色々と作ってみよう
すみません、少々長くなりました。
キリが良い所が無い物で……
と、気合入れた翌日。そうそう簡単に何が変わる訳でも無く、相変わらず魔法は使える気配が全くなく、剣技も相変わらずのへっぴり腰で、既にタクト達の相手にもならない状態だった。
しかし、今の俺にはもう一つ、緊急に片づけねばならない事がある。それは――
「あぁ?包丁を作れだとぉ?」
そう、俺用の包丁、それもこの世界のナイフの様な物ではなく、向うの世界で俺が愛用していた包丁に近い形状の和包丁だ。やはり道具が無いと何も始まらねえ。
この砦に専属の鍛冶師がいると聞き、何とか作れないかと頼み込んでいる所だ。
「そ、包丁だよ包丁。こう、鋼を何度も折り返して、硬い外金と真ん中の柔らかい芯金をくっつけて、何万層にも金属が折り重なったような造りの包丁を作ってくれ!」
「何じゃそりゃ?何故そんな面倒な事して、たかが包丁を作らにゃならんのだ」
この世界にも様々なファンタジー物に出て来る鍛冶の申し子である「ドワーフ」と言う種族がいて、この砦の鍛冶師もそのドワーフだと知り、頼んでみたのだが――日本刀と全く同じ作りの和包丁という物を全く理解してもらえなかった。
「武器職人のワシに料理道具を作れ、っつう暴挙を脇に置いておいたとしても、だ。大体何万もの層が出来る程折り返す必要がどこにある。普通に削り出せばいいじゃろうが」
「それだと薄く出来ないし幅も広く取れねえだろ?切れ味も違うし強度も段違いだろ」
「だから、何でたかだが包丁にそこまでの切れ味と強度が必要なんじゃ、って話じゃ」
あくまでも不満そうなドワーフの鍛冶師。やはりこの世界でもドワーフってのは頑固らしい。しかも砦の奴らは俺達の事は勇者と知っているので敬語だが、このオヤジは普通にタメ口だ。
「包丁の切れ味の良し味で味が変わるんだよ。いいから作ってみてくれねえかな?」
「やなこった。そもそも『何度も折り返して鍛造する』などと言う変態みたいな真似した事無いわい。加減が分からんから技術開発に時間が掛かり過ぎるわい」
「テメエ……今、日本の鍛冶職人さんたちに喧嘩売りやがったな?ああもう、分かったよ!んじゃ重ねでいいや。ベースとなる鉄に刃になる硬い鋼をくっつけて打ち出してくれ。それなら出来るだろう?な?」
頑ななドワーフに仕方なく俺は腹案である合わせ包丁の重ね作り案を提示する。ま、厳密には最初の案のも合わせ包丁なんだが、アレをもう少し簡易的に鉄板に鋼を付けて作る方法がある。正直俺はこのタイプよりも先に言った芯鉄を使うタイプの方が好みなんだが仕方ない。
「……今度は合金で作れと来たか……たかが包丁を……異世界勇者の考える事はわからんなぁ」
ドワーフのオッサンはその見事な髭に手を突っ込み、顎をゴリゴリと撫でながら、
「しかし鉄と鋼で合金を作った事も無いぞい?鋼同士ならあるが……糊でくっ付けるのたぁ訳が違う。単に重ねて鍛造した所で衝撃加えれば簡単に分かれちまうわい。接合する方法探すだけでどんだけ時間食うと思ってやがる」
「それなら問題ねえ。接続には硼砂と砂鉄を混合した粉を使えば付くはずだ。まぁ配合分量は手探りでやってもらわにゃならんだろうが……硼砂と砂鉄くれぇこの世界にもあるだろ?」
「そりゃあるが……と言うかその口ぶりだとお前さん完成形を知っているな?てことは向うの世界の鍛冶屋か?そんだけ詳しいなら自分で作った方が早えんじゃねえか?」
「いや、俺は料理人だ。単にテメエの道具の作られ方を知ってるだけだ。だから作る技術はねえ。なんで頼むよ、ドワーフのオッサン!」
いい時代でな、昔は包丁の作り方なんざ知ってる料理人なんか殆どいなかったろうが、今は動画サイトや書籍で詳しく解説されている時代だからな。料理オタクとしては当然抑えてるぜ。
「ふむ……知識だけなぁ……頭でっかちの学者ってとこか……ああ、いや、料理人か。本当ならそんな青瓢箪の話は笑い飛ばすが……異世界の勇者の話なら乗ってやってもいいか……」
「お、やってくれるか!?」
「鋼と鉄で合金作るってのは中々面白そうだ。包丁の一本位ならそれ程手間もかからんじゃろ」
ようやく乗り気になったドワーフに、俺は作ってもらいたい包丁の形を伝えた。本当は全種類作ってもらいたいが、流石に初めて作らせるのにそれはねえだろ、って事で、船行包丁を作ってもらう事にした。船行ってのは元々は船漁師が使う包丁で、これ一本あれば大体の魚は捌けて野菜も切れて解体も出来るって言う、まぁ言っちまえば万能包丁だ。
大まかな形と厚さを、作業場のボード(この世界でも図面と言う概念があるらしい)に書き込んで、ドワーフ職人に作ってもらう約束をした俺は意気揚々とその場を後にした。
「おし、取り敢えず包丁の目途は付いた。次は……と」
俺は厨房に入ると、昨日借りた調理台の前に陣取る。料理長が昨日の料理をいたく気に入ったらしく、砦に居る間は自由に使って良いとの事だった。ま、その代わりに調理の手伝いもしなきゃならなくなったんだが。
有難く好意に甘える事にして、早速調理場に来た訳だが別に直ぐ何か料理を作る訳じゃねえ。まぁそもそも今は昼飯が終わって午後の仕込み前の休憩時間だ。
因みに俺達も午前の訓練が終って午後まで休憩だ。その間に出来る事はたかが知れているが、それでも俺にはどうしても解決したい問題がある。それは――
「この水だよなぁ……」
俺はコップに汲んだ水を前にして悩む。昨日タクト達に言った通り、この水は硬水だ。雨となって大地に染みた水は地下水として出て来る訳だが、その過程で大地に溶け込んでいる鉱物や成分などを取り込んでいる。その成分が多くなればなるほど硬度が高くなり、飲み水として適さなくなっていく。ここの水は飲める程度なのでそこまで硬度は高くない。
しかし、飲料水や料理用として考えると正直高い方だ。ここの水瓶の中には何やら木の様な物が沈んでいたので、恐らくそれで不純物を吸着、ろ過しているんだろうが硬度に関してはそこまで意味がある物では無いようだ。
「何とかこの水を軟水に変えられねえもんかなぁ……」
飲める程度であるのなら硬水も悪くない。悪くないのだが、正直に言う。
日本で散々軟水に慣れた体には硬水はキツイ。どうしても重たく感じるし、ミネラル分やカルシュウム分によって苦味を感じてしまう。それは料理として使用すると結構影響が出る。
和食の世界じゃ割と致命的な事なので、殆どの店が軟水を求める。じゃぁ海外はどうなのか、と言えば奴等も馬鹿じゃない。それを踏まえた上で料理をしている。水を殆ど使わないで野菜から水分を取り出したり、ワインなどのアルコールを多く使うのもその為だ。
「ま、ぶっちゃけて言えば海外じゃ元々、水は飲み物じゃねえしな」
割と知らない奴も多いが、硬水が主流の地域で、水を飲み物として扱う様になったのは二百年ちょっと前からだ。それまでは水は「洗う」とか「茹でる」為に使うだけで料理には殆ど使わないし飲まなかった。
飲み物として扱われる様になったのは、お茶の文化がヨーロッパ圏に輸入されてからだ。それまで「飲み物」として扱われていたのは酒だ。だから水の悪い地域じゃ今でも子供が平気で酒を飲んだりしている。
ま、そんな訳で硬水を使おうと思えばどうしても西洋料理に傾かざるをえないんだが、洋食とは言え日本の食い物を再現したい俺にはどうしても軟水が欲しい。
「しかしなぁ……硬水を軟水に変えるにゃ確か大掛かりな浄水施設が必要なんだよなぁ」
不純物を取り除くだけなら、いくらでも方法が思いつく。簡単なのが炭だ。隅にはろ過作用があるので、炭を水の中に沈めて一晩置けばろ過できる。あの水瓶の中の木みたいなのも、恐らく似たような効果があるんだろう。
しかしアレではカルシュウム分やミネラル分は取り除けない。取り除くには、確か電気的に吸着させたり沈殿させる薬品を使ったりする必要があった筈。
流石にそんな事はこの世界で再現できないだろうなぁ。となると、次の案としては蒸溜水にしちまう事だ。味気が無くなるが完全な軟水として使用できる。
とはいえ、これはこれで手間がかかる。数杯程度の蒸留水なら話は別だが、毎日使う料理の分ともなればかなりの規模の蒸溜器が必要だ。
「しかも俺達は旅をしながら、だからそんな機材は持ち運べねえしなぁ」
と俺が頭を悩ませていると、背後に人の気配がする。ま、なんと無く来そうな気がしてたんで、俺は振り向く事無く声を掛ける。
「料理人じゃねえ奴が調理場をウロウロするなっつった筈だがよ?」
「勿論覚えています。ですが、少々相談したい事がありますので立ち入らせてもらいました」
背後からそう言ってきたのはクラウスだ。だがそれ以外にも人の気配があったので振り向いてみると、側にいたの相変わらず鎧を着こんだままのマキティネスだった。
他には居ない、って事は単純に考えりゃぁマキティネスの事に関して何だろうが……正直それで俺に相談する事、ってのは思い浮かばねえ。
「相談と言うのは他でもありません。マキティネスに料理を教えていただけないでしょうか?」
「……はぁ?」
俺が思わず間抜けな声で聞き返すのに、クラウスは平然とした様子で、
「私が言うのもアレなのですが……マキティネスは長らく騎士団に努めていましてね、騎士としては優秀なのですが、その反面、と言うか、一般の女性らしい事を後回しにしたツケというか……料理の方の腕前は少々厳しい物がありましてね。と言うより壊滅的です」
丁寧な口調だが、中々エグい発言だな。マキティネスは何も言わないが、密かにコメカミに青筋が立ってんぞ、クラウスよ……後でどうなるか知らんからな。
「昨日の料理を拝見する限り、テツ殿はかなりの腕前の料理人と見受けました。ですので、折角旅の仲間として同行するに当り、彼女に料理の手ほどきをしていただけないでしょうか?」
「……俺はまだ修行中だ。腕なんざ大した事ねえし、人に教える程でもねえよ」
「ご謙遜を。砦の保存食からあれ程の料理を作れる料理人は中々いません。砦付きの料理人達よりも腕は良いでしょう。おそらく王城の料理人とも張る腕前だと思います」
「そりゃぁ随分と買ってくれた様で恐悦至極だね。煽てたってなにも出ねえぞ?」
俺は本来煽てには弱いんだが、コイツ等に褒められると警戒心しか湧いてこねえ。恐らくこれは、料理中にも俺の側に人を付ける為の口実だ。
「ったく、あの手この手を使って来るな、お前……」
「さて?何の事でしょう。私には解りかねますが」
うわ、白々しい野郎だ。やっぱりコイツは俺に監視を付けてえ見てえだ。しかも俺にそれを見抜かれていた所で構わない、と言う様な態度だ。
「所でテツ様。先程からそれは何をなされているんです?」
「……水の中にある物を何とかしようとしている所だ」
あからさまな話題反らしだが、取り敢えず乗っておく。
「お前等は硬水でも平気かもしれんが、俺達にゃあまり合わねえからな」
「昨日言っていた、水の中に溶け込んでいる成分……とやらですか。正直私達には本当にそんな物があるのか解りかねますね」
「まぁ目に見える物でもねえから、分かりにくいかもしれねえが……あ、そうだ!」
クラウスと話していて思い出す。確か魔法で水の固まりを打ち出す、みたいな呪文が有った筈だ!それによくファンタジー物とかじゃ魔法で作った水ってのを飲んでたりしてたよな!
「なぁ、アンタ等魔法で水出せたよな?それって飲めたりしねえのか?」
「え?さぁ……試したことはありませんが」
「考えた事もありませんね。そこまでして水が必要になる事もありませんし」
俺の言葉にクラウスとマキティネスが首を捻る。
「じゃ、試しにこのコップに水を出してみてくれねえか?」
「随分面白い事を考えますね……マキティネス」
「はい……ウォーターブリット!」
コップの中身を水瓶に戻し、空になったそれを置くと、クラウスに命じられたマキティネスが呪文を唱える。と――
「ヒュバッ!」「バキィン!!」
と音を立ててコップが粉々に砕ける。
「……おい」
「はい?」
「何で攻撃するんだよ!普通に水だせよ!」
「え?いえ普通に水出しましたが……?」
「いや、そうじゃなくてよ!って……もしかして水だけ出す、とか言う呪文はねえの?」
「ああ、できますが……その場合、この辺り一面を水溜りにするとか、水柱を作るとか、そういう物しか出来ませんが……それ以外はやはり射出系の魔法になってしまいます」
「つかそれ全部攻撃系の呪文じゃねえか!使えねーーーーーーっ!」
「…………失礼な」
こりゃ飲み水に使う使わない以前の話だ。あんな勢いで飛んで来るモンを受け止めるなんざしてられねえし、そもそも最初の呪文で使われた水の量など微々たるものだ。
「そうなると、やっぱり水の中のカルシュウム分やミネラルをなんとかした方が早えか」
新しいコップに水を汲みなおしていると、
「要するに、その水にある何か……不純物を取り除ければいい訳ですね?」
クラウスが確認するように聞いてくる。
「ん?まぁ平たく言えばそうだな」
「それなら方法が無くはありません」
そういうと、今度はクラウス自らコップに手を掲げ、
「クリア・アクア!」
と叫ぶと、コップが一瞬光る。が、ただそれだけだ。
「……これは?」
「浄水の魔法です。本来は水に溶けている毒物や泥などを取り除く魔法です。水の中に見えない何かがあったとしても、これで浄化できると思います」
要するに、解毒の呪文をこの水にかけたってのか?しかしカルシウムやミネラルは別に毒じゃねえんだが……しかし、物は試しとコップの水を飲んでみる。
「おおう……ほぼ真水だ」
浄水器にかけた様に、何の味も素気も無かったが、これは間違いなく軟水だ。
「やったぜ!これなら料理に使えるくれえの量が作れる!!」
俺が喜んでいる間に、クラウスとマキティネスも水を一口ずつ飲んでみている。
「……これは……何か違いがあるのですか……?」
「何も違いがあるようには思えませんが……」
「ああ、それだけ飲んだら分からないかもな。向うの水甕の水と飲み比べてみ?」
俺の言葉に、二人は水瓶から水を汲み、先程の浄水を掛けた水と交互に飲み比べる。
「なっ……なんと……本当に味が違う!?」
「本当です……飲み比べてみれば、確かにこちらの方が軽い……けど、テツ様は飲み比べなくてもこの違いが分かるんですか?」
「そりゃそうだ。料理人の舌をなめんなよ?俺じゃなくても多分ここの料理長なら出来るぜ」
「まさか……料理人の味覚とはこれ程の物だったとは……正直侮っていました。そして、水の中に本当に目に見えない何かがある事も、これで良く分かしました」
クラウスはそう言ってコップを調理台の上に置くと、
「そしてそれを知っているテツ様の知識。これもかなりの物です。向うの世界の料理人とは賢者としての素質も兼ねているようですね」
「賢者ぁ!?そこまでじゃねえよ。ただまぁ、ある程度の知識がなけりゃ料理人は出来ねえのも確かだ。ただの水でもちょっとした違いで味に差が出る。その差が出るにはちゃんとした理由がある。そう言った知識が無いと、旨い物を作りたくても作れねえ。だから食い物に関してならソコソコ知識はあるだろうよ。それ以外はからっきしだがな」
「確かに道理ではありますね。しかし、そうなるとやはりマキティネスを側に置いていただく方がテツ様の助けになるかと思います」
「ほう?そりゃまた一体どういう理屈だ?」
「テツ様には確かに異世界の知識がある。しかし魔法等の、こちら側の知識は無いでしょう?マキティネスは魔法も使えます。彼女が居れば今回の様に貴方の知識を補えるでしょう」
「クハッ……そう来たか……そりゃぁ確かに合理的なご意見だな」
「テツ殿は魔法の知識を得、マキティネスは料理の知識を得る。取引としては対等であり、対価としても十分かと思いますが」
「……料理の技術じゃなく『知識』を、ねぇ……」
成る程。勇者として能力の高いタクト達ではなく俺にマキティネスはを付けたがる理由はこれか。どうやら昨日から俺が向うの知識全開で色々とやったもんだから、俺が「向うの世界の知識を持って居る」と言う事を警戒した訳か。何とまぁ買いかぶってくれたもんだぜ。
「まぁ良いや。確かに手元補助が居れば色々と楽だな。いいだろ、その案乗ったぜ」
こうして俺にマキティネスが「料理勉強」として助手として付く事になった。




