運んでいるように見える。
ゼンが持ち前の素早さでヴァルチャー隊長の周囲を動きながらヒットアンドアウェイを繰り返しているが、ゼンが攻めるタイミングが分かっているかのように受けられている。
ゼンの攻撃は全て受け流され、バランスを崩した所に反撃をくらっていたりもした。
双剣で受け止めてはいたが、勢いで吹き飛ばされていたりしている。
やはり、ヴァルチャー隊長は上手い。
「違う違う!腕で振るな!武器と身体は一体のものと思え!腰を入れろ!」
「はいっ!」
目を向けるとナルシッサさんがイチに武器の振り方を教えていた。
「はーっ!!」
ドスン!!
いや、イチさんや。
君は一体どこに向かっているんだい?
「ほっほっほっほっほっほっほ。」
「ほっほっほっほっほっほっほ。」
「ほっほっほっほっほっほっほ。」
ドーラとサーシャはルークさんと反復横跳び(?)をしていた。
いや何か違うが、何かのステップを踏んでいた。
ドーラ達と同じステップを更に高速で踏んでいる人が訓練場には他にも居た。
シャツだけの人もいれば、重そうな鎧を着けた人も一様にステップを踏んでいる様は異様だった。
何だあれ?
「あれはトリスタに伝わる伝統的な歩法ですよ。前後左右様々な方向に瞬時に移動できるようにすることで、相手を翻弄し、攻撃を回避し、また攻撃を加える技術です。」
「は、はあ。声に出てました?」
「いいえ。でも顔に書いてありましたよ。」
「あはは・・・。」
俺って分かりやすいのだろうか?
「ソーマ様には不要かもしれませんね。ブラッドタイガーを倒せる力量がおありですし。」
「いやいや。あれはマグレですよ。運がよかっただけです。みんなもいましたし。自分の力不足を痛感しているところです。」
「ならば試してみるといい。あれは中々に有用だぞ。」
「あら。ヴァルチャー隊長。もういいのですか?」
「ああ。中々楽しかった。」
ヴァルチャー隊長と戦っていたゼンは仰向けに倒れて、ぜーはー言っていた。
そりゃあれだけ無駄に動き回ったら、ばてるはずだ。
見たところ、特に怪我も負っていないみたいだし、放っておこう。
「あら!ゼン君!大丈夫ですか!?ヴァルチャー隊長!」
「大丈夫ですよ。疲れて倒れているだけです。ゼンは無駄な動きが多いから、結構すぐああなるんですよ。それがゼンのスタイルといえばそうなんですけど。」
「そ、そうなのですか?本当に?」
「ええ。」
「ヴァルチャー隊長、お忙しいとは思うんですけど、俺たちに稽古をつけていただけませんか?」
「うむ。よかろう!うちの腑抜け共にもいい刺激になる。」
「ちょっと隊長。あんたが模擬戦したいだけだろう!」
「む。いいではないか。お前は、強くなろうとする若者を拒むというのか!」
「あんたはもっと仕事しろ!」
「ああ言えばこう言う。」
「「あんたが言うな!」」
「ぬう。」
なんか楽しい軍隊だな。
軍隊なんてもっと殺伐としているのかと思っていた。
ところによるのだろうけど、こういう雰囲気の場所ならいいね。
訓練としては、反復横跳びは基本として(らしい)、その他、それぞれの武器の使い方、動きを教えてもらえることになった。
これまでは見様見真似と何となくでやってきたが、ちゃんとした指導をしてもらえるのは有難い。
ゼンはルークさんを中心とした剣騎士さんたち、イチはナルシッサさんに鈍器重量系の扱いを学ぶ予定だ。
ナルシッサさんは斧だったはずなんだけど、鈍器?
まあ重量系ではあるだろうけど・・・。
ドーラとサーシャは遠距離武器の隊の人に講師をお願いしている。
武器が違うため、扱い方は学べないが後衛の心得や基本訓練は十分に役に立つ。
回避訓練とかね。
ただ、歩法の訓練には物申したい。
反復横跳びだけで奥義に至れるとはどうにも思えないのだ。
歩法の訓練には最終目標と言うものがあるらしい。
そもそもこの反復横跳びのような訓練はかなり昔に旅の武芸者から伝わったものらしく、その武芸者はこの移動法でもって数多の猛者を圧倒したらしい。
その動きは瞬時に目の前に現れたと思ったら、次の瞬間には遠く離れた位置に移動するなど変幻自在だったという。
ここ100年以上その領域に到達した者は居ないが、このトリスタの町の武人達は日々その領域を目指して反復横跳びを繰り返しているらしい。
これは正しく伝わっているのか不安になる案件だった。
まさか騙されてないよね?
反復横跳びだけで歩法になるとは思えない。
まあ足腰を鍛えたり、瞬発力の訓練にはなるだろうけど、それを歩法というには無理がある。
気になった俺は何か文献は残ってないか聞いてみた。
「ありますわ。」
有るそうです。
早速見せてもらった。
それは領主館の書庫に納められた一冊だった。
かなり古く、鑑定してみたら200年以上前の書物だった。
書の名前は、"無敵の我が最強の秘伝書"。
てんこ盛りだった。
中を見ると汚い字で自分が向かうところ敵無しであることがつらつらと書かれていた。
チョー痛い。
前半の大部分は無駄な自慢話で、重要な秘伝は後半のごく一部だった。
歩法については書物の一番最後に書かれていた。
おそらく、無駄が多いため、最後だけが参照されたのだろう。
しかも、字が汚いため、歩法の肝心な所が抜けて伝わったようだ。
全言語理解スキルがある俺だから読めるわけで、カレリーナにはほとんど読めないみたいだ。
残す気が無いとしか思えない。
反復横跳びは確かに訓練の一つだが、それだけでは最終形態には辿り着けない。
そもそも闘気が前提の歩法みたいだ。
闘気が無くても多少は参考になりそうだが、速度や瞬発力が全く違うだろうな。
歩法の名前は"千歩"。
幾千の道を歩む術、らしい。
よく分からない。
とりあえず、ちゃんとした歩法とその訓練方法が分かったので、別紙にまとめておく。
闘気を扱え無くても、"千歩もどき"でも十分奥義と言える素晴らしい技術だ。
きちんと伝えるのが読める人間の役割だよね。
歩法以外にも書かれていたけど、闘気の扱い等だったので、とりあえず秘匿しておく。
闘気は扱いを誤ると暴走もありうるのできちんと口伝するべきだ。
下手したらイチみたいなパワーファイターばかりになってしまう。
いや、イチはちゃんとしてるから、いいんだよ?
ほんとだよ?
ちゃんと考えて、止まることもできるから問題ないのだ。
怖いのは抑止力がない状態で暴走することだ。
天狗になるとか、自信過剰になるとかそんなやつだ。
人は弱い生き物だから、簡単に天狗にもなるし、うつにも陥る。
前世で何人も見てきた。
そういう人は突拍子も無いことを突然やりだすから、誰かが止めてやらないとどうしようもないのだ。
本人にもどうしようもない事なのだから。
と言うことにした。
ちなみに写しをカレリーナに渡したら、
「本当に頂けるのですか!?ありがとうございます!!」
と言って喜んで貰えた。
おまけに勢いで抱き着かれてしまった。
俺は意識を保つのに苦労した。
幸せで死ねる。
ちなみにちなみに名前は呼び捨てを希望された。
「"様"付けなんてよそよそしくてさみしいです。」
なんて言われたら昇天しそうになる。
幸せで死ねる。




