第四話 いないはずの人影
「おー、きたきた」
「昨日ぶり」
次の日も二人は夜に会った。約束通り小学校の前だ。
「今日は学校にでも行くの?」
「いや、今日はあっち、コミュニティハウスに行こう」
そう言って暗い夜道を指差した。
「それでそこにはどんなのが出るの?」
歩きながらユウは尋ねる。
「出るのはコミハ本体じゃなくてそこの公園の横の建物なんだ。前に夜、コミハの前を通った友達が見たんだって。誰もいないはずの暗い建物の中に人影が通るのが」
「ほーん、その建物ってなんなの?」
「そいつが言うには閉鎖病棟なんだけど、実際にはただの看護学校」
「なんだ。いや待って閉鎖病棟なら人影があるのも逆に自然だけど、看護学校ならおかしくない?」
「そう、だからそれを確かめに行こう」
鳴り響く救急車のサイレンを耳にしながらコミュニティハウスの敷地に入る。
「あー、横に病院があるから閉鎖病棟だと勘違いしたのか」
「そうだと思う。古い校舎って不気味だしね」
坂道になっている舗装された道の横には、草木の生い茂る広場があり、子供たちが自然に触れ合えるようになっているのだろう。坂を下った先には平坦な公園とコミュニティハウスがある。コミュニティハウスは公園の一段下にあり、その先にも坂は続いている。
「ここが言っていた公園で、その奥の窓が並んでいる建物が看護学校」
明かりは舗装された道沿いと公園の端に立つ街灯のみで、建物自体は真っ暗だ。
「割と雰囲気あるね」
「うん、これなら本当に出たかもしれないし、ビビって見間違えたのかもしれない。出るまで待とう」
「今日もなんか話す?」
「いや、サッカーしよう」
ベンチの下に転がったままのサッカーボールを指差した。
「誰かの忘れ物かな?」
「多分ね、ちょうどいいから使わせてもらおう」
レイはボールを持ってユウから離れると、足元に置いてパスをした。
まっすぐ足元目掛けて転がってきたボールをスニーカーで受け止め蹴り返した。思ったよりも左に外れて転がっていった。ボールを蹴るなんて何年ぶりだろう。
レイが走ってボールを止め蹴り返した。
「蹴る足じゃない方の足を向けた方に転がっていくよ」
今度はアドバイス通りに蹴り返した。ボールはレイの足元目掛けて転がっていった。
二人は薄暗がりでパスを回し合い遊んだ。
汗が滲んできた頃、レイはボールを止め近づいてきた。
「いないね」
「そういえば。夢中になって忘れてた」
「いいよチラチラ周り見といたから。通行人が一人通っただけだけど」
「どうする、もうちょっと遊ぶ?」
「いや、サッカーはこれくらいにして、夜のコミハを探索しよう」
そう言ってボールをベンチの下へ蹴り戻した。
坂道の下、公園よりも一段低い位置にコミュニティハウスの建物はある。どの窓からも電気は漏れず、ひとけがなく真っ暗だ。その横には花壇があり、色鮮やかな花々が咲き乱れている。
「綺麗だね」
「そうだね、ユウちょっとしゃがんでよ」
「こう?」
言われた通り花壇と花壇の間にしゃがんだ。
「花に囲まれていて綺麗だよ」
顔のすぐ横にある花々に負けないほど、ユウの頬も赤く染まった。小学生にキザなこと言われて、年甲斐もなく照れくさい。
返す言葉も見つからず目を泳がせて黙っていると、コミュニティハウスの方からドアが開く音が聞こえた。今度は動けず固まっているとレイが近づき手を差し出して立ち上がらせてくれた。しかもユウを庇うような立ち位置だ。
「コラー今何時だと思ってるんだ!すぐに帰りなさい!」
突然響いた男の大声に面食らったが、よく聞くと小学生に帰りを急かす説教だ。
「はーい、すぐ帰りまーす」
レイに続いて「わかりましたー」とユウも答える。
二人はいそいそと花壇から離れ坂道に出た。
「急ごう」
手を繋いだまま駆け出した。坂道を上り切る頃にはユウは息を荒くして肩で呼吸している。レイは平然としている。
「大丈夫?手繋いだままにしよっか?」
「い、いや平気。大丈夫大丈夫」
「そう?それじゃゆっくり行こっか」
小学校の方に歩き出した。
今日はあまりにも情けない。いくらなんでもあれはない。倍以上歳の離れた小学生相手にメロつくなんて。しかも守るように庇ってもらって。子どもっぽく振る舞うことと、大人として情けないことは違う。明日からはもう少し、夜な夜な子どもを連れ回す大人として責任感のある行動を心がけよう。そう決意したそばから、明日も会ってくれるだろうかと、また子どもみたいなことを心配した。
「それじゃあ明日も10時にここでいいよね?」
小学校の前に着いた時、レイが言った。
「うん、そうしよう」
「また明日、気をつけてね」
「レイも気をつけて」
最後まで負けそうになったが、相手の心配をしたことでギリギリ大人として勝ったと思う。ユウは明日を楽しみにしながら帰路へとついた。
コミュニティハウスの坂の下には道が通じていて、下からも敷地に入ることができる。敷地を突っ切るスーツ姿の男はボールを蹴る音に気がついた。こんな時間に?公園を覗くと少年と少女がサッカーボールを蹴っていた。まあ夏休みだしと思い通り過ぎようとした時、ふと少年と目が合った。何かを探すような異様な瞳に、男は慌てて目を逸らし早足で通り抜けた。




