第11話 魔法少女はそのままで。(4)
◆4月7日 午後6時◆
大きく息を吸い、肺に酸素が無くなるくらいまで吐き出し、そしてまた息を吸うというルーチンを繰り返しながら、私は精神を研ぎ澄ませてゆく。
完全なる静寂の中で、自分の鼓動だけが鳴り響くかのように感じるまで集中力が深まった頃合に、私は両手でシャイニー・ロッドを強く握り締めながらゆっくりと腕を上げ、左腕を盾のようにして構える異形の巨体へとその先端を向ける。
相手の姿を真正面から捉えたとき、過去の光景が頭を過ぎり、今の光景と重なった。
「くぅ……っ!」
数年のブランクはあるものの、今の自分は正真正銘、当時と同じ魔法少女であり、幾度も死地を駆け抜け、どんなに不利な状況でも勝機を見出し、立ちはだかる悪に何度も打ち勝ってきたという実績がある――だからこそ、今回もきっと乗り越えられるはずなのだと、私は自身に言い聞かせ、動揺を抑え込む。
「大丈夫……。きっと……やれる……。私はシャイニー・レムなんだから……」
視線を背後に送れば、険しい表情を浮かべながら、不安そうで、それでいて真剣な眼差しを私に向ける三人の姿があった。
そこで私は、自分の考えが間違いであることに気が付いた。
雨はともかくとして、芽衣やハーマイオニーは私の過去の実績など知る由もないにも拘わらず、二人は固唾を飲むように私を見守ってくれていた。
「違う……。私が信じなくちゃいけないのは、過去の私じゃない……今の私……」
今の私はブランクもあれば、魔法の力も弱まっているかもしれない――つまり、今の私はあの頃の私とはまるで違っていた。
だが、私はそのことを悲観もしなければ、勝負を捨てるような気持ちにもならなかった。
「ミラクル・マギウス――」
ノワを真正面に見据えながら口を開き、私がその魔法の名を発し始めると、その直後、大気に散りばめられた陽の光が、夜空の星の如く輝き出し、それらは一斉にシャイニー・ロッドへと収束を始め、数秒と経たずにバレーボール大の七色に輝く光の玉を創りあげる。
「レム・ライトーーーー!!!!」
喉が張り裂けるくらいに、一際大きな叫び声を上げると、その声がトリガーとなって光がノワに向けて照射され、その光柱はノワの左腕を一直線に貫いた。
『……ぐうっ!!』
魔法がノワの左腕から吸収され、それは枝を伝いながら背中の木へと流れ込んでゆく――その様子はまるで、掃除機を早送りした動画のように、目で把握できるほどの速度で成長していった。
ノワの表情が苦痛に歪んだかのように見えたのも束の間に、ノワは私に余裕を見せはじめた。
『……こんなものかぁッ!? シャイニー・レムッ!』
「ま……まだまだぁ!!」
息巻いてそう答えたものの、それが100%威勢であり、そう長く持ちそうもないことは私自身も判っていた。
以前はアホみたいに連発し、何回ぶっ放そうとピンピンしていた魔法も、どうやら今の私には負担が大きかったらしく、まるで穴の空いたバケツの水が漏れだしているようにMPはガンガンすり減り、全身の疲労が急激に加速し、エネルギーを消耗してゆくのがハッキリと体感できた。
「これがブランク……!? くそぅ……!?」
以前、ツキノワと対峙した際は、リインとイアの力を借りて対抗したものだが、それでも力はほぼ拮抗していた。
それに加え、今回は私一人分程度しかないことや、私自身が劣化している状態という不安要素を複数抱えていたため、「相手が疲弊しているとは言え、このまま押しきることなんて出来るのか?」という不安が私の頭を過ぎった。
『弱いぞ! その程度か! シャイニー・レム!』
「うあああああぁぁぁぁ!!!」
私は自棄になりながら声を上げ、残っているもの全ての力をシャイニー・ロッドへと注ぎ込む。
しかし、気持ちとは裏腹に、私の腕は急激な体力の消耗に耐え切れず、既に杖を握り締める力さえ失いかけていた。
『……こんなものか。キミにはガッカリだ。失望したよ、シャイニー・レム!』
「もう、持たない……!? 防ぎ……きられる……!?」
姿勢も維持できず、魔法の照準もブレ始め、私は遂に泣き言を吐いてしまった。
しかしその直後、シャイニー・ロッドを持っていた手が急に軽くなり、何が起こったのかと、手から腕へと辿る様に視線を移してゆく。
「五年前は……チーの隣に立っていられなかった……。ぶっちゃけ、それがずっと心残りだった。けど……今度こそは一緒だ」
「あーちゃん……」
気が付けば、私の左腕を支えるように雨の手が添えられており、私の腕は安定感を取り戻していた。
それだけではなく、不安に包まれていた私の心は和らぎ、雨が一緒だというその安心感が挫けそうだった私の心を支えていた。
「わ、私だって、見てるだけじゃありませんの! 私は春希さんの一番の友達ですの! 春希さんを支えることくらいならできますの!!」
「め……芽衣!? なんで……!?」
今度は右肩に温もりを感じて視線を移すと、こんな状況にも関わらず、芽衣はいつもの笑顔を私に見せてくれていた。
人が寄り添う温もりは、人の心も支えてくれるということを私に教えてくれたのは、いつもこの手の温もりと笑顔だったことにようやく気付き、私の心はまるで芯を得たように安定した。
「いいね。そういうの悪くない。“一番”ってのはちょい引っかかるけど?」
雨がニヤリと笑った直後、私の背後に壁が出来たかのような感覚が突如として発生し、私は何が起きたのかと慌てた。
「い、一応僕も男だってところ見せておかないとね!?」
「……ひあぁっ!? お、お尻に何かが!?」
「ちょっ!? ど、ドサクサにまぎれて変なところ触らないでよ!? これがアンタの男だってところ!?」
「こここ、これは不可抗力で!?」
「これは……おしおき確定……ですの?」
「ななな、なんでーーー!?」
「……は……ははははは!!」
「春希さん!?」
「チー!?」
「花咲さんが壊れたーー!?」
この状況で負ける筈が無いということに気付いてしまった私は、込み上げてきたものを堪えきれず、思わず笑い声を上げてしまった。
(私は馬鹿だ。確かに、あの頃の私には一緒に戦う“仲間”が居たし、私はそれを失った。ここで戦えるのは私しか残されていないかもしれない……。でも、今の私には私を信じて支えてくれる“仲間以上の友達”が居る。心配する要素がどこにある? だって、私の魔法の源は“友達”なんだぞ?)
「みんな、ありがとう。なんか元気出た。それじゃ、このまま一気に押しきるよ!!」
私の昂ぶる気持ちに比例するように、光の柱は輝きを増し、二倍、三倍と膨れ上がる。
やがてそれはノワの構える枝の盾をも覆うほどの大きさまで膨れ上がり、背中の木は止まることなく成長を続けていった。
「……安心した」
雨が耳元でそう囁き、私は少し戸惑いながら相槌を打つ。
「何が?」
「やっと、私の知ってる元気で偉そうなチーに戻ったから」
「……偉そうは余計」
雨の横顔は、今までのクールな表情とは打って変わって、無邪気に笑う子供のような笑顔になっていた。
「ねぇ、チー。私は? チーにとって、私はなんなの? 聞いてなかったからさ?」
「ご近所さん……クラスの憧れの人……魔法少女仲間……」
私は思いつく限りを挙げると、雨は不服そうな声で返した。
「それだけー?」
以前の私であれば戸惑いながらはぐらかしていただろうものの、言いたいことを言えず、伝えられないことの辛さを知ってしまった私は、真っ先に思いついたその言葉を正直に答えることにした。
「相棒で……親友」
私は雨に負けないくらいの笑みを返す。
「……それな!」
光はやがて、私達もろとも全てを包み込んだ。




