第6話 無邪気な妖精のお茶会と、晒された兄の「人間としての尊厳」
第6話です! お読みいただきありがとうございます。
前回、迷惑系配信者から陽菜ちゃんを守り抜き、「もう二度と会えない」と涙ながらに別れを告げた三闘神たち。
しかし、子供の無邪気さは、時に大人たちの感傷をあっさりと飛び越えていきます。
感動の別れから一夜。
誰も予想しなかった「2回目の配信」。たっぷりのおしゃべりタイムの後に待ち受けていたのは、配信界隈の歴史に残る『大惨事(お兄ちゃんの終わる世界)』でした。
最強の三闘神たちが、現実空間での死闘の末に「一期一会の別れ」を悟り、熱い涙を流した翌日。
都内の高級法律事務所で、九条律は窓の外の夜景を見つめ、深いため息をついていた。
下町の空手道場で、武田健はサンドバッグを叩きながら、ぽっかりと空いた心の穴を感じていた。
セキュリティ企業のサーバー室で、結城零は、昨日の『ごんぎつね』の音声データを聴きながら、無機質なモニターを眺めていた。
(……あのお姫様は、今頃どうしているだろうか)
3人の大人が、二度と会えない無邪気な少女の平穏を遠くから祈っていた、夜の8時。
***
「……うー。みいちゃんも、おばあちゃんのおうち行っちゃったし……ゆうたくんも、うみに行ってるって……」
夜ご飯を一人で食べ終わった静かなリビングで、陽菜は子供用スマホをソファーに放り投げ、しょんぼりと肩を落としていた。
夏休みの真っ最中。
いつもなら友達と遊べる時間だが、今日はいくら電話をかけても、みんな家族旅行に出かけていてお留守だった。
お父さんとお母さんも、海外でお仕事。
頼りのお兄ちゃんも、大きなリュックを背負って遠くに行ってしまった。(※現在、お兄ちゃんはアルプス山脈の奥地へ向かう登山鉄道に乗っており、丸一日電波が圏外である)
「ひま、だなぁ……。ひとりぼっちだ……」
陽菜は、ぽつんと呟いた。
その時、ふと、昨日の「あの時間」を思い出した。
(そうだ……ようせいさんたち!)
パソコンの向こうにいた、たくさんのお友達。
いっぱいお話を聞いてくれて、「はなまる」をくれて、一緒に遊んでくれた、優しい妖精さんたち。
「……ようせいさんなら、きょうも、あそんでくれるかな」
陽菜はパタパタと廊下を走り、お兄ちゃんの部屋の扉を開けた。
パソコンはスリープ状態になっていたが、マウスを動かすとあっさり画面がついた。お兄ちゃんは「いつでもすぐにバ美肉配信ができるように」というズボラな理由で、PCのパスワードロックを解除したまま旅行に出かけていたのだ。
陽菜は昨日と同じように、ピンク色のアイコンをダブルクリックし、緑色の『配信開始』ボタンを迷いなく押した。
感動の別れと感傷など、寂しがりやな子供の好奇心の前には無力である。
***
『ピコンッ』
3人のスマートフォンと、そして昨日たまたま配信を見てチャンネル登録をしていた500人のリスナーたちの端末に、MeTubeからの無慈悲なシステム通知が届いた。
【通知:姫ヶ崎ロゼ_Official がライブ配信を開始しました!】
「「「…………は?」」」
都内の別々の場所で、3人の大人が同時に奇声を上げて立ち上がった。
九条は淹れたてのコーヒーをこぼし、武田はサンドバッグに激突し、結城はエナジードリンクをキーボードにぶちまけた。
『あ、あー。てすと、てすと! ……ようせいさんたち、いるかなぁ……?』
震える手で開いた配信画面。
そこには、昨日と全く同じ、胸の谷間も露わなセクシーお姫様が、少しだけ不安そうに首を傾げていた。
『あのね、きょうね、おともだちにいっぱいおでんわしたんだけど……みんな、かぞくりょこうにいっちゃってて、だれもあそべなかったの……』
画面の中のアバターが、シュンと下を向く。
超高級マイクが、陽菜の少し寂しそうな、鼻にかかった舌足らずな声を完璧な音質で拾い上げる。
『おうち、だれもいなくて、ひとりぼっちだから……さみしくなっちゃって。また、お兄ちゃんのパソコンかりて、ようせいさんたちとおはなししたくて、きちゃった……。だめ、かな……?』
【モブリスナーA】:うおおおおおおおおおおお!!!!!
【モブリスナーB】:ダメなわけあるかぁぁぁ!! 俺たちがいるぞォォォ!!!
【モブリスナーC】:一生の別れだと思って昨日ガチ泣きした俺の涙を返せwww いやでも来てくれてありがとう!!
【るーるくん】:異議なし!!! 寂しい思いなど一生させません!!(号泣)
【ぽかぽかさん】:お姫様ァァァ!! 今日も最高に可愛いぞォォォ!!(号泣)
【ぱそこんさん】:システム、オールグリーン。妖精はここにいるぞ(号泣)
たった数分で、同接は昨日の500人をあっさりと超え、1000人を突破した。
最強の大人たちは「感動の涙を返せ」と笑いながらも、寂しそうに笑う無邪気な少女を前に、庇護欲を大爆発させていた。
『あ! るーるくん、ぽかぽかさん、ぱそこんさん! 今日も来てくれたんだね! わあぁ、ほかにもいっぱい! ありがとう!』
画面の中のセクシーな美女が、パァッと花が咲いたように笑う。
3人の大人たちは、自分たちの可愛いあだ名が呼ばれた瞬間、完全に昇天した。
『えへへ……ようせいさんたちとおはなししてたら、元気でてきた! あのね、きょうはね、わたしのおはなし、いっぱい聞いてほしいな!』
そこから、陽菜とリスナー(妖精さん)たちの、平和で甘やかな「お茶会」が始まった。
『ぽかぽかさんは、きょうもおそとで、おひさまにあたって、ぽかぽかおひるねした? きょう、とってもあついから、おみずいっぱいのんでね!』
【ぽかぽかさん】:おう!! お姫様の優しさのおかげで、今日の俺は誰よりも健康だぞ!!(号泣しながら道場で正拳突き)
【モブリスナーD】:ぽかぽかさん限界化してて草
『るーるくんは、ルールをまもる、いいこなの? わたしね、なつやすみのしゅくだい、まだおわってないや……えへへ。るーるくんは、しゅくだい、おわった?』
【るーるくん】:宿題(仕事)など放り出して、私がすべて代筆して差し上げたい……! 後で一緒に『読書感想文』の構成を練りましょうね。主人公の行動の違法性と法的根拠について論じれば完璧です。(号泣しながら六法全書を撫でる)
【モブリスナーE】:小3の読書感想文に法的根拠を持ち込むなwww
【モブリスナーF】:るーるくんがただのヤバい教育ママになってるww
『ぱそこんさんは、ぱそこんで、どんなゲームしてるの? わたしといっしょ? ぱそこんさんも、ゲームたのしい?』
【ぱそこんさん】:……あぁ。俺のパソコン(仕事)は、すべてお姫様の笑顔を守るための、最高のゲームだ。(号泣しながらファイアウォールをさらに強化)
陽菜は画面の前の大人たちが何者かも知らず、まるで本当の妖精とお茶会をしているように、1時間以上も無邪気におしゃべりを続けた。
時折、陽菜が身振り手振りでお話をするたびに、お兄ちゃんが設定した【限界まで物理演算を効かせた豊満な胸】が画面の中でブルンブルンと不自然に大揺れし、その度にリスナーたちが「おいやめろ!」「目のやり場に困る!」「アホの兄貴ふざけんな!」とパニックになる一幕もあり、配信は大いに盛り上がった。
時計の針が夜の9時半を回った頃。
『あー、いっぱいいっぱいおしゃべりしたら、おなかすいちゃった! あのね、いまから、お兄ちゃんがれいぞうこに入れておいてくれた、とくべつなプリンをたべるね! あ、そうだ! おんがくも鳴らそうっと!』
陽菜は、机の上に置かれた「配信用の物理ボタン(Stream Deck)」を、ポチッと押した。
途端に、深海に沈んでいくような、ゆったりとした心地よいアンビエントBGMが流れ始める。
それは、本来このチャンネルの持ち主であるお兄ちゃんが、深夜の『睡眠導入ASMR配信』用にセットアップしていた、プロ仕様のガチの催眠BGMだった。
陽菜はマイクの前で、美味しそうにプリンを食べ始めた。
数十万円の高級マイクが「ちゅるっ……ん〜、あまーい!」という極上の咀嚼音を拾い上げ、1000人のリスナーをさらに骨抜きにしていく。
しかし、プリンを食べ終え、お腹が満たされた9歳の少女に、先ほど自分で流した「睡眠導入BGM」の強力な効果が襲いかかる。
『……なんだか……おなかいっぱいになったら……このおんがく、すごぉく、ねむく、なっちゃった……ふぁぁ〜……』
セクシーなピンク髪のお姫様が、画面の中で無防備な大あくびをみせる。
陽菜は、小さな手でゴシゴシと目をこすりながら、必死に睡魔と戦おうとした。
『うゆ……だめ、まだ、ねないもん。わたし、もう3年生のおねえさんだもん……ようせいさんたちと、もっと、おはなし……』
カクン、とアバターの頭が揺れる。
強烈な睡魔に抗う幼女の健気な姿に、チャット欄は「無理しないで!」「もう寝ていいんだよ!」「寝かしつけASMR助かる!」と優しい声援で埋め尽くされた。
『……んゅ……ようせいさんたち……わたし、やっぱり、もうねんねするね……。また、あしたもあそんでね……えいっ』
限界を迎えた陽菜は、赤いマークの『配信終了』ボタンを押したつもりだった。
しかし、お兄ちゃんが自由にカスタマイズしていた物理ボタンの配置が悪かったのか、トロンとした目で彼女が小さな指で押し込んだのは、そのすぐ隣に配置されていた『画面共有(デスクトップ画面をそのまま映す)』のボタンだった。
――プツン。
美少女アバターがスッと画面から消え、代わって「デスクトップ画面」が、1000人を超えて膨れ上がっていたリスナーの前に大写しになる。
そして、画面の右端には、まだライブ配信が継続していることを示す【LIVE】の赤い文字が非情にも点灯し続けていた。
【モブリスナーG】:あれ? ロゼちゃん消えた?
【モブリスナーH】:配信切れてないぞ! デスクトップが映ってる!!
【モブリスナーI】:ん? デスクトップの端っこに『蒼太_大学レポート』ってフォルダがあるぞ。
【モブリスナーJ】:待て。さっきロゼちゃん「お兄ちゃんのパソコン借りてきた」って言ってたよな?
【モブリスナーK】:ってことは、この画面の真ん中で開きっぱなしになってるブラウザの「検索履歴」とか、表示されてる「メモ帳」って……まさか……。
そこには、お兄ちゃんが今日まで必死にバ美肉(美少女化)の技術を磨いてきた『ヤバすぎる努力の結晶(狂気)』が、全世界に向けて完全公開されていた。
ブラウザの検索履歴・直近の閲覧ページ:
『男声から合法ロリボイスを出すための喉仏の潰し方(外科手術なし)』
『疑似ハグマシーン 自作方法 温水パイプとヒーターで人肌を再現』
『深夜に一人で可愛い声を出してると泣けてくる時の対処法』
『自分のアバター(美少女)と法的に結婚することは可能か 役所』
さらに、画面の中央には、お兄ちゃんが執筆途中だったテキストファイル(メモ帳)が堂々と開かれたままになっていた。
【テキストファイル名:バイノーラル配信台本_メスガキ妹編_ver3.txt】
『(※ここで左耳にねっとりと息を吹きかける)
……ふふっ、お兄ちゃん、こんな声で興奮しちゃうんだ? ほんっと、キモくて最高にドMだよね♡
(※右耳に移動して、少し甘えた声で)
でも、そんなダメなお兄ちゃんのこと、養ってあげられるのは私だけだから……ね?』
「「「…………」」」
画面の向こう側の大人たちが、全員、静かに息を呑んだ。
【モブリスナーL】:……あっ(察し)
【モブリスナーM】:温水パイプで人肌を再現wwwwwwww
【モブリスナーN】:おい、お前ら笑い事じゃねえぞ。よく考えろ。
【モブリスナーO】:……え?
【ぽかぽかさん】:……つまり、だ。この神クオリティのえっちなガワを被って、裏でこのアホな兄貴が『自分自身でメスガキ妹の声を出し』、『架空のダメな兄(自分)を慰める台本を読み上げる』つもりだったってことか……!?
【るーるくん】:しかも、法的にこのアバターと結婚しようとしている……。これは、孤独が行き着く最果ての狂気です……。
【モブリスナー陣】:うわあああああああああああああああ!!!!!!(絶望と恐怖)
同接1000人のチャット欄が、一瞬にして「最悪の真実への到達」と「お兄ちゃんの底知れぬ闇」による阿鼻叫喚の地獄に包まれた。
【るーるくん】:これは……見なかったことにするのが、大人の法ですね。いや、むしろ記憶から物理的に消去しなければ、我々の精神が保ちません!!
【ぱそこんさん】:……緊急モザイク処理を……実行……っ。くそ、俺の天才的なハッキング技術が、なぜバカな兄の「自家発電メスガキASMR計画」を隠蔽するために使われなければならないんだ……! 俺はただ、お姫様を守りたいだけなのに……ッ!!
ハッカーのぱそこんさんが血の涙を流しながらモザイクフィルターをかけ、お兄ちゃんの性癖と孤独の闇が詰まったブラウザ画面が、すりガラスのようにぼかされる。
見ず知らずの男(兄)の尊厳を守るためというより、自分たちの精神衛生を守るために、男たちが奇妙な連帯感で結ばれた瞬間だった。
そんな大人の絶望をよそに、高級マイクが「すぅ……すぅ……」という、規則正しくて愛らしい寝息を拾い始めた。
陽菜は、自分が流した睡眠導入BGMに完全に敗北し、ゲーミングチェアにすっぽりと体を預けたまま「寝落ち」してしまったのだ。
【モブリスナーP】:ロゼちゃん、寝落ちしちゃったか。
【モブリスナーQ】:寝息ASMR、破壊力高すぎだろ……。
【モブリスナーR】:お兄ちゃんのキツすぎる狂気バレからの、本物の幼女の寝息ギャップで情緒がおかしくなる。
【ぽかぽかさん】:お姫様、風邪ひくぞ。誰か布団をかけてやってくれ……。
【るーるくん】:ええ。……今はただ、この静かな時間を守りましょう。兄の所業はすべて、忘却の彼方へ。
モザイクのかかった画面と、極上のマイクから聞こえる、小学三年生の無防備な寝息。
リスナーたちは荒ぶった心を無理やり落ち着かせ、まるで揺りかごを見守るように、静かにチャット欄で【おやすみ】という文字を流し続けていた。
しかし、この平和すぎる時間は、ある「最強の人物」の登場によって、斜め上の方向へと爆発することになる。
『……ガチャ』
静まり返った配信に、お兄ちゃんの部屋のドアが開く音が、ハッキリと響いた。
前半は「ぽかぽかお昼寝した?」などのあだ名から連想した子供らしい質問に、大人たちが勝手に自分の仕事や限界化した感情を重ねて昇天していく、平和で可愛いお茶会でした。
しかし後半、その癒やしをすべて吹き飛ばすほどの、お兄ちゃんの「人間としての尊厳の喪失(ヤバすぎる検索履歴と自家発電台本)」が全世界に晒されてしまいました(笑)。
自分で書いたメスガキ台本を自分で読んで興奮しようとしていた兄。
リスナーたちが証拠から「最悪の真実」に辿り着き、ぱそこんさんが必死に精神を守るためにモザイクをかける一連の流れは、VTuberの身バレ事故の中でもトップクラスの地獄だと思います




