第六話 差出人不明
「今日はどこ行くの?」
「幽霊バス、深夜のバス停に存在しないバスが来るんだ」
学校から10分ほど歩いた先のバス停に向かい、待合用のベンチに二人並んで腰掛ける。こんな時間にバス停はおろか、道行く人すらほとんどいない。静かな夜風が吹きつける中、ユウは無言の気まずさに耐えかねていた。すぐ隣、肩と肩が触れ合う距離にレイがいるのも拍車をかける。
「なんか話さない?」
「ユウも怪談好きなんでしょ?なんか教えてよ」
「そうだなあ、それじゃあ犬鳴村伝説ってあるじゃん。犬鳴峠の脇道を進むと、『この先、日本国憲法つうじません』って看板が立っていて、その先には地図にない集落があるってやつ。」
「あるね、入ると住民に襲われるってやつだよね」
食いついた。ここは由来まで詳しく語って、カッコつけよう。
「そう、それ。まあもちろん真っ赤な嘘なんだけど、この話の舞台、犬鳴峠には元から噂があったんだ。トンネル工事の犠牲者の霊が出るみたいなね。そんなところで実際に事件が起こった。」
ユウは少し間を置いた。レイは急かすでもなく、続きを待っている。
「車で帰宅していた男性が、帰宅途中に5人の不良に遭遇。車を奪われ監禁され、旧犬鳴トンネルまで連れて行かれて、ガソリンで焼き殺された。これが1988年の話。まだ伝説は作られていない、地元で有名な心霊スポットでしかなかった。なんでこれが、犬鳴村伝説になったんだと思う?」
レイはここまで相槌一つ打たず、じっとユウの話を聞いていた。
「2ちゃんねるでそういう話が広まったんじゃないの?」
「惜しい。そうなんだけど、その前にもう一個話がある。」
思ったよりちゃんと聞いてくれている。ユウは得意げに、顔の前で人差し指を立てた。
「1999年、日テレの『特命リサーチ200X』って番組に、『日本にあって日本でない村』を調べてほしいって依頼が届くんだ。それによると、犬鳴峠のトンネルの横に道があって、その奥には地図に載っていない村がある。途中には『この先、日本国憲法つうじません』という立札。車で行った知人は、村の入り口で四、五人の男に斧みたいなもので襲われた。別の知人は人のいない家と壊された車を見た。携帯電話も通じない。警察も入れない。外界との交流を絶った村人がいる。」
車のヘッドライトが二人を照らし、ユウは一度口を閉じる。車が通り過ぎ、遠ざかると、辺りはまた元の暗さに戻った。
「で、最後に、興味本位で行く若者がいるから調査してほしい、って」
「大体の要素がその番組時点であるね。」
「そうなんだよ」
「じゃあ2ちゃんの創作ってよりも、その依頼主が作ったって感じ?」
「たぶんね。それがネットに転載されて、そっから広まった」
レイは納得したように頷いた。
「じゃあ、その依頼送った人って誰なの?」
「分からない」
「分からないんだ」
「今も正体不明。一体どこの誰が、なんのためにこんな話を作ったんだろうね」
口にしてから、ユウは暗い道路の先へ目をやった。
誰が、なんのために。その言葉に、別のものが引っかかった。
「元シイノミプロジェクトの枯尾ハナってご存知ですか。とっても可愛い声です。運営に邪険されてクビになりました。」
差出人不明のメッセージ。別にユウのもとへ届くわけではない。マシュマロや質問箱に無作為に送りつけられ、ときには同じような文面の手紙まで、現実の店や施設に届いているらしい。
受け取った人間が不気味がり、ネットに投稿する報告も日に日に増えている。
放っておいていいものではないことは分かっている。
だからといってユウが転生して配信を始めても、集まった注目に対して何もかも話せるわけではない。契約の都合がある。
何も言えないまま注目だけ集めるくらいなら、見ないふりを続けたい。次第に転生すること自体が億劫になっていた。
「ユウ、ボーッとしてどうしたの」
レイの言葉で思索から呼び戻された。
「いや、ね、依頼主って誰なんだろう。誰がなんのためにこんなことしたんだろう?って思ってね」
「確かに。現実の事件を元に、誰かが都市伝説を作っているよね」
「ね、不気味だね」
他に誰もいないバス停で話すとより一層背筋にくるものがある。人も車も、もちろんバスも来ない。
「バス、来ないね」
「来ないね」
「明日からはまた早めの時間、10時にしよっか」
「わかった」
二人は待合ベンチから立ち上がり、バス停を後にした。
深夜、ジャージ姿の男が、人通りのない道をジョギングしていた。昼間の暑さも和らぎ、夜風が心地よい。ふとバス停が視界に入った。こんな時間にバスなんか来ない。だから誰も座っているはずがないのに二つの人影が見える。しかもどうやら子供だ。なぜ?何を待っているんだ?男はできるだけバス停から距離を取り、歩道の反対側へ寄って走り抜けた。




