第三話 返せ
「これはわたしが引っ越してくる前に聞いた話なんだけどね。家の近くの駅前に雑居ビルがあるんだ。そこの一室は昔、VTuber事務所に使われていたらしくてね、そこに出るんだって。なんでもそこには運営と揉めて理不尽にガワを取られたVがいたらしくてね、その子はそれで病んで自殺しちゃったんだって。その後事務所も潰れちゃったんだけど、その部屋では今も「返せ返せ、私の身体返せ」って女の人の声が聞こえるんだって。しかもねスマホのカメラを向けると一瞬そのVTuberの姿が映るんだって」
もちろんそんな話は聞いたことがない。ユウの作った現代怪談だ。カシマさんやテケテケが脚を求めるように、VTuberの霊はガワを取り返しに出るのだ。令和ナイズした形だ。
「運営と揉めたVTuber。なんで揉めたかとかわかるの?」
「いやーわからないなあ。それどころかなんて名前のVだったかも、事務所の名前もよくわからない」
「それじゃあ誰かがイタズラで作った話なのかな?」
その通りだ。
「そうかもね。でも実際に理不尽にガワを取られて亡くなったVはどこかにいるんじゃないかな」
「うん、そんな話をどこかで聞いた誰かが、そこから思いついたのかもね」
二人はまた静かに人魂が出るのを待った。
ユウが語った創作怪談はユウが元ネタだ。理不尽にクビになったわけでも、自殺したわけでもないが。運営と揉めてクビになったVがいて、その事務所もやがて潰れた。そこまでは、半年ほど前の本当の話だ。
「出ないね」
「だね」
レイがまたスマホのライトをつけた。持つ手を遠くに伸ばし、光をグルグル振り回す。
「どうしたの?」
「いやー、こうしたら人魂に見えるかなあって思って」
「最初来た時もライト点けてたじゃん。ちょっと人魂に見えたよ」
「そっか、それならきっとこの怪談も、肝試しに来た人のライトが人魂に見えたんだろうね。二十年近く前なら懐中電灯かな?」
「そうかもね」
「そう考えると建て直そうとしたのも嘘かもね。火事と人魂と建て直されない神社が結びついて、建て直そうとするたびに人魂が燃やすって話になったのかも」
レイは朗々と自論を語った。
「うん、きっと建て直してないのはお金の問題だよ」
ユウもそうだと思った。
「それじゃあどうする?今日はもう解散かな」
「人魂が出ないならそうじゃない?でもまた明日別の心スポ行こうよ」
「いいね、それじゃあ明日の夜10時ごろ小学校の正門前に集合な」
「うん、そうする」
また明日の約束ができた。
二人で細い階段を下り、鳥居を抜け住宅街で左右に別れる。
「バイバーイ」
「また明日」
怪談好きで理屈っぽいレイの前から「あの夏の少女」が姿を消したらどうなるだろうか。直接見ることができないのが悔しい。「あの夏の少女」を果たすためには日々の積み重ねが大切だ。明日はどんな怪談を教えてくれるだろうか。思わず笑みがこぼれる。
飛び跳ねるような足取りで自宅まで帰り、扉を開く。ワンルームの室内はつけっぱなしのエアコンで心地よい。3点ユニットの洗面台で手を洗い、ゲーミングチェアに腰を下ろして、PCのスリープを解除する。モニター下のスマホスタンドと、その左に置かれたマイクは長らく出番がない。つけっぱなしのブラウザはYouTubeを開いており、元同僚たちが思い思いに配信している。
クビになったユウと違って、最後まで残ったみんなには諸々の権利が譲渡され、今でも自由に配信できている。それが少し羨ましい。別に転生すれば良いのだが、いまいちそういう気にもなれない。
久しぶりにVTube Studioを起動し、スマホをスタンドにセットする。画面に赤みがかったロングの黒髪と暗い赤の瞳が白い肌によく映える、肩まで覆う大きな襟の紺色のセーラー服に赤いスカーフ、膝下までのスカートに白いハイソックスと黒のローファーの少女、枯尾ハナが現れた。
枯尾ハナはスマホのカメラに写るユウの動きに連動し、口を開き目を細め左右に揺れる。顔を上に向けると伸びをするように傾き、下に向けるとお辞儀をするように俯いた。アクセサリーを開くと青白い人魂が周りに浮かぶ。
枯尾ハナ、ユウがシイノミプロジェクトに所属していた時の名前だ。一応まだモデルは残しているが、契約上表立って使うことはできない。
ユウはため息をつきウィンドウを閉じると、椅子から立ち上がった。
住宅街の中、細い神社の参道前を犬を連れた中年の女が通った。ふと階段の上、境内を見ると白い光がふよふよと浮かび揺れ動き、やがて消えた。女は犬のリードを引っ張り急かすと、そそくさと走り去った。




