第九話 女怪
住宅街を抜けると、盛り土で一段高くなった畑が広がっている。二人は畑と畑の間を通る舗装路を、少し離れた川へ向かって歩いていた。
ユウは一度車道側を歩こうとしたが、レイに「ユウはこっち」と押し戻され、結局内側を歩いていた。仕方がない。幸い車通りはほとんどない。他のところで守れば良い。
「この辺何が出るかな?畑だしくねくねとか?」
「くねくねはもっと田舎の広い畑に出るやつでしょ。そもそもネット怪談だけど」
レイの返答にユウは少し前のことを思い出した。Xで怪異の由来当てごっこが流行っていたことを。そこではくねくねは障碍者をかかし代わりに立てたとされたが、ネット上で成立した怪談にそんな由来があるはずもなく、馬鹿にされていた。もしかしたらレイもそれを見たのだろうか。
「ねえレイ、ちょっと前にネットで怪異の由来が流行ってたの見た?」
しばしの沈黙が二人を襲った。やっぱりいきなりXの話をしだすのはオタクすぎただろうか。冷静に考えて小学生がX触ってるわけがない。大人びているから少し勘違いしていた。
ユウが気まずさに耐えかねて反省会をしていると、レイが口を開いた。
「見たよ。くねくねの正体がかかし代わりの障碍者とかそういうやつでしょ。めちゃくちゃだったよね」
通じた。
「そうそう、どっちかっていうとくねくねの由来を説くなら、クトゥルフ神話との類似点とか色々語るところあるじゃん。海坊主が膨張した鯨の死体とか、百鬼夜行は台風だとか。全部が全部ありえないとは言い切れないけど、一類型だけで具体的論拠もなく語るのはやっぱり論外だよ」
「雪女は矛盾脱衣とか、口裂け女はオートガイネフィリアとかね」
愚痴っていると行先の曲がり角から、ベージュのトレンチコートにツバの広い帽子、艶のある長い黒髪に白いマスクの女が現れた。一段高い畑の隅にさらに物が積まれていて死角になっていた。
「ちょ、ちょっとあれ口裂け女?」
怯えながらも庇うように前に出てレイに尋ねる。
「まさか、確かにちょうど話していたけど」
話している間に女はどんどん近づいてくる。固まって動けずにいると、何事もなく女は通り過ぎた。
「ほら、ただそれっぽい格好だっただけだよ」
「そうだよね」
また曲がり角から女が現れた。今度は二メートル近い見上げるほどの長身に、腰まで伸びる長い黒髪、ツバの広い帽子に白いワンピース、マスクをつけた女だ。
「今度は八尺様!?」
「ただのでかい人だよ」
そう言うレイも今度は少し震えていた。背の高い女はどんどん近づいてきて、やがて何事もなく通り過ぎた。
「大丈夫だった」
「そろそろ行こっか」
また女が現れた。今度は息を切らして走っている。またマスクの女だ。
「今度は何!?」
「カシマレイコ?」
「カシマレイコは元々女性とは限らないカシマさんで、質問に正しく答えないと危険って共通点だったり、女性として語られることも多かったりして、口裂け女と同一視されることもあるけど、本来的には特に関係がない」
ユウは早口で捲し立て語り切った。
「じゃあ違うじゃん」
「そうだね」
マスクの女はそのまま横を通り抜け、先に通った二人の女に追いついた。
「待ってよ、はやーい」
「こら、あんまおっきい声出さない、目立つでしょ」
「あんただってでかいじゃん。てか人なんて子供たちしかいないし身バレとかあんま気にしなくても平気でしょ」
何やら三人で話し出した。
「えっとつまりどういうこと?」
「三人は芸能人か何かで、身バレ対策のためにマスクを着けているってことじゃないかな」
「なーんだ」
背が高いのも単にスタイルが良いだけだろう。
「行こっか」
「そだね」
まだ心臓が高鳴り続ける中、二人は手を繋ぎ歩き出した。互いの脈拍が手のひらを通じて伝わってきた。どちらのものかわからないほど速かった。
三人の女はさっき通り過ぎた子供たちのことを思い出しながら話す。
「あの子たち、なんでこんな時間に二人だけでいたんだろう?」
「デートじゃない?」
「デートかー」
「いや危ないでしょ」
「デートに危険はつきものだよ」
「吊り橋効果?」
「こんな夜道で」
笑いながら三人は歩き続けた。




