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未完結短編集  作者: .六条河原おにびんびn
Dear Finalist リメイク打切りver. 中学生/R-15/流血/暴力表現
54/86

Dear Finalist 7

***


「失敗したわね、百華。盗聴器が途絶えたわ。…ということは、裏切りか…」

 瀬戸は脚を組んで、そう言った。前里の意思で切られた。

「は?何ソレ。何のダジャレ?何のギャグ?」

 大きなぬいぐるみを抱いている霧夜がぼやいた。

「貴方が直接始末なさいよ」

 前里百華とは友人だ。前里との年齢の差は3つだが姉妹のように、ときには上司部下として互いに手を差し伸べてきた。

「使えないな」

「貴方みたいな他力本願主義者に言われたくないわね。百華はちょっと甘ちゃんなだけじゃない。これもこれで、いいデータが取れそうよ」

 霧夜は最高級の生地を使って作られた大きなクマのぬいぐるみを強く抱き締めて瀬戸を睨んだ。

「瀬戸は何が大切なんだ?美浦を殺すことじゃないの?」

「さぁ?それより、始末するなら、百華が運ばれる病院、青間総合病院ね」

「青間総合病院って、朱鴇兄さんいないっけ?」

「そうよ。どうする?百華がうっかり美浦の息子に犯人教えちゃってたら。逆にあなたが狙われたりしてね」

 霧夜は眉間に皺を寄せる。

「全権力で消す」

「何言ってるの」

 霧夜が言うと間髪入れずに瀬戸はぴしゃりと言う。

「勘違いしないで?まだよ。まだ貴方はここを継ぐことにはなってないわ。まだ全てを握っているのは美浦の息子。それを忘れないで」

 瀬戸はヘッドフォンをつけながら、モニターの監視と書類の整理という雑務をこなし始める。霧夜は唇を噛む。自分と同じ血を引き、美浦とも同じ血を引いている。そんな兄がどこか愛しく、憎たらしい。

「貴方達の家庭環境はごたごたが多すぎて…」

「世の中どこもそんなもんだよ。男とっかえひっかえして、女とっかえひっかえして…」

「そうね」

  霧夜は極上の生地に顔を埋めた。

「…っていうか、何?そのクマ」

  瀬戸はいかにも高そうな値段のクマのぬいぐるみを一瞥して霧夜に訊ねた。

「紗智に、あげようと思って」

 霧夜の上半身と同じくらいの高さで、霧夜二人分くらいの幅の大きなクマのぬいぐるみだ。栗毛色のふわふわの毛並みと、首に巻かれた真紅のリボンが可愛らしいクマ。瀬戸は霧夜には分からない程度に鼻で笑った。



***


外出禁止という言い付けを破って倉木は家を抜け出した。財布と携帯電話をポケットに突っ込んで。外はいつの間にか小雨が降っていた。学校で間違えて持ってきてしまった真っ黒い傘を持って、家をとびだした。家から走って15分の駅に向い、そこのバス停から青間総合病院に向かう予定だ。妹の瑠央に止められたが、倉木は振り払ってきてしまった。

 空は灰色。雨がぽつぽつと頬に触れる。アスファルトには小さな染みが増えていく。倉木は走った。駅の近くは店が並んでいる。そこで花を買っていこうと倉木は思った。

 学校が休み。だから生徒は外出禁止という暗黙の了解がある。倉木自身今までそれが生徒手帳にでも載っているかのように信じてきたが、今思えばそんなことを言われた記憶はひとつも無かった。校則など守った記憶も無いけれど。倉木が走れば、駅などすぐだった。行き交う人々が目に入る。駅の裏口にはタクシーやバスが停まっる通りがある。ここの通りは少し洒落たアイスクリーム屋やらハンバーガーショップ、売れているアイドルグループのグッズを売る店などが立ち並んでいる。花屋に人がいるのをあまり見ない。倉木は花屋の中に入っていった。

 そんな倉木の姿を確認するのは、茶髪の少女だった。





***



帰りに風間の病室を訪れた。病室に入るなり隣の美浦がいきなり溜め息をつき、柊は美浦の視線の先を見た。高級ホテルかと間違いそうな病室の、やはり高そうなソファの上で眠ってしまっている綾瀬の姿が目に映った。

「薔薇?」

 柊は花瓶に挿してある薔薇に目を移す。テーブルの上にのる花瓶に近寄って手を伸ばす。

「棘が削がれてないな」

 美浦が柊がそれに触れようとする前に言う。

「え…?」

「綾瀬らしいというか…な」

 美浦も花瓶ののるテーブルに近寄って、柊より先に薔薇の花を一本取り上げる。

「確か、風間は薔薇が嫌いだった気がしたが」

「あ、それ俺も聞いた」

 柊は花瓶の中の薔薇の束を見つめながら言った。

「理由は教えてくれないんだ」

「そうか」

「それにしても、すごい病室だな」

 柊は病室を見渡した。

「いくら金を費やしたところで、治るやつは治るし、治らないやつは治らない」

 美浦は自嘲的に口の端を吊り上げて笑った。

「…?」

 柊は不思議そうに美浦を見つめた。

「風間は、全権力を以ってしても、必ず助ける」

「ああ」

「柊、疲れただろう。そろそろ帰るか?」

「あぁ、そうする。ただ、綾瀬は?」

「起こしておくか?」

 美浦が綾瀬の肩を揺する。綾瀬は寝付きも良く、目覚めも良い。部活でもそうだった。部室でよく寝ているのを目にしたが、声をかければすぐに目覚める。

「…美浦…先輩…っ!」

 敵意剥き出しの瞳。美浦は綾瀬の肩から手を放した。

「綾瀬、大丈夫か?」

「柊部長。美浦先輩から離れてください」

 その声は大分落ち着いていた。綾瀬は立ち上がる。

「柊部長まで、殺そうっていう魂胆スか」

 普段の明るく単純な綾瀬の発言とは思えず、柊は言葉の意味を理解するのに暫くかかった。

「綾瀬、勘違い…してない?」

 柊は訝しそうに綾瀬をみた。美浦と綾瀬の間に入って、綾瀬と向かい合う。

「風間先輩をこんなふうにしたのは…美浦先輩じゃないんスか?」

 綾瀬の視線の先には柊しかいない。

「何言ってるんだ。美浦がそんなことする筈ないだろう!?」

 美浦は何も言わずに二人を見ている。

「柊部長…危険ス…」

 綾瀬は頭を振った。

「綾瀬、勘違いだ。美浦は違う!」

「柊部長、危険っス騙されないでください」

 柊が美浦側にいるのが不愉快なようで、綾瀬の眉間には皺が寄り、不快感剥き出しの口調であった。

「柊、いいんだ。俺は綾瀬に誹られても仕方がない」

 美浦がやっと口を開く。

「柊部長、何か知ってるんですか?何か、知ってるんですね?」

 いつもの綾瀬とは違うと柊は思った。


  コンコン

 

 水を差すようなノックの音。3人同時にドアに視線がいく。

「朱鴇さん…と、美浦と、柊と…綾瀬か」

 開かれたドアの前に立っていたのは倉木だった。しかし、声の調子が少し変わっている。

「倉木、もう大丈夫なのか?」

「伊鶴センパイ」

 倉木はまず3人よりテーブルの上に置かれた薔薇の花瓶を見た。倉木が手にしている花束も薔薇だ。しかし綾瀬の持ってきたものと違って棘が削がれている。

 柊の問いかけにも、綾瀬の呟きにも反応することなく倉木は風間の寝るベッドまで寄る。

 風間を見つめて倉木は言った。

「伊鶴センパイ、、美浦先輩が…!」

「違う!」

 綾瀬は倉木に向かって怒鳴った。それに反応して柊も怒鳴る。

「静かにしなよ、ここ、病院だろ」

 いつもの倉木とは思えない発言に柊は面食らう。ベッドの柵に寄りかかって、倉木は三人の方を振り返る。

「伊鶴センパイ!」

「うるさいな、綾瀬は。オレは疲れてるんだ。黙ってて」

 美浦は倉木に何時間か前に会ったが、雰囲気も態度も変わってしまっている。

「おかしくない?っていうか」

 静かになった病室。

「高郷の時だって。高郷の時、アンタらは知らないフリしてたじゃないか!」

 病院だから静かにしろ、と言っていた倉木が今度は怒鳴った。綾瀬も、柊も、美浦でさえ何も言えなかった。時間が経つのが長く感じた。倉木の瞳は怒りに満ちている。

「くそ!」

 倉木が持っていた薔薇の花束を床に叩きつけた。真紅の花弁が床に散らばる。

「畜生!ちくしょう!ちきしょう!」

 壊れたように、床に落ちた薔薇を踏みつけだす倉木。狂ったように。

「倉木…?」

 倉木の声に嗚咽が混じり始めたのに柊は気付く。

「やめろよ…」

 綾瀬はおぞましいものでもみるかのような視線を倉木にぶつける。

「ち…きしょ…」

 倉木は床に散る薔薇の花弁を見つめた。

「倉木?」

 柊は倉木の顔を覗きこむように近付いていく。

「先輩たち、おかしい!」

 綾瀬が吐き捨てた。

「大丈夫か?」

 柊が訊いた。不安そうな表情だ。

「…最低だ」

「センパイ、しっかりしてくださいよ・・・・」

 苦笑する綾瀬。綾瀬の表情からは軽蔑がみてとれた。

「じゃ、オレ、帰ります」

 冷たく言い放って綾瀬は病室から出ていく。静かな病室。沈黙が流れる。時計の秒針のカチ、カチ、という音が大きく感じられた。風間につけられた呼吸器の音も、大きく感じられる。誰も言葉を発さず、誰も声を発さないという状態は珍しかった。いつもなら倉木か綾瀬がうるさくして、柊か美浦が注意し、風間が毒づくからだ。それが輪廻して、いつでもうるさかった気がする。随分昔のことのように感じた。

「美浦…」

 倉木が微かな声で美浦を呼んだ。

「なんだ」

「綾瀬が言ってたこと、気にする必要ない、から。オレが言ったことも」

「そうか」

 倉木が床に散る花弁から目を放し、顔を上げた。

「もう、帰ろう。風間に悪い」

 騒ぎすぎた。倉木は力なく言った。

「そうだな」

 美浦が頷く。風間は何の反応もない。ただ病室を出ていく3人の背中を、呼吸器の音だけが呼び止めるようだった。



***


 家に帰ると、兄がリビングのキッチンテーブルの椅子で座っていた。蒼白な顔をして、瞬きも忘れたかのような驚いた表情をしていた。

 玄関に入ったときからそんな顔をしているだろうという予測はついた。魅奈斗の兄で聖多の弟、流来波が死んだときと全く同じ表情だ。

普段は温厚な兄とは思えない目付きで聖多は魅奈斗を睨んだ。

「魅奈斗、どういうことなんだ?」

 眉間に皺を寄せた聖多。

「ごめんなさい、聖多兄さん…」

全てを伝えてしまうのは美浦を裏切ることになる。

「なんでだ!?なんでお前が百華を刺さなきゃならないんだ!?」

 胸が痛んだ。聖多の怒鳴り声と、その表情が。

「ごめん、なさい」

 家庭を壊すことになるのは分かっていた。だけど、友人を殺すという選択肢は出来なかった。義姉を殺すかたちになったとしても。

「魅奈斗…!」

 理由を言わない弟により深い絶望感が聖多を襲う。

「ごめんなさい」

 それしか言えなかった。

「流来波が死んで…兄さんは、それだけでもういっぱいなんだ…」

魅奈斗の胸がまた痛んだ。ただ謝ることしかできなかった。

「百華と暮らすのが、そんなに嫌だったか?」

「違う…。違うけど…」

 聖多は自分の子の出来の悪さを見たような表情で、溜め息をついた。その落胆と見限りの目は魅奈斗を酷く苦しめた。

「何が不満なんだ。何が不満で、百華を刺したんだ…?」

 両親と弟が関西に移るときに魅奈斗は独り暮らしを決めていた。けれど、引き取ると言い出したのは兄の聖多だった。一度は断った話だった。けれど聖多より義姉のほうが同居を強く推した。

「何も知らないクセに!」

 落胆。見限り。絶望。全て聖多が感じたものなのだろうか。いや魅奈斗自身が痛いくらいに感じたものだ。それを分かってもらえない。自分でさえそれが分からないのかもしれない。ただどうしようもない苛立ちが魅奈斗を熱くさせる。怒りを抑えるのは得意だと思っていたけれど、今回ばかりは出来ないようだ。

 魅奈斗は怒鳴って家を出た。兄に怒鳴るのは何年ぶりだろうか。聖多に怒っているわけではなかった。誰にでもない怒りがどこにもぶつけられることなく魅奈斗の中を駆け巡るようだった。

 行くあてなどなかった。しかしあの家で兄と一緒にいるよりはよかった。仕事を途中で切り上げて、家に帰ってきたんだろう。まさか、実の弟が嫁を刺したなんて事実を知らずに。

 柊は何も考えずに俯いて歩いた。走る力はもう無かった。疲労感が足にまとわりつくような感覚だ。泣くことなど、もうないと思っていたのに。義姉を刺した時、もう普通の生活は出来ないと思った。

「柊」

 前方から呼ばれて、顔を上げる。美浦が立っていた。

「もしかしたらと、思ってな」

 美浦の言葉を聞き、ふと自嘲を含んだ笑みを浮かべてしまう柊。

「ビンゴかもね」

 美浦も自嘲を含んだ笑みを浮かべた。

「泊まるか?居づらいだろう。俺はお前を巻き込んでしまったんだ。それくらいしかできない」

 柊は首を振る。

「いいんだ。男だし、野宿でも構わない。もうどこかで、なるようになる…」

 結局自分は聖多に迷惑しかかけられない。どうしようもない弟だ。

「尻くらい拭わせろ。今日は俺の家に泊まれ。連絡はしておく。もう寝た方がいい。疲れているだろう」

 今日はいろいろなことがありすぎた、と言おうとしてやめた。自身言えたことではない。

「…すまない」

 美浦は腕時計を見た。時間を気にするタイプで、腕時計を外して外には出掛けられない。時計の針は6時25分を示していた。道路で話すのは気が引けたため、二人は柊の家の近くの川原に向かった。

「美浦」

「なんだ?」

「美浦にもし、危機が迫ったとしたら美浦は俺たちを巻き込まないようにって全部自分で背負うだろ…。俺は別に巻き込まれたなんて思わないし、頼ってくれよ」

 流来波が死んだのは自分の所為で、義姉を刺したのもまた自分の判断だった。

「…」

「それと…高郷の件は、関わってるのか…?風間の件と…」

「分からない。風間の件については、犯人が誰だかは分かっている」

 柊の表情が強張った。

「誰なんだ?言っては、いけないのか?」

「いいや。ただ、個人的に、知られたくないんだが…」

 柊が何度か頷き、そうか、と呟く。

「…そうも言ってられないな。まずはその話をする前に、この話をしておく必要がある。俺の父親は不倫していた。俺の母親とは見合い結婚だったと聞く。しかし俺の父親は、一方的に風間の母親に惚れていたとも聞く」

 柊の頷く。

「前里百華の友人から聞いた話だがな」

 柊は何も言わずに頷くだけだ。

「とうとう俺の親父は、風間の母親を孕ませるに至ったとか」

 柊は、己の質問が美浦を苦しめてしまっていることに気付く。

「そして、それが…」

「待って、美浦。もういいよ。ごめん。なんか…その…ごめん」

 自分の父親が例えば何か良くない事をしてしまった時に、それを友人に話すというのはつらいものだ。柊はそう思った。

「俺が勝手にこの話をしてしまっているだけだが…?」

「いや、だから…個人的に話したくないって言ったろ」

 美浦は柊から目を逸らす。

「ありがとう」

 自分でも気付かなかった。ろくでもない父親だったが、どこかで尊敬の念は残っていたのかもしれない。

 川沿いは整備され、歩道になっていて、犬の散歩をしている人、子か孫と戯れている家族、川原の坂で昼寝をしている学生、いろいろな人がいる。川の向こう岸はビルがいくつも建ち並んでいる。

「犯人の名だけ伝えておく」 

 柊は頷いた。

「七津川霧夜だ。彼の説明をするには、さっきの話に戻る」

 美浦は俯いた。

「風間の家の札に書いてあった苗字だな」

 並んで風間と七津川の名が大理石の板に彫りこまれていたのを柊は思い出す。昨日のことなのに昔のことに感じられた。

「風間の異父兄弟だ」

「そうだったのか」

 柊は暫く黙ったが、静かに言った。

「それともう1つ」

「なんだ?」

「どうして義姉さんは美浦を狙わなきゃならないの?やり方が気に入らないからって言ってたけど」

「権力争いみたいなもんだ。多分な。俺もよく分からない。気付けばそういう風になっていた」

「権力争い…」

「おそらく」

「そっか」

「俺もよく分からない。俺は普通な生活は出来ないってことだ。警察にどうにかしろなんていうのは利かないし、社内の誰が敵かも分からない」

 美浦が弱々しく見えた。柊は何と声をかければいいのか分からない。柊はもう戻れない普通の生活にあった思い出を振り返った。


 柊は美浦にリビングに通された。。受話器と話している美浦の声が聞こえるが何を言っているか聞く意欲は湧かずにいた。

 美浦の家は新しい家だった。柊の家の築25年とは大違いの真新しい家。それなのに玄関のドアの窓ガラスは割られガムテープで補強され、壁には銃弾の痕がついている。命を狙われているという美浦の言葉がよく理解できた。銃弾の痕を見るなど戦争博物館に行ったとき以来だ。庭を通ったときはぐちゃぐちゃになった花壇を見た。植物が掘り返されていたし、盆栽や鉢植えなどもひっくり返っていたり、鉢が割れていたりした。柊は古い寺を観賞するかのように、まだ新しい家の壁をみつめる。

「少し言いすぎた、と、兄が言っていたぞ」

 美浦の声がかかった。

「そっか。ありがとう。すまない」

 柊は銃弾の痕から目を逸らさずに言う。

「珍しいか?」

「ああ。珍しいよ。銃弾の痕なんて」

 そうか、と自嘲的に笑う美浦。

「攻撃が治まったんだ。有り難いもんだな。暫くは実家に隠れて住んでいた」

「よかったじゃないか」

「実家には居たくないからな。この家も直さないとだ。面倒ごとが増える一方」

 柊は銃弾の痕を見つめ続ける。戦争博物館は流来波との思い出の一つだ。あの頃にはもう戻れないと思うと、どうしようもない淋しさを覚える。

「絶対に終わらせる。それで、平和に暮らせよ。何年かかっても、絶対に終わらす。それで、絶対に平和に暮らせよ」

 平和。柊自身で言っておいて笑えた。そんなものはどこにもありはしないのに。人間は平和には生きられない。平和を掴んだとしても、次なる平和を求めて今の平和を潰そうとする。悲しいことだ。

「ああ。そうするつもりだ」

「協力するよ」

「そうか。すまないな」

 柊は銃弾の痕に手を這わせながら言った。柊の家は美浦の家より古い。綺麗で大きな新しい家なのに、少し薄汚れた自分の家の方が良いと柊は思った。

「不条理だよな。同じ人間なのに。平和に暮らせる奴と、いつ死ぬか分からない運命を辿る奴」

「同じ人間だが、違う人間だ。両親も、境遇も違う。仕方がないんだ。不条理な現実からは逃れられない」

 美浦が悲しそうな表情をしたのを柊は見逃さなかった。だけどここでそれを言うことを柊はやめた。美浦は弱味を見せまいと努めている。

「美浦は、生きろ。生きるべきなんだ。殺されちゃダメだ」

 15年。生きてきた時間は同じだ。それなのに違いは大きい。

「ああ」

「何がなんでも、終わらせよう」

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