第11話 魔法少女はそのままで。(3)
◆4月7日 午後5時57分◆
自分の手のひらをまじまじと見つめたあと、私は拳を強く握りしめる。
アニメや漫画で「力が溢れてくる!!」的な表現がある――それが今まさに私の中で起こっており、満身創痍だったはずの体は嘘のように軽くなって、痛みもどこかへ飛んでいき、道を歩いているときに唐突にスキップしたくなるような、謎の衝動すら出てくる始末だった。
当然ながら、私が意図的に変身したわけでもなければ、タイミング的に偶然起こったものとも思えず、なぜ変身しているのかという疑問も湧けば、そもそも出来るのであればこれほど頭を悩ませたりせず、さっさと変身して真っ向勝負を挑んでいただろうにと、向け先の無い怒りが沸々と沸き、そんな混ぜこぜの感情をどこかへ吐き出したいという気持ちで、私は満ち満ちていた。
しかしながら、私にはそれよりも先にやっておくべきことがあった――というより、その衝動はどうやら抑えられそうもなかった。
「……ひ、光輝く、希望の花!!」
ロッドを持った右腕を左斜め上、左腕を右斜め下に向け、指先までピンと伸ばし、左に半身反らしてから、右の太ももを一杯まで上げ、ピタリと止めてバランスを保つと、私の身振りに合わせてキラキラなエフェクトが発生し、周囲は一瞬でピンク色の光に包まれる。
踵の音を鳴らすと、密室でもないのになぜか音が反響し、星マークのような形をした光が宙に舞い散り、左腕を脇の辺りで構え、右腕は右下に向けて空を切るように振り下ろしながら決まり文句を発する。
「シャイニー・レム!!」
その台詞とともに、私を中心にキラキラとした光の粒子が飛び散ると、辺りは一瞬だけ目が眩むほどのきらびやかな光に包まれ、登場時の名乗りという一仕事を無事に終えた私は「突貫工事ででっち上げたものとはワケが違う! これだよ! コ・レ!」などと、自画自賛しながら高揚感に満たされていた。
その瞬間にしか味わえない言い知れぬ満足感に数秒間浸りきったあと、私がふと我に帰ると、その一連の様子を見ていたハーマイオニーと芽衣は、唖然といった様子で口をポカーンと開けており、雨に至っては呆れ顔でこちらを見つめ返していた。
「あ……。こ、これってもしかして、プロジェクションなんとかってやつです? すごい技術。キレイですねー。僕、初めて見たー」
「チー……。このタイミングでやるか……? フツー……」
「こ……これは違うんだ!? 体が勝手に動いただけだから!? そ、そうだ! コレ! あーちゃんは何か知ってるの!?」
きっと、私が再び変身をしてしまったその答えを、雨ならば知っていると私は考えていた。
その理由は、私が変身できないことを知っているはずの雨が、私が変身したことに驚きもせず、さも当然といった素振りを見せていたからだった。
そしてその推察通り、私の言葉を雨は肯定するように小さく頷き返した。
「やっぱ、私が思ってたとおり。たぶん、チーはそのままだったんだよ」
「その……まま?」
雨の言葉の意味がわからず、私は思わず首を傾げた。
「あの戦いのあと、私達が重症を負っていたチーを病院に担ぎ込んだ。爆発事故に巻き込まれたってことにして。そこまでは話してると思うけど、憶えてる?」
「あ、ああ……。けど、それとこれと何の関係が……?」
「おおアリ。チーは病院に運び込まれてから、三日間も意識不明で眠っていた。そのあと目を覚ましたチーと私は、ノワのことで喧嘩して絶交。そのあとのことはあまり知らないけど、少なくともそれまでチーは、ツキノワと戦った時のままの状態だった」
「戦ったときの……まま……? ちょちょちょ、ちょっと待って……! 整理させて……」
その口振りから、なんとなくその先の言葉が想像出来てしまった私は、慌てて雨の言葉を制止した。
言われて過去を振り返ってみれば、私が眠りから覚めた時、患者用の服に着替えさせられていた私は、わざわざ変身を解除するようなこともしていなかったし、変身しようと試みることはあっても、変身の解除を試みた記憶は無かった。
それが何かの冗談だと信じたい心とは裏腹に、私の中にあった疑問の数々は連鎖的に、そして風船を割るかの如く音を立てて弾け飛んでいった。
「確かに、私たちシャイニー・レムリィは、変身していなくても魔法が使えるけど……いくらなんでもそれは……」
“変身していなくても魔法が使える”という点において、私たちと架空の魔法少女たちとは少しばかり異なっていたものの、実を言うとそれは決して小さな違いと呼べるものではなかった。
一般的な魔法少女作品や特撮モノなどは、大きな衝撃を受けたり、力尽きたりすると勝手に変身が解除されることが多く、その理由として挙げられるのは、「変身状態を維持するために使用者のエネルギーを消費しているため、行動不能に陥った際に自動解除がなされない場合、意識を失ったままの人からエネルギーを搾取し続けてしまう」という構造的欠陥になり得るため、身体への影響を抑えるためのセーフティ機構が働く……という設定から来ている場合が多かった。
私たちシャイニー・レムリィにとっての“変身”は、シャイニー・パクトを扉とし、能力を向上させる特殊な衣服を位相空間から取り出して実体化し、それを使用者という存在に固定するという魔法の効果である――判り易く言い換えると、クローゼットにしまってある服を魔法という鍵で開け、そこから取り出して着用しているだけなので、“変身”というよりは“着る”という表現が近しく、着ているだけなのでデメリットも無ければ、セーフティ機構なども当然必要無いし、着ていようといまいと魔法は使えた。
ここで問題なのは、シャイニー・パクトから魔法少女服を取り出したとしても、それを着用しているかどうかまではわからず、変身状態と変身していない状態には、明確な線引きが存在していないことだった。
「は、春希……さん?」
私は無言で頭を抱え込み、その場に蹲った。
「何度変身しようとしてもシャイニー・パクトが反応しなかったのは、シャイニー・パクトから魔法少女服を出している状態だったから……? 取り出した服をクローゼットに戻さなければ、再び取り出すことなんて出来る筈もない……。魔法の力を失った魔法少女服は実体化が解かれて精神体に戻るけど、存在は使用者に固定されたままだから、認識することは出来なくても、ずっとそこに存在していることになる……ようするに、私がそのことに気付いていなかっただけ……。あの頃から体が成長していないのに運動神経が人より良いのは、魔法少女服によって常に身体能力が底上げされたままだからで、その影響によって日常生活でもエネルギー消費が激しくなり、お腹が空きやすい体質になってる……?」
脳をフル回転させながら過去の記憶をつぶさに振り返るも、思考を巡らせるほど、思い当たる節は次々に見つかった。
私は立ち上がり、深呼吸して心を落ち着け、ありのままの事態を飲み込む。
「み……認めたくないけど……つ、つまり……私は五年間ずっと、変身したままだった……ってこと? そ……その理屈は理解出来るし納得も出来るけど、それじゃあなんで今さら元に……?」
「あっ! それなら、私でも判りますの! きっと春希さんに“友達”が出来て、元気が出たからですのっ!!」
芽衣はまるで小学校の授業中のように元気よく手を挙げながら、ドヤ顔で自分自身を指差しながら答えた。
呆れた私は「それは無い」と即座にツッコミを入れようとしたものの、雨の回答は私とは真逆の回答だった。
「ん~? 芽衣の話はあながち間違ってない……かも? チーは“友達”を作ることを拒んでた。それってつまり、チーは自分の願いを自分で否定し続けていたってことになるでしょ? だから、私と違って魔法が使えなかったんじゃない? その証拠になるかわからないけど、チーはさっき変身しかかってた。芽衣とくっつきあってた時に、一瞬だけ」
「マジ……か……」
“強くなりたい”という願いで魔法少女になり、今も強くなりたいと願い続けている雨に対し、自分の願いである“友達がほしい”という気持ちを否定し続けながら日々を過ごしていた私は、魔法を行使するだけのエネルギーを生み出すことが出来ず、エネルギーが枯渇していた状態――つまり、私自身が“友達”を否定し、自分の願いによる制約に縛られた結果、魔法をほとんど使えなかったというのは、信じる信じないは別として、理屈的には頷ける話だった。
「でもまあ、チーが変身したままだって気付いたきっかけは、エゾヒの言ってた“あの時のまま”って言葉だけど。だって、それならエゾヒに会ったとき、私だけハブられてたのも納得できるし」
エゾヒが私たちの前に再び現れたあの日、エゾヒは雨がシャイニー・リインであることに気が付かず、私だけがシャイニー・レムだということには気付いていた――そこに理由があるとするならば、その時のエゾヒが言っていたように、私だけがあの時のまま……変身している状態だったからこそ、エゾヒの魔法感知能力に引っ掛かったのだとも考えられた。
「……ありがと、あーちゃん。とりま納得……。それじゃ尚のこと、こんなところで立ち止まってるわけにはいかなくなった」
私は体を反転させ、その方向に向けてゆっくりと歩き出す。
視線の先に佇んでいるノワは、沈黙したままその場を動くことはなかった。
「その左腕、随分重そうだね。まあ、許容量はとっくに超えているだろうし、当然か。魔法の力を分散させたと言っても、減らしたわけじゃない。バケツを二つ用意したところで、水を入れられる総量には限界があるのと同じ。それが判っていたからこそ、最後の聖水を浴びるわけにはいかず、抵抗した」
『おかげさまでお腹一杯だよ……。そんなことより、キミが僕にトドメを刺すことになるのかい?』
左腕の枝は最後の聖水が引き金となって急成長を遂げ、動くこともままならないほどの大きさまで育ち、見た目だけで表現するなら、左腕から生えた巨大なイソギンチャクが地面に横たわっているように見えた。
程なくしてノワの目の前に辿り着いた私は立ち止まり、その問いに首を横に降って返す。
「いいや。そんなことしない。私とゲームしない?」
ノワは一瞬だけ沈黙したように間を空けたあと、疑問で返した。
『……一応聞くけど、それはどういう意味だい?』
「そのまんまの意味。私とあなたが勝負して、負けた方が相手の言うことをなんでも聞く。そういうゲーム」
「は、春希さん!? 何を……!」
慌てふためく芽衣を、雨が慣れた様子で手をかざし、それを制止した。
『キミは一体、何を企んでいる?』
「このまま動けないあなたを相手にするのはフェアじゃないし、こちらとしてもいい加減白黒ハッキリさせたいとも思ってる。だから、勝ったほうが相手の願いを聞き入れる。あなたにはそのほうが判り易いでしょ?」
完全に優位に立っている状況でその提案をしたところで、私が得するようなことは一見すると何も無く、ノワがそういった疑問を抱くのも当然ではあるのだが、幾度となく私達を欺き、煮え湯を飲まされてきたこちらとしては、優位であるからと油断は出来なかった。
そして何より、動けない相手を一方的に痛めつけるという行為は、数分前の私であればいざ知らずではあるが、中身、容姿ともに正真正銘の魔法少女となってしまった今の私には世間体とか建前が存在し、卑怯な真似など出来る立場では既になくなっていた。
「それに、あの時の決着をつけるには丁度いい。そう思わない?」
「あの時って……。チー!? まさかお前!?」
声を上げた雨に構うことなく、私はロッドをノワに向けて言い放つ。
「私はあなたに全身全霊、全力の魔法を撃ち込む。あなたはそれを吸収しながら耐え続ける。私の魔法が尽き、あなたが魔法を吸収しきったのならあなたの勝ち。私の魔法を吸収しきれず、あなたがギブアップしたら私の勝ち。これがゲームのルール」
『なるほど……そういうことか……。人間の考えは理解できなくても、キミの魂胆なら理解できる。キミは五年前の続きをしたい……そういうことだね?』
魔法を撃ち込んでも吸収されるとなれば、私としては魔法の力が尽きれば最後であり、対してノワは、魔法の力を無限に吸収することはできないため、許容量を超えたらアウトとなるため、白黒はハッキリするし、そして奇しくもと表すべきか、それは五年前の最終決戦とほとんど同じ状況であると言えた。
ツキノワの正体やらなんやらで決着が有耶無耶になってしまったことで、私の中では胸がつかえたようなわだかまりが残っていた事もあったため、ノワとの決着をつける千載一遇のチャンスであり、一石二鳥ではないかと私は考えた。
『まったく……キミは本当に面白いね』
「チー!」
私が五年前のような大怪我をしてしまうのではないかと、雨は私の身を案じて吠えたのだろうが、
その心配は無用だった。
「大丈夫。信じて。皆からは大事なものを、たくさん受け取った。もう十分」
私は三人をそれぞれ眺める。
「今度は、私がみんなに返す番だ」
ハーマイオニーはポーションを飲んではいるし効果が持続しているとはいえ、そろそろ効果が切れてしまう頃合いであり、芽衣はポーションを飲んでいないため、戦力としては換算できず、雨に至っては既に満身創痍であり、まともに戦えるのは私しか残されていなかった。
何より、雨、芽衣、ハーマイオニー、そしてこの場に居ない夏那の四人に、幾度となく窮地を救われてきた結果であり、皆に支えられ、バトンを受け取ったからこそ、今の私がこうして立っていられるというその事実だけで十分だった。
『どのみち、このままの僕にはもう未来はない。受けて立ってあげる』
魔法少女に戻った今の私には“魔法”という力がある――しかしながら、“魔法”は万能ではないし、出来ることは限られている。
だからこそ、今の私が出来ることをするだけであり、今の私にはそれが出来ると私は確信していた。
『それじゃあ、僕もちょっと雰囲気を出してあげるようか……。ふははは!! シャイニー・レム、これが本当に最後だ! その光の力を以て我を屠ってみるがいい!! 出来るのであればだがな! ふーっははははっ!!!』
ノワは一度黙り、そしてまるで人格が変わったかのように高笑いをはじめると、左腕を前に構えた。
いきなりミュージカルパートに突入したことで少々戸惑いさえしたものの、私も場に流され、それに応えるように演技をはじめる。
「絶対に負けない! 私が、みんなを……この世界を守ってみせる!!」
流れに乗っかってみたものの、気恥ずかしさで体温が上がる感覚を私は感じとった。




