第一〇話 川
畑を抜け、ショッピングモールを越え、幅百メートルほどの川が見えた。橋は川べりよりも高い位置、土手の上から伸びていて、川幅の倍近い長さがある。
「もうちょい大きい橋のが良かったかな?」
「まあまずここ探して、そのあと別の橋に移ればいいんじゃない?」
二人は橋の左側にしかない歩道を真ん中まで歩き、魚が泳ぐのも見えないほどに暗く染まった川を見下ろしながら話した。
「ワニでもいないかなあ?」
「ワニがいるのは下水道でしょ」
「そこ下水処理場だし、出てくるかもよ」
レイは上流に向かって左手側の建物を指差し言った。よく見ると川岸に排水門がある。排水門の上、河川敷の遊歩道をジャージ姿の男が走っていった。
「ほんとだ、じゃあ出るか。いや、通れないでしょ」
「確かに。それじゃあ行こっか」
二人は橋を元来た方に引き返す。堤防へと下る緩やかな坂道を歩き、途中の階段から河川敷へと降り立った。
「こっからだと川見えないね」
遊歩道と川との間には草木が生い茂る藪が広がり、小学生サイズの二人の視界を遮っている。
「ここの川でね、昔自殺した女の人がいたらしいんだ。それ以来川の中、遺体が流れた場所に、毎晩出るって噂があるんだけど」
「そもそも川が見えないね。どうする、さっきの橋に戻って流れてくるの待つ?」
「いや、飛び降りたのが向こうの橋なんだ。そこまで行こう」
明かりのない狭い道を、二人は手を繋ぎスマホのライトを頼りに歩いた。サラサラと不規則な水音が、視界の外から聞こえ続ける。時折風が吹き藪も揺れて声を上げた。
「川の中じゃなくても、何か出てきそうな雰囲気だね。今にもそこの草むらから」
ユウの言葉にレイのライトが揺れた。
「何が出るかな、カッパかな?」
目に見えて動揺しているのをごまかすようにレイは話す。面白くなってユウはさらにびびらせることにした。
「いいや。濡れた女の人の手がニュって出て、足首を掴むかもよ」
「へー」
そう言いながら足元を照らし出した。
「レイって意外とビビリ?」
「いいや、そんなことないよ」
キョロキョロと瞳を揺らすレイの横顔を見つめながらユウは思った。ビビリなのに、頑張って庇ってくれていたんだ。コミュニティハウスで管理人に叱られたときのことだ。気が付かなかったけど、森で穴掘ったときも実はビビってたのかな?そういえばトイレで個室になかなか入ろうとしなかったのもそういうことかも。お化けの出ない呪文教えたら入ってったし。
「どうしたの、なんか顔についてる?」
「いいや何も」
不思議そうなレイに、ニマニマと口角が上がってしまうのを抑えきれなかった。
轟音を響かせる鉄道橋の真下をちょうどくぐると、藪が開け広々としたサッカーコートに出た。
「ここ危ないよねボールが柵越えて川に流れてっちゃったら」
「それを言ったら普通のコートも道路に出たら危ないんじゃない?」
「まあ確かに。川と道路の危なさがちょっと違う気もするけど」
「それもそっか」
柵の向こう側にはさっきまであった深緑の藪はなく、薄黄色のススキがちらほらと生えているばかりだ。一度立ち止まりそこから水面を照らして眺めるが、ワニも、女も、カッパも、流れてくる様子は無い。二人はしばらくの間黙って見ていた。
「お。来た来た」
「よーし全員揃ったな」
「今日こそ釣るぞ」
突然背後の土手から数人の話し声がした。
「そろそろ行こっか」
「そうだね」
それを機にまた河川敷を歩き始めた。コートから出ると再び藪が川との間を隔てて茂っている。川を見ることもできずに一直線、橋へと向かう。橋は点々と街灯に照らされていて眩いばかりだ。
「あそこから飛び降りたの?」
ユウが橋の真ん中を指差し尋ねた。
「うん、そういう噂だよ」
二人は黙って欄干を見つめながら歩き続けた。
「お。来た来た」
「よーし全員揃ったな」
「今日こそ釣るぞ」
男たちはYouTuberだ。野外で生き物を捕まえ、それを食べるのを生業にしている。
「あの子たち、なんでこんな時間にいるんだ?」
一人が不思議がって仲間に尋ねる。
「お化けじゃね」
「んなバカな」
「いーや、川の精だ」
「そりゃ縁起がいい」
「今日こそ主が釣れますように」
男たちは去り行く二人の後ろ姿に、豊漁を願う祈りを捧げた。




