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魔導犯罪対策特務課シルフィエルの憂鬱~1千年を生きたダークエルフとぬいぐるみとなった王女の物語~  作者: にんじん
光の王女と影の王子

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魂魄縫縛(ソウル・バインド)

 王城の自室に戻った瞬間、レオンハルトは身に纏っていた上着を引きちぎるように脱ぎ捨て、ベッドへと放り投げた。端正な顔が、醜悪な歓喜によって引き歪む。


「ふは……はははは! はーーーははははは!」


 狂ったような高笑いが止まらない。あの厳格な父が、誇らしげな魔法士たちが、最高峰の毒検知器をかざして料理をスキャンしていた光景がリフレインする。あの間抜けな面。何一つ警告を鳴らさなかった無能な玩具。姉の体内には、確実に『消滅の呪薬バニッシュ・ポーション』が仕込まれた。あとは地獄の蓋が開くのを待つだけだ。万能感に濡れたレオンハルトの瞳が、暗闇の中でらんらんと輝いていた。


 ――同時刻。第一王女エレオノーラの私室。


 月明かりが差し込む静かな部屋で、エレオノーラは一人、ドレッサーの前で髪を梳かしていた。彼女の脳裏にあったのは、いつもとは全く違う晩餐会でのレオンハルトの言葉だ。

(……100%の疑いがないわけではない、けれど)光の女神と称されるエレオノーラだ。レオンハルトのこれまでの傲慢な態度や、あまりにも急すぎる豹変に、違和感を覚えなかったわけではない。だが、彼女は次期国王になる身。そして何より、姉なのだ。


「私は、あの子を信じるわ」


 鏡の中の自分に言い聞かせるように、彼女は小さく呟いた。どんなに泥をすすろうとも、家族の手を離したくはなかった。それが、彼女が選んだ覚悟だった。しかし、ベッドに入って間もなく、エレオノーラは経験したことのない異様な感覚に襲われた。急激な、抗うことのできない猛烈な倦怠感。


(な、に……これ……?)


 それは身体の奥底からエネルギーが急速に引き抜かれていく感覚だった。『消滅の呪薬バニッシュ・ポーション』の第一段階、対象の魔力を根こそぎ吸収し、枯渇させる急性魔力欠乏。エレオノーラは声を発することも、指一本動かすこともできず、そのまま深い闇の底へと意識を落とした。


 ――それから約30分後。


 静寂に包まれた部屋で、呪薬の第二段階が始動する。魔力を吸い尽くした完全な魔道具(アーティファクト)が、宿主の肉体を細胞ごと内側から無に還すための侵食を開始したのだ。完全に魔力を失ったエレオノーラは、もはや呼吸も止まり、完全な【仮死状態】に陥っていた。その瞬間、彼女の胸元で、鈍い光が弾けた。魔法の家庭教師であり、親友でもあるシルフィエルが託してくれた特製の結界魔道具ペンダント、彼女の生命危機を感知して自動発動する、最高峰の『完全防御結界』である。


 ここに、世界の理を揺るがす絶対的な【矛盾】が生じた。闇の組織が造り出した、絶対に完全犯罪を達成して対象を無に還す『矛』。シルフィエルが紡ぎ上げた、絶対に主の命を完全防御する『盾』。


 二つの最上位概念の術式が、エレオノーラの身体を境界線にして激しく衝突する。互いのエネルギーが相殺し合い、世界にバグが起きた。結界の力を持ってしても、呪薬による肉体の消滅自体を止めることはできなかった。エレオノーラの肉体は死に、徐々にその形を失っていく。だが!呪薬の消滅効果を結界が強引に捻じ曲げた結果、奇跡が起きた。肉体は消えても、彼女の『魂』だけは消滅を免れ、肉体から切り離されてその場にたゆっている。シルフィエルさえ予測し得なかった、歪んだ因果の産物だった。


 ドンッ!!!


 突如、エレオノーラの部屋の強固な扉が、張り巡らされていた防護障壁ごと粉々に破壊された。爆煙を突き抜けて風のように乱入してきたのは、銀髪を激しくなびかせた黒の魔道服、シルフィエルだった。


 彼女の顔は、ピキリと凍りついたように無表情だった。周囲からカオナシと畏怖されるその顔は、今、大切な親友の異変による激しい【怒り】によって極限までこわばっていた。


 【銀眼ディヴァイン・ジャッジ


 シルフィエルがその銀色の瞳を見開いた。彼女の特殊な視界が、部屋の情景を映し出す。ベッドの上に、すでにエレオノーラの肉体はなかった。ペンダントが発動したということはエレオノーラの身に何か起きたはずなのに、エレオノーラの魔力の痕跡も、他に誰か侵入した魔力の痕跡もない。


 シルフィエルの超頭脳は、銀眼が捉えた過去の魔力の痕跡を、わずか10秒で逆再生・分析した。


(人の魔力は指紋のように千差万別。……エレオノーラ固有の美しい魔力の波形が、急激に減少して完全に消失している。その後、彼女の肉体は、突如現れた別の魔力で内側から侵食し、エレオノーラの魔力の痕跡を完全に消し去った)


 そしてシルフィエルは、自分が造ったペンダントの発動痕跡と、その矛盾の果てに起きている歪みに気づいた。


(魂が、抽出されている……!)


 銀眼の視界の中で、霧散しかけて微かに輝くエレオノーラの美しい魂が、宙に揺れていた。残された時間は、あと数秒。魂はこのまま器を失えば、世界に溶けて完全に消滅する。


(絶対に、死なせない)


 シルフィエルに迷いはなかった。激しい怒りと執念のなか、彼女の頭脳はノータイムで周囲にある魂の器となり得る物質を計算した。彼女は魔道服のポケットに手を突っ込み、いつも持ち歩いていた小さな物体をベッドへ放り出す。それは、全長20センチほどの、ピンクのうさぎのぬいぐるみだった。


「『魂魄縫縛(ソウル・バインド)』!」


 シルフィエルが極小の声で術式を紡ぐ。彼女の指先から放たれた銀色の魔力の糸が、宙にたゆたうエレオノーラの魂を絡め取り、強引にウサギのぬいぐるみの胸元へと縫い留め、押し込んでいく。まばゆい光が部屋を包み、そして……静寂が戻った。



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