第3話 500人の大人を浄化する、魔界のお姫様(9歳)の極上ASMR
第3話です! お読みいただきありがとうございます。
前回、身バレの危機を奇跡の連携で乗り越え、ロゼ姫(9歳)から「ぱそこんさん」「ぽかぽかさん」「るーるくん」という可愛いあだ名を授かった3人の大人たち。
今回は、そんな彼らと野次馬リスナーたちに、さらなる不意打ちの「癒やし」が襲いかかります。
コメディから一転、少しだけホロリとくる朗読会。どうぞお楽しみください!
『えーっと、これで、さんすうのドリルはおしまい! 妖精さんたち、静かに見ててくれてありがとう!』
【現在の視聴者数:542人】
陽菜が無邪気な声で算数の終了を宣言した時、同接(同時接続数)はついに500人を突破していた。
大手VTuberの配信に比べれば微々たる数字だが、開始からわずか1時間弱、完全無名の新人としては異例中の異例とも言える伸びである。
原因は、先ほどの「身バレ未遂事件」だった。
『窓の外が映った瞬間に強制モザイクがかかり、同時に弁護士とヤクザからガチの開示・物理脅迫が飛んでくる放送事故(?)配信があるぞ』という噂が、SNSや匿名掲示板で一瞬にして拡散されたのだ。
面白半分で乗り込んできた野次馬たちは、右側に流れるチャット欄で好き勝手に騒ぎ始めていた。
【モブリスナーP】:ここが噂の、最強の護衛がついてるロリの配信かww
【モブリスナーQ】:ガワのクオリティ高すぎワロタ。中身マジで子供じゃん
【モブリスナーR】:さっきの【開示ニキ(弁護士)】と【物理ニキ(ヤクザ)】と【モザイクニキ(ハッカー)】、まだいんの?ww
【モブリスナーS】:ニキたちー! 見てるー? 俺特定しちゃうよー?ww
野次馬特有の、少し小馬鹿にしたような「〇〇ニキ(兄貴)」というネットスラングでの煽り。
しかし、都内の別々の場所にいる3人の大人たちは、その程度の安い挑発に乗るような素人ではなかった。
彼らは一流の社会人であり、百戦錬磨のプロフェッショナルである。
こんな有象無象のモブリスナーの煽りなど、冷徹に無視して――。
【るーるくん(Lex)】:私は開示ニキではありません。当配信の主(ロゼ姫)より正式に命名された【るーるくん】です。以後、お見知りおきを。それと特定行為は即座にIPを(以下略)
【ぽかぽかさん(Ken)】:誰が物理ニキだコラァ! 俺は【ぽかぽかさん】だ!! ぽかぽかさんって呼べや!! 荒らしは全員ポカポカにするぞ!!
【ぱそこんさん(Zero-Code)】:モザイクニキではない。俺は【ぱそこんの妖精さん】だ。システム正常、特定班のパケットは全て俺が掌握している
「「「…………」」」
【モブリスナーP】:!?!?
【モブリスナーQ】:お前ら、その可愛いあだ名、気に入ってたのかよwwww
【モブリスナーR】:ぽかぽかさんって呼べ!は草。物理ニキ、完全にロリの犬じゃねぇかww
【モブリスナーS】:三闘神ニキたち、プライド捨ててて腹痛いwww
【モブリスナーT】:るーるくん(ガチのエリート弁護士)
【モブリスナーU】:ハッカーニキ、妖精さんを自称し始めててダメだったww
チャット欄は、野次馬たちの爆笑の渦に包まれた。
見ず知らずの3人の大人たちは、自分の部屋で「……ハッ! しまった、ついムキになって……!」と頭を抱えていた。
社会的な地位も名誉もある大の男たちが、9歳の少女につけられた「ぽかぽかさん」や「るーるくん」という呼び名に、無意識のうちに尋常ではない愛着を持ってしまっていたのだ。
しかし、そんな裏の大人たちの葛藤など、お姫様ごっこのゲームに夢中の陽菜は知る由もない。
画面の中のセクシーなピンク髪のお姫様は、よいしょ、と小さな手で分厚い本を机に広げた。
『ねえねえ妖精さんたち、さっきから右の四角いところ、魔法の文字がすごいいっぱい動いてるね! みんなでおしゃべりしてるの? 楽しそう!』
陽菜がニコッと笑うと、超絶クオリティの2Dモデリングが連動して、あざとくも可憐な笑顔を全世界に振りまいた。
自分が全世界に向けて配信している自覚など1ミリもなく、本気で「妖精さんとお話しする魔法のゲーム」だと思っているからこそ出せる、純度100%の無邪気さ。
画面の向こう側のリスナーたちが『うっ……(可愛すぎる)』と一斉に言葉を失う。
『それじゃあ、妖精さんたちがいつも「はなまる」をくれるから、おれいにね、わたしのお気に入りの絵本を読んであげる!』
陽菜が机の引き出しから取り出したのは、少し表紙が擦れた『ごんぎつね』だった。
お姫様ごっこにハマっている彼女にとって、誰かに優しくしてあげるこの物語は「森のお姫様ロゼ」になりきるための大切なアイテムだ。
『たいとる……「ごん、ぎつね」。さく……にいに、みきち。……ある、やまちに、ごん、という、ぎつねが、いました。……ごんは、いつも、ひとり、ぼっちで……』
【モブリスナーA】:ごんぎつね……ッ!? チョイスが渋すぎるだろww
【モブリスナーB】:小学生の国語の定番だけど、今のロゼちゃん(陽菜)の声で聞くと、破壊力が違いすぎる
【モブリスナーC】:「ひとりぼっちで」のところで、俺の心も持っていかれた
陽菜は、文字を丁寧に追う。
「サァッ……」と、絵本の紙が擦れる音が、立体音響として左右の耳を心地よく刺激する。
『ごんは、いたずらを、するのが、だいすきでした。……あなを、ほったり、ぬすみを、したり……。でも、ごんは、ほんとうは、さびしかったのです』
カリッ、とページをめくる音。小さな喉が、ゴクリと鳴る音。
マイクは、陽菜が物語の孤独に少しだけ感情移入して、声が微かに震えているのまで拾い上げていた。
【るーるくん】:……っ(不覚にも、涙腺に来た……)
【ぽかぽかさん】:……ごん、お前は悪くねぇ……俺たちがついてる……っ
【ぱそこんさん】:……音声データのビットレートを最高値に設定。一秒たりとも聞き逃さない
【モブリスナーD】:おい、荒らしがいなくなったぞ。全員ごんぎつねに夢中かよ
【モブリスナーE】:ごんが兵十の家を覗くシーン、ロゼちゃんの声で聞くと悲壮感がすごい
【モブリスナーF】:もうやめてくれ、ブラック連勤明けの俺の涙腺がもたない……
陽菜は一生懸命に読んでいる。時々、難しい漢字でつまずいては「……えへへ、これなんだっけ」と妖精さん(チャット欄)に助けを求める。
そのたびに、500人のリスナーたちが一斉に回答を投げかける。
【モブリスナーG】:「つぐない」だよ、ロゼ姫!
【モブリスナーH】:「つぐない」って読むんだ! ロゼちゃん!
『……つ、つぐない。そうか、つぐない、だね。妖精さんたち、物知りですごい!……ごんは、つぐないに、まいにち、くりを、はこびました』
陽菜のたどたどしい朗読は、いよいよ物語の核心――悲劇のクライマックスへと近づいていく。
部屋の空気は、ネット配信であることを忘れさせるほどの静寂に包まれていた。誰一人として、無駄なコメントを打つ者はいない。
『あるひ……ごんは、また、くりを、もって、ひょうじゅうの、うちへ、いきました。……でも、ひょうじゅうは、ごんが、また、いたずらを、しにきたのだと、おもって……』
陽菜の声が、だんだんと小さくなっていく。
彼女もまた、この結末を知っているからだ。9歳の小さな胸が、絵本の中の理不尽なすれ違いに痛んでいるのが、その息遣いだけで全世界に伝わっていた。
『ひょうじゅうは、ひなわじゅうを、そっと、かまえて……。ドン! と、ごんを、うちました。……ごんは、ばたりと、たおれました』
【モブリスナーI】:(ああああぁぁっ……!)
【ぽかぽかさん】:(ひょうじゅう……!! 貴様ァァァ!!)
【るーるくん】:(静粛に……! まだ、物語は終わっていません)
『ひょうじゅうは、かけよって……そこで、くりが、おいてあるのに、きづきました。「ごん、おまえだったのか。いつも、くりをくれたのは」』
すんっ、と。
マイクが、陽菜の小さな鼻をすする音を拾った。
画面の中のセクシーなアバターは無表情のままだが、その向こう側にいる少女が、絵本を見つめながらポロポロと涙をこぼしている情景が、500人の脳裏に鮮明に浮かび上がっていた。
『ごんは、ぐったりと、めをつぶったまま……うなずきました。ひょうじゅうの、てから、ひなわじゅうが、ばたりと、おちました。……あおい、けむりが、まだ、つつぐちから、ほそく、でていました。……おしまい』
パタン、と絵本が閉じられる音が響く。
『うぅ……ごん、かわいそうだったね……ぐすっ』
都内の高級マンションで。下町の空手道場で。セキュリティ企業のサーバー室で。
そして、全国各地のモニターの前で。
日々の仕事や人間関係、ネットの悪意に疲れ果てた大人たちが、一人の少女のたどたどしい朗読によって、顔を覆ってボロボロと泣いていた。
しかし、陽菜はすぐに小さく首を横に振って、えへへ、と笑い声を作った。
『でも、わたし、さいごまでかまないで、ちゃんとよめたよ! 妖精さんたち、はなまるちょうだい!』
画面の中のセクシーなお姫様が、身を乗り出してカメラに顔を近づける。
その瞬間。
止まっていたチャット欄が、凄まじい勢いで滝のように流れ始めた。
【るーるくん】:【はなまる】【はなまる】(完全勝訴です。法廷なら全員号泣しています)
【ぽかぽかさん】:【たいへんよくできました】(お前が世界チャンピオンだ!!!)
【ぱそこんさん】:【はなまる】(システム評価:100点満点中、1億点)
そして、それに続くように、500人のリスナーたちが一斉に弾けた。
【モブリスナー陣】:
『【はなまる】【はなまる】【はなまる】』
『たいへんよくできました!! 最高の朗読だった!!』
『【はなまる】×100万回!!!!』
『ごんも泣いて喜んでるよ!!』
『俺が全財産で世界中の花丸を買ってきてやるよ!!』
『【はなまる】【はなまる】【はなまる】【はなまる】』
画面の右端を、「はなまる」という文字と称賛の言葉が、ものすごいスピードで埋め尽くしていく。
それはもはや、一つの宗教的儀式のような、圧倒的な肯定と祝福の嵐だった。
『わあぁ……! 妖精さんたち、はなまるいーっぱい書いてくれたんだね! ありがとう!!』
陽菜は、本当に嬉しそうに、パソコンのモニターに向かってパチパチと拍手をした。
開示ニキ、物理ニキ、モザイクニキの3人は、それぞれ全く別の場所で、深く、深く頷いた。
リスナーのモブたちも、モニターの前で謎の親心に胸を熱くしていた。
(……ああ。この笑顔と、この平和な空間は。俺たち「妖精さん」全員で、絶対に守り抜いてみせる)
魔界のお姫様(9歳)の朗読会は、ネットの海にいる500人の荒んだ大人たちの心を、たった一人で完璧に浄化してしまったのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
前半は「ぽかぽかさん」などの可愛いあだ名に無意識の誇りを持ってしまう大人たちのコメディ、そして後半は『ごんぎつね』の朗読によるガチ泣きエモ展開でした。
ネットの悪意や日々の激務で荒んだ大人たちの心を、たった一人で完全に浄化してしまったロゼ姫(陽菜ちゃん)。




