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魔導犯罪対策特務課シルフィエルの憂鬱~1千年を生きたダークエルフとぬいぐるみとなった王女の物語~  作者: にんじん
光の王女と影の王子

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道化の涙

 その夜、レオンハルトはバルトロメウス公爵の邸宅で、極上の快楽に身を委ねていた。


 バルトロメウス公爵から『消滅の呪薬バニッシュ・ポーション』の小瓶を受け取った後、別室へと案内された彼を待っていたのは、バルトロメウス公爵が用意した最高級の性接待であった。豪奢な寝室に足を踏み入れたレオンハルトの前に現れたのは、選び抜かれた3人の美女たちだ。滑らかな肌を惜しげもなく晒し、甘い香りを漂わせる彼女たちを前にして、無類の女好きであるレオンハルトの唇が、下卑た愉悦の笑みへと吊り上がった。


「……ふっ、良い選別だな」


 バルトロメウス公爵が用意した美女に満足の笑みを浮かべ、レオンハルトはすぐさま美女たちの肉体を引き寄せた。王位を脅かされた怒りも、姉への殺意も、すべてを極上の肉欲という燃料に変えて、彼は朝まで貪るように美女たちとの営みを楽しんだ。己の欲望を完璧に満たし、最悪の凶器をも手に入れたという万能感が、王子の歪んだ自尊心を心地よく満たしていく。


 翌朝、心身に濃厚な充足と疲労の余韻を滲ませながら、レオンハルトは朝帰りを果たした。王城にある自室の扉を開けたとき、彼は小さく眉を上げる。昨日、怒りに任せて破壊したはずのドワーフの名工による机や椅子、引き裂いた調度品の数々は、跡形もなく消え去っていた。そこには、新しい高級家具が配置され、何事もなかったかのように完璧に片付けられていた。完璧に元通りになった部屋の真ん中で、レオンハルトは懐の小瓶をそっと撫で、冷酷な王子の仮面を被り直した。


「……さて、始めるとするか」


 彼はすぐに、国王との二人きりでの緊急面会を要請した。


 その日の夜。国王の私的謁見室。重厚な文机の向こうに座る国王の前に、レオンハルトは静かに進み出ると、衣装の裾を払ってその場に深く膝をついた。絨毯に額が触れんばかりの、完璧な臣下の礼。


「……何用だ、レオンハルト。二人きりで話など、珍しいな」


 国王の声は、低く、威厳に満ちていた。


「父上……いえ、陛下。本日は、己のあまりの未熟さを、陛下に直接お詫び申し上げたく、お時間をいただきました」


 レオンハルトの声は微かに震えていた。彼はゆっくりと顔を上げる。その美しい瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙が湛えられていた。


「先日の閣議の折……突然の次期国王内定の宣言に、私は愚かにも取り乱してしまいました。己の器の小ささに絶望し、あろうことか、自室の家具を破壊するという狂態を演じてしまったのです」


 痛切な告白。レオンハルトの頬を、一筋の涙が伝い落ちる。


「ですが、暗い部屋で一人、己の犯した罪を省みるうちに、私は気づかされたのです。……私は、あまりに傲慢でした。王位という重責を、ただの権利だと勘違いしていたのです。それに比べ、姉上の清廉さ、民を想う心の深さはどうでしょう。陛下が姉上を選ばれたのは、当然の、そして至高の御英断でございます」


 レオンハルトは胸元をきつく握りしめ、声を詰まらせながら続けた。


「私は王の器ではございませんでした。……だからこそ、陛下。どうかお許しいただけるのであれば、私は姉上の下で、その手足となり、この国のために身を捧げたいのです。これまでの無礼を、どうか……どうかお許しください!」


 涙ながらに忠誠を誓う息子を、国王は無言で見下ろしていた。その鋭い眼光は、父親としての情をあえて排し、絶対的な王としての冷徹さで息子の内面を透視しようとしている。張り詰めた沈黙が、謁見室を支配する。国王は、レオンハルトのこの急な心変わりを完全に信じたわけではなかった。あまりにも完璧すぎる謝罪。だからこそ、その裏に何かがあるのではないかと、国王の直感が微かな警告を発している。だが、涙を流して恭順の意を示す息子を、理由なく咎めることは父としてできなかった。


「……面を上げよ、レオンハルト」


 国王は深く息を吐き、厳かに告げた。


「お前が己の未熟を悟り、エレオノーラを支える決意をしたというのなら、王としてそして……、父としてそれを受け入れよう。ヴェルダント王国の未来には、エレオノーラだけでなく、お前の持つ才知もまた必要なのだ。これからは姉を支え、共に国を導いてくれ」


「ありがたき幸せに存じます、陛下……!」


 レオンハルトは再び深く頭を垂れた。その髪に隠された顔には、国王を騙し通せたという、どす黒い確信の笑みが浮かんでいた。彼は顔を上げると、涙を拭い、嬉しそうに目を輝かせて提案した。


「陛下、つきましては、姉上の内定を家族として祝福したく存じます。明日、父上、姉上、そして私の3人だけで、私的な晩餐の場を設けさせていただけないでしょうか。宮廷の格式張った宴ではなく、家族としての絆を確かめ合いたいのです」


 涙の謝罪の直後であり、身内の結束を固めるという大義名分。国王に断ることなどできない。


「……よかろう。明日、3人で晩餐を共にしよう」

「感謝いたします。陛下、もしよろしければ、私が姉上への賛辞を込めて主催する席ですから、料理は私の専属料理長に作らせてください」


 国王は一瞬、その提案に視線を細めたが、小さく頷いた。


「構わん。手配せよ」


 これで、暗殺の舞台は整った。そして、運命の翌夜。


 王城の一角にある私的な小食堂にて、3人だけの晩餐会が始まった。円卓の席につくのは、国王アルベリヒ、第一王女エレオノーラ、そして第一王子レオンハルト。しかし、和やかな空気の裏側で、国王の警戒は最高潮に達していた。国王はレオンハルトが何かを仕掛けてくる可能性を、決して捨ててはいなかったのだ。控室では、運ばれてくる一皿一皿の料理、スープの器に至るまで、王直属の魔法士たちが毒を検知する専用の魔導器具をかざし、執拗なまでのチェックを行っていた。その検知器は、極微量の毒物や暗殺用の魔力波形をも逃さず感知し、異常があれば警告の音と光を発する、王家最先端の魔道具である。魔法士たちは料理の表面から内部にいたるまで入念に器具をスキャンしていく。だが、検知器は何の警告も鳴らさず、正常を示す数値を静かに表示するだけであった。「安全を確認いたしました」という魔法士の報告を受け、ようやく料理が円卓へと運ばれる。


「レオンハルト、このお料理、本当に美味しいわ。あなたの心遣いを感じるわ」


 エレオノーラは、弟を信じ切り、料理を一口、また一口と幸せそうに口へと運んでいく。


「当然です、姉上。私はこれからは姉上の盾となると誓いましたから。……その料理には、私のありったけの『想い』を込めさせました」


 レオンハルトは完璧な笑顔で、姉への至高の賛辞を贈り続けた。アルベリヒ国王も、厳重な検知器の目をすり抜けたその料理を前に、息子への警戒を僅かに緩めて自らの皿に手を伸ばす。食事は終始、何事もなく、非常に和やかな空気のまま幕を閉じた。国王が誇る厳重な防犯体制を完全に欺き、レオンハルトの完全犯罪は、その第一段階を完璧に成功させたのだ。


 自室に戻ったレオンハルトは、上着を脱ぎ捨てると、狂気的な笑みを漏らした。


「ふは……ははは! あの検知器が一切の音も鳴らさなかった時の、親父の面が滑稽だったな!」


 姉の体内には、すでに消滅の種が蒔かれている。和やかなディナーのその後に訪れる、地獄のような惨劇を想像し、レオンハルトの歓喜は最高潮に達していた。


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