536円分の覚悟
少し短いですがキリが良いのでここで切ります。
その後俺達は暫く食堂で他愛のない会話をし、それぞれあてられた自分の部屋に戻った。少々手狭な部屋ではあるが、砦の兵士の多くが相部屋であるのに対し、俺達には個室が与えられているのだからかなり優遇されているのだろう。
その部屋に備え付けられていた椅子に座りながら、俺は先ほどライム達からもらった小銭を取り出し、掌の上に載せて眺めていた。この世界では何の価値もない、日本の貨幣。
「クハッ」
その小銭を眺めているとまた俺の喉から笑が洩れてしまう。
「笑っちまうな……まさか俺の料理がたったの五三六円たぁよ……」
それはタクトとミントとライムが俺に渡して来た金額。それも、四騎士達の分も含めた六人分の料理に対する対価。追い回しの時ならいざ知らず、煮方になってからはついぞ言われた事のない金額だ。
「しかしそれでもあいつらの全財産には違ぇねえ……」
そう、これは俺にとっては特別な金だ。「親方の味」ではなく「兄さんの味」でもなく、「店の味」でもない、俺が自分一人で決めて作った『俺の味』に対して初めて支払われた金だ。
「俺個人の初めての客って訳だ、あいつらは」
雇われの板前ではなく、一人の料理人として作った料理に、初めて値段を付けた俺の客達。しかもそれが「旨い」と言って喜んでくれた相手となりゃぁ愛着も湧く。
しかし、本当はそれだけじゃない。愛着は「とうの昔に湧いている」んだ。
高校生ん時に読んだ小説。確かにアレはクソみたいなバットエンドを迎える、俺にトラウマを植え付けたどうしようもない物語だった。
だが同時に――当時の俺と同じ年齢の少年少女が活躍する様に夢中になったのも事実だ。
俺と同い年の少年が苦悩する様に俺も悩み、俺と同じ年の少女が不幸に見舞われるのを悔しい気持ちで読み、俺と同じ年齢の奴らが、何の救いも無い最後を迎えた時、俺は言いしれない怒りを覚えたのも事実だ。
そして。俺はそんな同世代だった奴らの全てを、小説を通して知っている。名前に年齢、誕生日に始まり通っていた学校、勉強の成績に音楽の好みに食べ物の好み、物の考え方や悩み。
そのどれも小説の中で一度は語られ、俺の記憶に残っている。そして他にも、異世界に召還されてからの戸惑いや恐怖、葛藤に絶望。それぞれの最後の時に何を思って果てたのか――その全てが余す所なく小説の中で語られている。
彼らの行動や考え方は、当時の俺にとって共感できる物も多く、共感できない物もまた多かったが、彼らを「ただの作り話の主人公」ではなく「同世代の奴等」という認識を持たせるのには十分に生々しく、泥臭く、青臭く、身近な、生きた人間として感じさせた。
つまりタクトとミントとライムと言う三人の少年少女は、俺にとって――一方的な――同級生、いや、相手の全てを知っている分より身近な「友人」と言えるような、そんな奴等だった。
そんな「かつての友人」が、「死んでしまった友人」が、十年以上の時を経て再び目の前に、それも実在の人間として現れたのだ。
「しかも俺は順当に年を取って二八のオッサン、あいつ等は当時のままの学生、か……」
なんの灌漑も無い訳が無い。愛着が無い訳が無い。何せ俺はあいつ等の事なら何でも知っているのだから。例えば――
「タクトの好物は焼き肉にオムライスに、カレーライスにハンバーグ、そしてマヨネーズ」
確かマヨラーとか言う設定だったな。正直和食の料理人泣かせの子供舌の持ち主だ。
「ミントが好きなのはキッシュにホワイトシチューにセロリのピクルス」
中々アダルトな好みだ。日本人の高校生でキッシュが好きとか言える奴は他に知らん。
「ライムはラーメンとプリンと照焼マヨネーズハンバーガーが大好物だったな」
だから今の状況で一番作れそうなテリヤキモドキを作ってやったんだが。
三人とも、この世界では食べられないと小説では大いに嘆いていた。二度と味わえない故郷の味として切望していた。確かにこの世界で三人の好物を再現するとなると中々ホネだろう。
しかし『今』は状況が違う。小説にはいなかった俺がいる。俺なら、あいつらの好きな料理を作ってやることが出来る。それだけの知識も腕も自信もあるつもりだ。
確かに、向う(地球)の食材が何一つないこちら(異世界)で、向うの味を再現する、と言うのは面倒くさいし、無理な注文ってやつだ。
「しかし、こうやって見ると見事に俺の得意分野が好きなヤツが一人も居ねえな」
和食料理人としてはやはり和食を作りたい。しかし客の……いや、『古い馴染みの友人達』の好みとあれば作ってやりたいと言う思いもある。それになにより。
「親方にゃぶん殴られるかも、だが……和食の技術を駆使して洋食を作る板前ってのも……中々どうして、燃えてくるもんがあるじゃねえか……クハハッ」
無茶ブリをされると言うのも、料理人としては腕がなる所でもある。
俺は掌の中の小銭を見る。たったの五三六円。しかし十数年ぶりに再会した友人が払ってくれた全財産。その価値は俺の手にはズッシリと重く感じられる物だ。
「いいぜ、作ってやるよ、タクト、ミント、ライム。お前らが食いたいと思って、最後まで食えなかった物を、俺がお前らに作って食わせてやる」
この世界で望んだ事を何一つ叶えられずに死んでいったお前等の願いの一つを、俺が叶えてやる。板前としてのプライドを掛けて、絶対に満足させてやる。
「まずはそこから……何にも変わらねえクソみてえなバッドエンドの世界を、一番最初に俺が変えてやる。お前らの好きな食い物を作る事で、お前らの願いを叶えてやる」
小さな、本当に小さな変化かもしれねえ。しかし、それでも変化は変化だ。この世界が最初のほんの小さな歪みからどんどんといびつに、醜悪に、救いようもない世界に変わっていったように、お前らの小さな願いをかなえる事で、いずれ大きな変化が起きるように願って。
「お前達が裏切りに心を痛めなくて済む様に。お前らが変わらない世界に絶望しないように。そして……お前らが死なない様に。小さな所から、この世界を変えてやろうじゃねえか!」
そして、それをなす為には――
「先ずは俺が生き残る事だ。この砦を出たら多分猶予は五十ページ分程度しかねえ。何をするにしても、流石にそれじゃぁ時間が足りてねえ」
単純に俺が死ぬ場面で生き残った所で意味はねえ。このクソみたいな世界はそんなに優しくはねえ。きっとどこかで別の場面であっさりと殺される。殺されなくても結局最後はこの世界が滅んで死んでしまう。
ならば、きっと俺が生き残るだけじゃ足りねえ。タクト達も生かさなければ絶対に足りねえ。もしかしたらそれでも足りねえ。いや、きっと足りねえ。この世界はそういう世界だ。もっと根本の部分から、大きく変えなくては何も変わらねえだろう。この物語を書いた奴のイカれ具合から見たら、それは恐らく間違いねえ筈だ。
「やる事は見えた。しかしやり方はサッパリわからねえ。迂闊に進めばバッドエンドへ真っ逆さま。回避する目途はなく、ヒントとなるのは十年以上前に一回読んだきりの、小説の記憶だけと来たもんだ。おまけに相談したくても相談できる相手がいねえ」
まさに無い無い尽くしの状況。状況最悪過ぎて笑っちまうぜ。しかしあれだ。よく考えれば、さっきの食いかけ料理を作り直した時と同じ状況じゃねえか。
「クカカッ、何だ、難しく考える事ぁねえじゃんか。やる事は一杯、されどやれることは一つのみ。なら出来る事からコツコツと、だ。どの道俺は料理以外何も出来ねえんだ」
よし、腹ぁ括った。不肖、山田鉄太郎、一料理人として古い友人の為に、この世界を徹底的に変えてやる。いや、作り直してやる。俺は例え他人の食いかけでも旨い料理に作り替えれる板前様だ。このクソッタレな世界も美味しく作り替えてやらぁ。
その為のお代は既に頂いた。掌の中の五三六円。この重さに掛けて友人からの注文はキッチリとこなして見せてやるろうじゃねえか。




