謎の失踪事件
バタン、と重厚な扉が閉まり、部屋に完全な静寂が訪れる。捜査官たちの恐怖の視線から解放され、この部屋にいるのはエレノアとシルフィエル、そして……椅子のクッションで呑気に足をパタパタさせているうピンクのうさぎのぬいぐるみのモモだけになった。
「――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! もう無理! マジで限界! 帰る!! 」
さっきまでの冷徹な『カオナシ』が嘘のように、シルフィエルは机に突っ伏して派手にだだをこね始めた。人前でのビクビクした態度もどこへやら、1000年以上を生きた生きる伝説たる大先輩は、今や「めんどくせぇ」の感情に完全に塗りつぶされている。
「お疲れ様でした、シルフィエル様。ほら、冷たいお茶を淹れましたから、そんなに暴れないでください」
「エレノア、あなた本当に人使いが荒すぎるわよ! なんで私ばかり指名するの!あなたは私が人前に出るのは嫌だって知っているわよね。ホント! 胃に穴が空くわ」
エルフとしてはまだ100歳前後の「ひよっこ」であるエレノアだが、精神年齢は目の前の1000歳児よりはるかに大人だった。慣れた手つきでお茶を差し出し、呆れたように微笑む。
「はいはい、シルフィエル様。サクッと終わらせて帰りましょうね? ほら、頑張ってください。……でも、冗談はここまでにして。さっきのレイの自白にあった『弱者の英雄』……あなた、どう思う?」
「……ズルいわ」
「はい?」
シルフィエルは机に突っ伏したまま、頬を膨らませてブツブツと恨めしそうな声を漏らした。1000年を生きる大魔導士の銀色の瞳が、なぜか嫉妬に揺れている。
「『弱者の英雄』だなんて、何よそれ。めちゃくちゃカッコいいじゃない。それに比べて私は何よ? 周りの捜査官たちから勝手に『カオナシ』だの『ミス・パーフェクト』だの呼ばれて……。私も、もっとカッコいいネーミングにして欲しいわ……」
「はいはい、シルフィエル様。周囲の評価を変えたいなら、まずは人前でしっかりとした威厳のある態度を見せることね。……で、名前の良し悪しは置いておいて、その『弱者の英雄』がレイに渡した魔道具について、どう思うかしら?」
「あ!そうだわ、エレノア。あなた魔導捜査部で一番偉いんでしょ? だったらあなたから捜査官たちに、私のことを違うネーミングで呼ぶようにちゃんと指導してよ。たとえばそうね、『深淵の凝視者』とか『常闇の支配者』とか……。とにかくカオナシとミス・パーフェクトは絶対に禁止! 今すぐ変えさせて!」
完全に仕事そっちのけで、シルフィエルは机をバンバンと叩きながら大真面目にだだをこねる。1000年を生きる伝説のダークエルフとしての威厳は、中二病なこだわりによって完全に霧散していた。
「わかりました、そうしますね。シルフィエル様を『深淵の凝視者』と呼ぶように、私から捜査官たちにきつく言っておきますから」
「本当に!エレノア、頼んだわよ」
「任せてくださいね。それではシルフィエル様、本題に戻りましょう」
エレノアはシルフィエルに見えないように「はぁ」、と深いため息をつき、手元にある机の捜査報告書に視線を落とした。このポンコツ大先輩にこれ以上意見を求めても拉致があかないと察し、自分から説明を始める。
「さっきレイが自白した、あの奇妙な魔道具の手口……魔法を感知させず、標的の魔力を反転させて証拠ごと肉体を消滅させるという悪魔的なロジック。これ、半年前の『あの事件』と少し似ていないかしら?」
エレノアの言葉に、シルフィエルは「フッ」と不敵な笑みを浮かべ、机に突っ伏していた体をゆっくりと起こした。その『銀眼』には、さっきまでのポンコツな中二病の影はなく、1000年を生きた大魔導士としての深い知性が宿っている。
「……似ている、ではなくて『完全に同一犯』よ、エレノア」
「 すでに気づいていらしたのね、シルフィエル様」
「当然でしょう、魔法は私の専門分野よ。あの夜、エレオノーラ様の部屋からは本人以外の魔力の痕跡が一切検出されなかった。あれは魔力を持たない完全な魔道具による消滅よ。服毒から二時間後に体内の魔力を吸い尽くされ、肉体を完全に消滅させる悪魔の罠……。今回の『不運な事故』に見せかける手口と、根底にある思想が完全に一致しているわ」
シルフィエルは冷徹な表情のまま、ふぅ、と静かにため息をついた。
「ただ、厄介なのは、その証拠となる魔道具自体が、役割を終えた瞬間に跡形もなく消滅するように組まれている点ね。同一人物が作った完全な魔道具であることは間違い無いけれど、物証が残らない以上、現時点での立証は不可能よ」
「ええ、その通りね。公的には王女様が行方不明になったと公表されたけど、実態は完璧な完全犯罪だった……」
――半年前、ヴェルダント聖樹王国で起きた、未曾有の未解決事件。第一王女エレオノーラが、厳重に警備された自室から煙のように姿を消した、謎の失踪事件である。




