98-赤竜亭
「では、また良い話があったら報告してくれたまえ」
「ありがとうございます、ザーレ様のためでしたらすぐにでも報告します」
「素晴らしい!私は仕事をする人間は大好きだ、期待しているよ!ははは!」
笑いながら去っていくザーレを完璧な笑顔で送るエリト。ただし心は1㎎もこもっていない。心の中で舌を出し宿の自分の部屋に戻ると室内を見渡した。ここは竜人やそこそこ裕福な人間が泊まる宿の赤竜亭。飯も美味いしベッドも柔らかく、飲める水の出る水道まである。ここを拠点にさせてもらえるのだからエリトは相当竜人に信頼されているのだろう。だが、
「まだまだだな。せめて『宝竜閣』に泊まれる立場にならないと」
そう呟きながらエリトはベッドに座り込む。
『宝竜閣』はドラゴニアで一番の高級宿で、部屋はここより段違いに広く、最高の飯とサービス、ラウンジに巨大ホール、おまけに劇場まである。他の宿とは格が違ってお金があっても泊まれなくて、宿と言うより迎賓館に近い。エリトが今取り入ろうとしている竜人貴族のザーレはそこを定宿にしている。エリトはライミがドラゴニア方面に逃げた事を報告した褒美に一度だけ会食をさせて貰った事があるが、元の世界の政令指定都市の高級ホテルくらいの快適さはあった。
「もっと手柄を立てろって事か……だが……」
実はまだ手柄はある。ギラードの右腕を確保してある事を伝えていないのだ。これを伝えれば、更に待遇が良くなるかもしれない。
「(まだこのカードは使わない。もっと効果的な場面で使わないとな)」
今はライミ捜索が一番の手柄だろう。チョビを捜索に使っているが、まだ見つからない。アンを始末したから恨まれていると思っていたが部下も使って意外と真面目にこなしているようだ。黒百合の監視があるからだろうが、案外頭を切り替えてこちらで手柄を立てて出世の道を探っている感じも受ける。
「ザーレの言葉を借りれば俺様も仕事をする人間、いや竜人は好きだぜ。出世したら引き立ててやるか、ははは!」
気分良く笑っていたら、
「どうしたでありんすか?」
突然どこからか響く声に焦るエリト。声をした方を見ると窓が僅かに開いていて、その隙間から蛇がするすると入ってくるのが見えた。
「黒百合か、脅かすな!」
「もうしわけないでありんす」
そう言いながら蛇の姿から病的な美女に変化する黒百合。相変わらず顔色は悪いがよく見ると頬が紅潮している。良い報告があるのかもしれない。
「いや、良い。ザーレの奴なら帰ったしな。それで?良い報告があるんだろう⁈魔女カルラはやはり何かを企んでいたか?」
それを聞いて嬉しそうに目を細める黒百合。
「ええ、それが……」
黒百合は魔女カルラの企みとイチたちの事を告げた。すべてを聞いた後ほくそ笑むエリト。
「そうか!やはりあの時スーホ車ですれ違った竜人たちはイチたちだったか!」
魔女カルラの館にザーレと一緒に訪問した時、スーホ車ですれ違った竜人たちに違和感を感じたのだ。最初はわからなかったが、以前にギラードに見せてもらった変化の指輪、その中にいくつかある竜人兵への変化バリエーションの一つと姿が似ていたのを思い出した。何かあると踏んでこっそりと黒百合の一匹を蛇にして魔女カルラの館に忍ばせたのだ。
「あの竜人兵たちの一人の歩き方にも違和感があったからな。何かあるとは思っていたがビンゴだったか!イチたちの居場所に魔女カルラの造反の決定的な証拠!しかも土人形の軍隊を作っていたって⁈ははは大手柄だ!これをザーレに報告すれば竜人社会で地方領主か、あわよくば貴族クラスの待遇が得られるな!すぐに報告だ!移動するぞ、荷物を纏めろ!」
「(これを報告すればすぐに定宿を『宝竜閣』に変えてもらえるだろう。何から何まで運が向いてきた!ここも悪い宿ではなかったが、実力に相応しい待遇を与えてもらうのは当然の権利だ!)」
そう思いウキウキで荷物を纏め、服装を整えるエリト。
だが、ふと考えた。
「(思ったより、イチたち戦力があるな⁈)」
先ほどの黒百合の報告を聞く限り、今の戦力はイチたちと改造土人形が500体。結構面倒臭い数ではあるが竜人兵が戦力を整えれば物の数ではない。何よりシリウス達ドラフト上位組は皆討ち取られている、何も心配はないはずだ。だが……、
「(そう言えば一度だけシリウス達が変な土人形を作っていたのを見た事あるぞ⁈いい歳した大人たちが何を遊んでいるんだ?と思っていたが……あれが本軍で、もし予定通り完成していたら5000体の、しかも、強者の土人形軍が出来上がる可能性があるわけか⁈)」
強者と言ってもシリウス級がいるとは思えない。だが、森の民との戦いで突然乱入してきた謎の相撲取りみたいな土人形には散々な目に遭わされた苦い経験もある。勝ち確状態から乱入されて、しかもパワーでアンや竜人の将軍であるジャーバルとも互角に渡り合っていた。まともに戦える勇者はイチくらいだと思っていたが、あのレベルの土人形が100体もいれば屈強な竜人兵も吹き飛ばされるし、将軍クラスも苦戦するかもしれない。
「(絶対的ナンバー2のギラードは片腕を失って本来の力を失っている、ザーレは戦士じゃなくて政治家……と言うより商人だから腕っぷしは弱いって自分で自嘲していた事があったな。他に何人かいる竜人の将軍は強いがどんぐりの背比べで抜けた存在はいないしほとんどが地方へ派遣されている。……竜人皇が討ち取られれば、将軍間で権力争いが起こるかも……)」
エリトは暫く考えた後に、
「……黒百合、報告はもう少し後だ」
口元に笑みを浮かべながら纏め始めていた荷物を床に置いた。




