第5話 防犯カメラは見ていた。~最強の三闘神、リアル迎撃開始~
第5話です! お読みいただきありがとうございます。
前回、陽菜ちゃんの無邪気な絵日記によって家の場所が特定され、ついに動き出してしまった「本物の悪意」。
しかし、その悪意に立ち向かうのは、画面の向こうにいる「最強の大人たち」でした。
コメディから一転、手に汗握るリアル空間での防衛戦。
三闘神の活躍をどうぞお楽しみください!
(……さて、まずはどの部屋から入るか。勝手口が開いてれば楽なんだが)
特定された陽菜の家の前。
黒いマスクと帽子で顔を隠した男は、片手に自撮り棒を取り付けたスマートフォンを構え、画面に向かって不気味な笑みを浮かべていた。
『へへっ、今バズり散らかしてる謎の幼女VTuberの家、特定したんでこれから直撃凸しまーす! 迷惑系MeTuberの底力、見せてやんよ!』
男の正体は、再生数を稼ぐためなら他人の迷惑など一切顧みない、底辺の『迷惑系MeTuber』だった。
たまたま大バズりしているロゼの配信を見ていた彼は、特定班が暴いた住所を見て直感したのだ。今すぐここに突撃してその様子をライブ配信すれば、数万人の視聴者を自分のチャンネルに引き込める、と。
再生数稼ぎの身勝手な欲望。それこそが、彼を最速で行動させた原動力だった。
男は手慣れた様子で庭の門扉に手をかけ、家の中をうかがう。
イヤホンからは、呑気に絵日記を描き続ける少女の明るい声が聞こえている。
だが、男は知らない。
彼が今踏み込んでいるこの場所が、世界でもっとも恐ろしい「聖域」であることを。
***
東京都内のセキュリティ企業、その心臓部たるサーバー監視室。
天才ハッカーの結城零(Zero-Code)は、エナジードリンクの空き缶が転がるデスクで、深刻な顔をしてキーボードを叩いていた。
(……特定班の連中はおとなしくなった。だが、念のためだ)
ゼロは決して全知全能の神ではない。特定班が書き込んだ地名をNGワードに設定しただけで「解決した」と思い込むほど、人間の悪意を甘く見てはいなかった。
彼の『異常なまでの用心深さ』が、彼を動かした。
ゼロは独自のプログラムを走らせ、先ほど特定された「青い屋根のケーキ屋」周辺にある防犯カメラや、近所のコンビニの監視カメラの映像へ強引にアクセスし、監視網を敷いた。
万が一、誰も書き込まずに直接家に向かっている人間がいた場合の、保険のつもりだった。
だが数分後、その用心深さが最悪の形で的中してしまう。
「……嘘だろ。いたぞ」
ゼロの呟きと共に、サブモニターが警告音を発した。
画面の中央、陽菜の家と思われる一軒家の庭先に、片手でスマホを回しながら身を潜める黒マスクの男の姿が鮮明に映し出されていた。
さらにゼロは、男が手に持っているスマホから送信されている微弱な電波を逆探知し、それがMeTubeの『とある底辺チャンネル』の生配信であることを突き止めた。
画面の中の男は、下劣な笑みを浮かべている。
『へへっ、今バズり散らかしてる謎の幼女VTuberの家、特定したんでこれから直撃凸しまーす!』
「……ふざけるな」
ゼロの瞳に、絶対零度の怒りが宿る。
カタカタカタッ! ッターン!!
ゼロはMeTubeのサーバー群に非正規ルートで潜り込み、男のチャンネルの配信権限を強制的に剥奪。さらにアカウントそのものを跡形もなく消し飛ばした。
***
陽菜の家の前。
庭先にいた男のスマホ画面が、突如として真っ暗になった。
『このアカウントは規約違反により停止されました』
「……は? 垢BAN(アカウント停止)!? なんでだよ、まだ何もしてねぇだろ!」
男は舌打ちをした。しかし、彼の歪んだ自己顕示欲は止まらない。
「チッ……まあいい。ならスマホのカメラでローカル録画して、後で別のアカウントからアップしてやるよ。どうせ絶対バズるんだからな……!」
男は生配信を諦め、カメラをビデオ録画モードに切り替えると、再び庭の奥へと足を踏み入れた。
***
「……クソッ! 配信枠を潰しても、録画に切り替えて凸を強行する気か!!」
サーバー室で、ゼロは歯噛みした。
相手がネットの海にいるハッカーや荒らしなら、彼一人でIPを焼き切り、社会的に抹殺できる。だが、相手は今、現実空間で陽菜の家の前にいる物理的な暴漢なのだ。
パソコンの前から動けない彼には、直接手出しができない。
しかし、彼には「最強の仲間」がいた。
ゼロは、先ほどの配信中のやり取りの中で、異常な反応速度を見せた「るーるくん」と「ぽかぽかさん」の通信パケットから、彼らの身元と使用している回線を密かに割り出していた。
カタカタカタカタッ!!
ゼロの指が、神速でキーボードを舞う。
下町の空手道場の事務用パソコン。そして、都内の高級法律事務所の強固なファイヤーウォール。
その分厚いセキュリティの壁を、ゼロは力技で粉砕し、彼らのプライベートなチャットアプリの画面に、直接「強制割り込みメッセージ」を叩き込んだ。
『――初めまして。同じ配信を見ている「ぱそこん」です』
それぞれの場所でモニターを見ていた武田健と九条律は、突然画面にポップアップした見知らぬメッセージと、添付された防犯カメラの画像に目を見開いた。
『現在、お姫様(ロゼ姫)の自宅に、迷惑系配信者が侵入しようとしています。私が対象のアカウントを強制停止させ配信を潰しましたが、相手は録画に切り替えて物理的な侵入を諦めていません』
『私には、物理的に彼女を助ける手段がありません。どうか、あなたたちの力で、出来る範囲で彼女を守ってあげて欲しい』
それは、天才ハッカーからの事実上の「SOS」だった。
道場の奥。
「ぽかぽかさん」こと武田健は、送られてきた住所のマップと、庭に忍び込む男の写真を見た瞬間、全身の筋肉を爆発させて立ち上がった。
「……ここから隣の駅じゃねぇか!!」
武田は、道場のパソコンに向かって一言だけ『任せろ』と音声入力を叩きつけると、猛然と外へ飛び出した。
表に停めてあった、カゴ付きのボロボロのママチャリにまたがる。
「待ってろよ、お姫様……!! 悪い奴は俺が今、ポカポカにしてやる!!」
一方、高級法律事務所。
「るーるくん」ことエリート弁護士の九条律もまた、冷や汗を流しながら即座に動いていた。
九条は自身のスマートフォンを取り出し、所轄の警察署の刑事課へ直通ダイヤルをかける。
「……夜分に失礼。九条です。ええ、実は今、〇〇町二丁目〇〇邸にて、悪質な迷惑系配信者による住居侵入事件がリアルタイムで発生しています。ええ、証拠の防犯カメラ映像はすでにこちらで押さえている。私の名前に懸けて、今すぐマルガイ(被害者)の保護と現行犯逮捕に向けてパトカーを急行させてください」
弁護士バッジの権威と、日頃から築き上げている警察とのパイプ。
それを「推しの小学生の配信を守るため」にフル活用し、国家権力を最速で動かしたのだ。
***
その頃、配信のチャット欄は奇妙な事態に陥っていた。
【モブリスナーA】:あれ? 三闘神ニキたちが急に静かになったぞ?
【モブリスナーB】:ぱそこんさーん? ぽかぽかさーん? ロムってる?
【モブリスナーC】:まあ、ロゼちゃんが一生懸命絵を描いてるし、見守りフェーズに入ったんだろ。
【モブリスナーD】:色鉛筆の音、マジで一生聞いてられるわ……。
リスナーたちが極上のASMRに癒やされている裏で、三闘神が現実空間で死に物狂いの迎撃態勢に入っていることなど、誰も知る由もない。
画面の中の陽菜も、ご機嫌な声で画用紙に向かっていた。
『ふふーん♪ おにいちゃんがすっころんだところ、茶色でぬっちゃおーっと!』
***
陽菜の家の前。
男はスマホのカメラを回しながら、庭の窓に手をかけ、力任せに揺すっていた。
「……チッ、鍵閉まってやがる。まあいい、録画見てるみんな、今から窓ガラス割って強制突撃インタビューしちゃうぞ〜」
男が足元の庭石を拾い上げようとした、その時だった。
『ゴォォォォォォォンッッ!!!』
『キーーーーーッッッッ!!!!』
閑静な夜の住宅街に、アスファルトを削り取るような凄まじいタイヤの摩擦音が鳴り響いた。
ドリフトでもするかのように強引に横付けされたのは、カゴのひしゃげた一台のママチャリ。そこから、一人の巨漢が音もなく着地した。
武田健だ。
常人なら自転車で20〜30分はかかる距離を、鬼神のごとき脚力でペダルを踏みちぎり、わずか5分で到達したのである。
「……おい。そこで何をしてる」
地を這うような、重低音の怒声。
男がビクッと肩を震わせて振り返った瞬間、その場にへたり込みそうになった。
目の前に立つ190cmの巨漢は、尋常ではない状態だった。
限界を超えた運動量により、武田の全身からは滝のような汗が噴き出している。そして、その異常なまでに熱せられた体温が夜の冷たい空気に触れ、彼の全身から『ブワァッ』と白い蒸気がもうもうと立ち昇っていたのだ。
街灯の光に照らされ、白い蒸気を纏いながら仁王立ちする大男。
それはもはや人間ではない。地獄から這い上がってきた『鬼』そのものだった。
「ひっ……! な、なんだお前! 体から煙が……!!」
男は恐怖で歯の根が合わず、持っていた庭石と自撮り棒を取り落とした。
武田は、蒸気を吹き出しながら、一歩、また一歩と男に近づく。
「……貴様。俺たちの『お姫様』の家で、何の用だ」
武田の極太の腕が、ギリギリと音を立てて握り込まれる。
「……ぱそこんさんから連絡をもらった時、俺は約束したんだ。『出来る範囲で守ってあげる』とな」
武田の瞳の奥で、暴の炎がゆらりと燃え上がった。
「だから安心しろ。命までは取らねぇ。出来る範囲で……お前を『ポカポカ』にしてやるだけだ」
「ひぃぃぃぃっ!! くるな!! 助けてくれぇぇ!!」
男が絶叫して逃げ出そうとした、その瞬間。
『ウゥゥゥーーーッ!!』
という大音量のサイレンと共に、赤色灯を回した2台のパトカーが猛スピードで路地に滑り込んできた。
るーるくんの手配した警察が、完璧なタイミングで到着したのだ。
「そこまでだ! 動くな!! 住居侵入の現行犯で逮捕する!!」
数人の警察官が飛び出し、一瞬で迷惑系MeTuberを取り押さえる。
警察官たちも、全身から白い蒸気を噴出させている武田の異様な姿に一瞬怯んだが、武田が静かに両手を上げて「通報があったはずだ。こいつが侵入者だ」と告げたことで、状況を理解した。
男は、警察官に手錠をかけられると、ポカポカにされずに済んだことに「助かった……!」とばかりに安堵の涙を流してパトカーへ連行されていった。武田の殺気(圧)は、それほどまでに圧倒的だったのだ。
パトカーが去った後の静かな路地で、武田はポケットからスマホを取り出し、先ほどのチャットアプリを開いた。
***
一方、配信画面。
外で鳴り響いたけたたましいサイレンの音は、防音性の高くない一般住宅の壁を抜け、陽菜の耳にもしっかりと届いていた。
『妖精さんたち、できたよー! 見て見て!』
完成した絵日記をカメラに向けていた陽菜が、ふと手の動きを止め、不安そうに窓のほうへ顔を向けた。
『……あ、あれ? なんかお外で、ウーウーってサイレンの音がする。パトカーかな? なにかあったのかな……こわいな……』
画面の中のセクシーなアバターの表情が、陽菜の感情と連動してシュンと沈む。
親のいない夜の家で、外から聞こえるパトカーの音。小学三年生の女の子が不安にならないわけがない。
チャット欄のモブたちも「あっ(サイレンの音聞こえちゃったか)」「そりゃ家の前だもんな」「どうする、なんて声かける!?」と一瞬パニックになった、その時だった。
右側のチャット欄に、青い文字で「システムメッセージ」のようにコメントが固定された。
【ぱそこんさん】:『大丈夫だ。迷子のお巡りさんが、道を聞きに通りかかっただけだ』
【るーるくん】:『ええ。もう遠くへ行きましたよ。悪霊はすべて退散しました。平和な夜です』
【ぽかぽかさん】:『おう! それよりお姫様、その絵日記、最高に上手く描けてるじゃねぇか!』
それは、現実で血を吐くような攻防を繰り広げたばかりの大人たちからの、最高に優しい「嘘」だった。
『……ほんと? わるいひとが来たんじゃない?』
【ぱそこんさん】:『本当だ。お姫様のお城は、我々妖精の魔法で完璧に守られているから、絶対に安心していい』
その力強い言葉に、画面の向こう側のモブリスナー500人も一斉に同調し、チャット欄を肯定の言葉と【はなまる】で埋め尽くした。
陽菜はホッと息を吐き出し、再び満面の笑みを取り戻した。
『そっか! 妖精さんがそういうなら、安心だね! 妖精さんたち、いーっぱい魔法つかって守ってくれてありがとう!』
それから数十分後。
お兄ちゃんの残してくれたケーキを美味しそうに平らげた陽菜は、元気いっぱいに両手を振った。
『それじゃあ、ケーキも食べたし、今日の魔法のゲームはおしまいにするね! 妖精さんたち、一緒に遊んでくれてありがとう! ばいばーい!』
陽菜が、パソコンの画面に表示されていた『配信終了』のボタンを、ただのゲームの終了ボタンだと思って無邪気にクリックする。
プツン、と。
500人が見つめていたMeTubeの画面は暗転し、『このライブストリームは終了しました』という冷たい文字だけが残された。
***
チャット欄には、しばらくの間「お疲れ様!」「最高の癒やしだった」「また明日な!」というモブたちの温かい言葉が流れ続けていた。
しかし、その裏側。ハッカーである結城零が強引に繋いだ『3人だけの通信回線』では、事後処理のための短い報告が交わされていた。
【ぽかぽかさん】:こちらぽかぽか。ターゲットの引き渡し、完全に終了した。お姫様も無事だ。
【るーるくん】:了解しました。迅速な物理的制圧、見事としか言いようがありません。後の法的手続きは私が完璧に処理します。
【ぱそこんさん】:二人とも、ありがとう。俺のハッキング技術だけでは、彼女の身を直接守ることはできなかった。最高の連携だった。
今日出会ったばかりの、名前も知らない赤の他人同士。
だが、そこには確かな「プロフェッショナル同士のリスペクト」が存在していた。
【ぽかぽかさん】:よせやい。あんたの神がかった情報支援と、るーるくんの警察手配があったからこそだ。……顔も素性も知らねぇが、二人とも、いい腕だったぜ。
【るーるくん】:ええ。全く同感です。……では、ぱそこんさん。セキュリティのリスクを考慮し、この極秘回線は破棄してください。
【ぱそこんさん】:了解した。関連する防犯カメラのデータも全て消去する。……お疲れ様。
『通信が切断されました』
無機質なシステムメッセージと共に、3人を繋いでいた細い糸はぷつりと途絶えた。
そして、彼らはそれぞれ「一人」に戻る。
夜の住宅街。
武田健は、チェーンの切れたママチャリを引きずりながら、街灯の下を一人歩いていた。
「……終わっちまったな」
夜空を見上げ、武田はぽつりと呟いた。
高級法律事務所のオフィス。
九条律は、冷めたコーヒーを一口すすり、真っ黒になったままのMeTubeの配信画面をじっと見つめていた。法廷でどんな大きな裁判に勝つよりも、今の彼の心は奇妙なほどに満たされていた。
セキュリティ企業のサーバー室。
結城零は、厳重にロックをかけたフォルダに保存された『ごんぎつね』の朗読音声データを見つめながら、背もたれに深く体を預けた。
彼らは一流の大人であり、現実というものを誰よりも冷酷に理解している。
このアカウントは、本来「誰か別の人間(恐らく兄か親)」が用意したものだ。これほどの異常なアクセス数と登録者の増加があれば、アカウントの管理者はすぐに事態に気づくだろう。
そうなれば、当然パスワードは変更され、セキュリティがかけられ、機材も片付けられる。
彼女自身は、あれをただの「オフラインの魔法のゲーム」だと思っているのだ。
明日になれば、また一人でパソコンの前に座り「妖精さーん」と話しかけるかもしれない。
だが、もうその声がネットの海に繋がることはない。自分たちが彼女を見つける術も、永遠に失われたのだ。
たった1日の、わずか数時間の奇跡。
(……一生会えなくても。俺たちの『お姫様』は、ずっと元気で笑っていてくれれば、それでいい)
武田の無骨な頬を。九条の冷徹な横顔を。結城の疲労した目元を。
それぞれ別の場所にいる3人の男たちの頬を、同時に、ツーッと熱いものが伝い落ちた。
「……おやすみ、お姫様」
ネットの海で起きた、交わるはずのなかった出会い。
3人の大人たちは、二度と会うことのない無垢な少女への深い感謝と、永遠の別れの寂しさを胸に抱きながら、この日、最高に幸せな涙を流して眠りについたのだった。
第5話、最強の大人たちによるリアル空間での防衛戦でした!
ネットの特定から行動に移る恐ろしい迷惑系配信者に対して、ハッカーがアカウントをBANし、弁護士が警察を動かし、空手家が物理的に制圧するという、奇跡の神連携。
そして、すべてを片付けた後、陽菜ちゃんに対しては「迷子のお巡りさんだったよ」と優しい嘘をつく大人たち。
彼らは「もう二度と会えない」と悟り、エモすぎる涙を流して眠りにつきましたが……。
ええ、読者の皆様はお気づきですよね。
次回6話あります! お楽しみに!




