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魔導犯罪対策特務課シルフィエルの憂鬱~1千年を生きたダークエルフとぬいぐるみとなった王女の物語~  作者: にんじん
光の王女と影の王子

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次期国王

 神聖なる大樹の恩恵を受け、万物に微量な魔力が宿る世界。この世界において、ヴェルダント聖樹王国の双子――姉王女エレオノーラと、弟王子レオンハルトは、並び立つだけで「王国の至宝」と称えられていた。何より人々を魅了したのは、2人の頭上の輝きである。伝説の黄金郷を彷彿とさせるほどに眩しく、陽光を浴びてきらめくその金髪は、王族の血の尊さを無言で証明していた。しかし、その内面は、光と闇ほどに剥離していた。


 ――半年前。2人が18歳の誕生日を迎える、前の出来事。


「おはよう、みなさん! 今日も良い天気ね。お掃除ご苦労様」


 朝の王宮の廊下。黄金郷の光をそのまま紡いだような美髪をなびかせ、エレオノーラは身分や種族の隔てなく、すれ違う者たちへ弾けるような笑顔で声をかけていた。王女が特に目を細めて頭を撫でたのは、大きくて愛くるしい猫耳をパタパタと揺らした、まだ幼さの残る猫の獣人メイドだった。栗色の柔らかな毛並みと、くりくりとした大きな瞳。その愛らしい見た目とは裏腹に、彼女たち獣人の皮膚は、並大抵の魔法はつうようしない屈強でタフだ。魔法至上主義の国において「高い魔法耐性を持つ肉体」は、支配層である魔法士たちからすれば、思い通りに制御できない不気味な異分子。それゆえに彼らは密かに虐げられ、過酷な下働きを強いられていた。けれどエレオノーラは違った。「今日もその可愛いお耳、とっても素敵ね! 無理しちゃだめよ」と、心から優しく語りかける。王女が通る場所には、いつも温かい笑顔の輪が広がっていた。


 だが、そのすぐ後を歩くレオンハルトの周囲は、まったく異なる空気が支配していた。同じく眩い金髪を優雅に揺らし、貴公子の笑みを浮かべながら、側近の魔法士たちを引き連れて歩くレオンハルト。その時、先ほどエレオノーラに褒められた喜びで胸をいっぱいにしていた猫耳メイドが、歩みを進める王子に圧倒され、恐怖のあまり足をもたつかせ――バランスを崩して、レオンハルトの目の前へ派手に転がり込んできた。


 ガシャァン、とトレイと果物が床に激しく鳴り響く。ピキ、と王子の瞳から一切の光が消えた。自分の歩行を邪魔され汚らわしい獣人が目の前に転がったことへの、耐え難い拒絶。レオンハルトは、床に這いつくばって「も、申し訳ありません……!」と涙目で震える猫耳メイドに、話しかけることさえしなかった。言葉の振動を交わす価値すら見出していないのだ。ただ、背筋が凍るような鋭く冷徹な眼光で、ゴミを見るように見下ろすだけだった。


 側近の耳元へ、聞こえるか聞こえないかほどの小声で短く命じた。


 「……不敬罪だ。すぐに処分しろ(殺せ)」


 怯えにガタガタと震え、小さく鳴き声をあげる猫耳メイドを、魔法士たちが冷酷に引きずっていく。レオンハルトは何事もなかったかのように、また優雅な笑顔を浮かべて歩き去った。彼の身の回りは、徹底して「人間の魔法士だけ」で固められている。彼らにとって、自分たちの絶対的な力である魔法が通じにくい獣人は、本能的な嫌悪と恐怖の対象であり、それゆえに害虫のように排除すべき存在でしかなかった。


 17歳から出席している公式の御前会議でも、レオンハルトの冷徹な政治理念と選民思想は遺憾なく発揮されていた。


「我が国の恒久的な平穏のため、全ての組織からの獣人と能無し人間の完全な排除、およびエルフやドワーフといった他種族の要職からの降格を提言いたします」


 理路整然とした冷徹な口調で演説する王子。保守派の貴族たちは「次期国王にふさわしい強者だ」と確信を深める。この国には、男子が王位を継ぐという絶対的な習わしがある。さらに、次期国王となる者は18歳の誕生日を迎えた瞬間に「現国王の補佐」という重職に就き、実務を学ぶという厳格な仕組みがあった。ゆえに、レオンハルトにとって、自分が次期国王の座に就くことは、疑う余地のない「当然の事実」であった。期待も、緊張も、何もしていない。自分が長男であり、王位は自動的に自分の手の中に転がり込んでくる。それがこの国の当たり前なのだから。彼の中に渦巻く傲慢が、音を立てて崩れ落ちる決定的な瞬間が待ち受けているとも知らずに、王子はいつも通りの日常を過ごしていた。



 ――そして数日後。それは、あまりにも唐突に訪れた。


 重臣たちが集まる、いつも通りの閣議決定の場。会議室の最奥、玉座に腰を下ろしているのは、国王アルベリヒ・ギルフォード・フォン・ヴェルダントである。180センチの堂々たる体躯に、年齢を重ねて鈍く輝く純金のごとき黄金の髪。45歳という若々しさと老練さを同居させた王がただそこに佇んでいるだけで、室内には肌が痛むほどの圧倒的な圧力が満ちていた。誰もが呼吸をすることすら躊躇うような静寂の中、絶対王はゆっくりと、しかしすべてを見透かすような鋭い眼光で重臣たちを見据え、重々しく口を開いた。


「重臣たちよ、聞き届けるが良い。半年後、我が王国の次期国王補佐に就く者を、ここに内定する」


「――え?」


 レオンハルトは頭を垂れた姿勢のまま、一瞬、己の耳を疑った。思考が完全にフリーズし、視界が真っ白になる。伝統行事でもない、国民の誰も見ていないこの閣議の場で、なぜ今、内定を出すのか。王の気まぐれか。それとも、何か別の意図があるのか。あまりの唐突さに、王子の脳は完全に処理を拒否し、その顔は文字通り目が点になる。そんな王子の動揺など置き去りにしたまま、国王の口から、レオンハルトの築いてきた世界のすべてを反転させる、残酷な名前が告げられる。


「内定者は、エレオノーラ・フローリア・フォン・ヴェルダント。昨今の国民からの強い要望、並びに、これからの時代において女性にも王となる権利を認めるべきだという我が決断により、彼女を次期国王とする」


 一瞬、会議室の空気が完全に凍りついた。レオンハルトの思考が停止する。ゆっくりと顔を上げた王子の視線の先。国王の突然の大改革の発表に、革新派の貴族たちがどよめき、やがて歓声へと変わっていく。


 いきなり、すべてを奪われた。


 男であるという絶対の優位性も、当然だと思っていた未来の王座も、国王の身勝手な独裁的判断と姉への民意によって、根底から叩き潰されたのだ。自分が王になれない。そのあり得ない現実をいきなり突きつけられたレオンハルトの「影」の中で、完璧だった彼の仮面が、屈辱と絶望でピキピキと音を立ててひび割れていく。閣議が終わり、自身の部屋に戻った瞬間、獣のような咆哮が響く。


「アァァァァァァァァァァアアアッ!!!」


 当然手に入るはずだった絶対的な未来が、最も見下していた姉の「女性初の王」という栄光の踏み台にされた。その激しい怒りとドス黒い嫉妬が爆発する。


 ドガァンッ!!!


 狂ったように放たれた王子の魔術が、部屋中の高級な調度品を次々と両断し、粉々に砕き散らしていく。国内最高峰のドワーフの職人を集め、黄金比率に沿って仕立て上げさせた極上の名工家具が見る影もなく破壊されていく。荒い息を吐き、破壊し尽くした部屋の真ん中で、怒りで血走った瞳をギラつかせるレオンハルト。その顔は、醜く激しく歪んでいた。あまりの怒りに、その眩しかったはずの髪さえも逆立って見えるほどだった。


「エレオノーラ……エレオノーラァァアアアアアアッ!!!」


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