第一一話 学校
「今日はどこ行くの?」
いつもの学校前でユウはレイに尋ねた。
「今日はここ、学校に行こう」
背後にそびえるベージュの建物、レイが通っている小学校を指差した。
レイが車輪のついた金属柵の門扉を横にスライドし、堂々と中に入っていった。ユウは校門を見張るように付けられた監視カメラの赤い点滅が気がかりで、ビクビクしながら後に続く。
「学校の敷地内に道が通っているから、いつでも門は開いていて入れるんだ」
なんだ。万一見つかった時のことを考えて怯えなくて良いのか。
ユウは伏せていた顔を上げ、辺りを見回した。
敷地と外との境には草木が生い茂り、視界を遮っている。門の前から続くベージュの校舎は奥へと伸びていて、教師用だろうか、パスキー付きの小さな扉はあるが、生徒が使う広い校舎への入り口は見当たらない。
校舎への入り口。なんて言ったっけ。なんか特有の呼び方があったはずだが思い出せない。ネイティブ小学生なら何も考えずとも出てくるのだろう。
※昇降口のこと
「そこの柵越えたら理科室覗けるんだけど、行く?」
グラウンドの柵を指差し尋ねた。
「いやーやめとくよ。ほら、ワンピースだから引っかかるかもだし」
柵を越えたら不法侵入になってしまう。今のはただ道を歩いているだけ。校舎に近づいてもちょっと道を逸れただけ。柵を越えたら流石にヤバい。
「そっか。それじゃあそのまま歩いていける校舎覗こっか。」
名前の思い出せない校舎の入り口、外履きと上履きを履き替える玄関を二人で覗き込む。校舎の中は消火栓の赤いランプが点くのみで、スマホのライトがないと何も見えない。玄関の奥左手に階段があり二階へと続いている。踊り場の窓から月明かりが差し込みそこだけぼんやりと明るい。右手には真っ暗な廊下が伸び、ライトで照らすと教室が立ち並んでいるのが見えた。
「あそこの教室、窓から覗こう」
二人は校舎の右手に回り、裏庭へと出た。そこには小さなウサギ小屋と、連なる花壇がある。きっと生徒たちの委員会活動の場になっているのだろう。
教室の窓を覗くとそこは通常の教室よりも明らかに細長く広いところで、長机が縦に並んでいる。長机は二つに分かれていて間には水道がある。逆側の端は折り返せるようになっていて、おそらくそこにはガスコンロがある。棚には多種多様な食器が並んでおり、教壇には横むきの長机がある。
家庭科室だ。
何かいないかじっと眺めていると、校舎の裏手から微かに話し声が聞こえた気がした。
「今聞こえた?」
「うん、絶対誰かいる。」
「行ってみる?」
「行ってみよう」
ユウはこれ以上奥に行くと流石に言い訳が効かないと思いつつも、ビビリなレイの答えに覚悟を決めて、ついて行った。レイは明らかにビビっている。本来誰もいないはずだから堂々と案内していたが、声がしてから足取りが重い。ユウも歩調を合わせ、校舎裏へと向かった。
近づくにつれ声は大きくなる。ついに曲がり角に到達し、レイは
「俺がまず覗くからそのあとに」
と言って、身を出すとライトを向けた。小さく悲鳴が上がった。レイだけではない。別の悲鳴だ。
ユウも覗き込むと、そこには合わせて三人の子供がいた。一人は背の低い、逃げ出そうと振り返っている男。一人は背の高いこちらも逃げ出そうと後ずさりしている男。一人はその二人の服を掴み逃げ出さないように引っ張っている女。
「ほらみろ、向こうも子供じゃねえか。あれだろ、お前らも肝試ししにきたんだろ?」
「うん、そうだよ」
ビビらせないようにユウが笑顔で答えると、二人も近づいてきた。
「何年生?」
「六年生」
「見たことないけど」
「転校生だからね」
お決まりの質問にスラスラと答える。
「それじゃあ横のそいつは?」
「へ?レイはここの六年生でしょ」
三人は何も言わずレイを見つめて固まっている。ユウも思わず横を見た。レイは黙ったままだ。
「え?三人はレイのこと知らないの?」
ユウが尋ねると三人揃って首を縦に振り、気の強い女が
「逃げろ、お化けだ」
と叫ぶと一目散に走り出した。
ユウも繋いだ手を振り払い脱兎の如く駆け出した。
家庭科室の横を通り、校舎の玄関の前を過ぎ、校門目がけて走り続けた。
さっきの三人が開けっぱなしにしたであろう校門を通りぬけ、脇目も振らずワンルームの我が家をただ目指した。
階段を駆け上がりながら、ポケットから鍵を取り出し差し込んで回し、ドアを開けるとすぐ飛び込んで、鍵をかけチェーンをかけて、ゲーミングチェアに腰を落とすと途端に力が抜けた。
レイの正体は、この一週間一緒に遊んだ相手はなんだったんだろう。何かがあった子供の幽霊?ユウはたびたび心霊スポットに行くし怪談も好きだが、それを信じてはいない。それでもどこかで連れ帰ってしまったのではないかと思ってしまう。まさか家までは着いてこないだろうか。
そう思った時マンションの階段を上る足音が聞こえた。一段一段ゆっくりと踏み締める足音だ。やがて階段を上り切り廊下を歩く音に変わった。そしてそれはユウの部屋の前で止まった。
ピンポーン
チャイムが鳴らされた。ユウが動けず膝を抱えて椅子に座っていると、またピンポーンと鳴った。
床を這うようにしてインターホンの前に行き、応答ボタンを押す。ユウの部屋のインターホンはカメラがなく音声だけだ。先にドアスコープを覗くべきだったと後悔したがもう遅い。恐る恐る返事をした。
「はーい、どちら様でしょうか」
「ユウ、いやハナちゃん。ちょっと話したいことがあるので入れてくれませんか」




