89-カルラのスープ
しばらくの沈黙のあとに、
「ちょっと待ってください。自分はこの世界の事はよくわからないのですけど、竜人ってそんなに寿命が長いのですか⁈そんなに少子化が進んでいたら竜人の数も大幅に減っていそうなものですけど」
イチが疑問を投げかける、すると、
「長いよ。人間よりは長い。でもちゃんと老いるから竜人は弱体化する筈だったんだ。でもアタシがミスってね、竜人皇に『魂の蘇生結晶』の存在がバレて奪われちゃったんだよ」
魔女カルラは悔しそうな顔をしながら返した。
「(奪われた?『魂の蘇生結晶』は竜人皇に魔女カルラが引き渡したんじゃなかったのか?)」
だがチャンスだ。ずっと知りたかった『魂の蘇生結晶』の話題が出た。
イチはこの件を更に詳しく聞き出そうと質問する。
「自分はこの世界の理はわかりませんが『魂の蘇生結晶』には死者を蘇らせる効果があると聞いています。もしかして寿命が尽きた竜人は『魂の蘇生結晶』を使って何度も生き返ったりしているのですか⁈」
「いや、『魂の蘇生結晶』に死者蘇生効果はたしかにあるけど、あれだけの人数を蘇生させる事はできないし何より寿命で死んだ人間を生き返らせる事はできない。でも実は『魂の蘇生結晶』には別の能力もあるんだ」
「別の能力⁈それは⁈」
「若返りの効果、しかもエネルギーさえあればかなりの人数に適用できる」
「ええええええええええええ⁈」
思わず皆で声を出してしまう。それが本当なら大変な事だ。
そんな能力があれば竜人は無敵じゃないか!
「アタシは先生が別の世界に吹っ飛ばされる前に『魂の蘇生結晶』を作るように命じられたんだ。竜人との戦争後に人類を守るための魔道具としてね。ただ作り方は教えてもらったけどあの当時の技術レベルでは作れなかった。だから先生がいなくなった後も研究は続けていて、ようやく完成したと思ったら……奪われちゃった」
「ボクからも聞いて良い⁈『魂の蘇生結晶』に若返りの力があるのはわかったけど、そのために必要なエネルギーって何なのさ⁈」
フォレスタが聞くと魔女カルラは辛そうな顔をする。
「人間の……」
魔女カルラは少し悩んでいたが……重い口を開いた。
「人間の命だよ……人間から魂を無理矢理引きはがした時に出る物質を回収して抽出したものが『魂の蘇生結晶』のエネルギーになる」
「ええええええええええええ⁈」
思わず皆が声を上げる。そしてリコが青ざめながら声を出す。
「あの……あの……もしかして……各領から『税金が払えない罪』の名目で連れて行かれた人間たちは……私の領の民たちは……もしや……」
「うん……みんな竜人の若返りのためのエネルギーにされちゃった」
魔女カルラの言を聞き、がっくりと項垂れるリコ。それを見ながらフォレスタも唇を震わせながら尋ねる。
「じゃあ税金を高くしていたのは……大金を集めるためじゃなくて……みんなを」
「うん、最初から人間の魂が目当て。だからバカ高い税金を設定した。ただ税金も必要だったから、適度に税額を調整して、人間の命と税金をバランス良く回収する数字にはしてたみたいだけどね……こう言う所は滅茶苦茶頭が回るんだよ竜人の上層……特にザーレの奴は」
「ザーレ⁈」
どこかで聞いた名前だ……いや、思い出した。
「さっきエリトと一緒にいた貴族みたいな竜人か!」
思わず声を上げるイチ。
「そうだよ、アイツに『魂の蘇生結晶』の事がバレて、盗られたんだ。でもアイツは有用な人間には滅茶苦茶優しいんだ。そこでアタシは取引した。竜人の仕事を引き受ける代わりに、人間を殺し過ぎないようにする事とアタシの大事な人達には絶対に手を出させないと言う約束をした。ザーレの奴は約束を守っているよ。少なくともアタシは今日まで無事だ……ただ」
カルラは一瞬口を噤み……声を落とした。
「アタシは人類の裏切り者扱いだ。無理もないけどね。ザーレの奴はアタシに『魂の魔女』と言う異名をつけた。アタシもその名前を引き受けたよ。魂を使って竜人を生き永らえさせているのは事実だしね。この街の皆もなんとなく税金の代わりに連れて行かれた人間が帰ってこないのはアタシのせいだと思っているし、竜人たちも匂わせている」
「アタシは地獄に落ちるよ……覚悟は出来ているサ……」
自嘲気味に呟くカルラ。
そして沈黙が部屋を支配した。
「あのカルラさん……なんと声をかけてよいか……」
イチがそう言いかけた時だった。
リコが口をパクパクさせながら天井を指さしている事に気づいた。
よく見るとさっき『魂の蘇生結晶』のエネルギー源の秘密を知った時以上にリコの顔色が悪い。顔面蒼白を通り越してほぼ真っ白だ。
何事かと思って天井を見上げると、
天井に、タニシみたいな貝殻を背負った、小さなムカデみたいな生き物が張り付いている!
「(集音蟲じゃないか!)」
「(竜人たちの盗聴器!まさか今の会話の全部を竜人に聞かれていたのか⁈)」
血の気が引き手が震えるイチ!そして魔女カルラを見ると、
……笑っていた。
「ごめんね~♪さっきも言ったけどアタシは竜人と取引したの。アタシの大事な大事な人たちを守るために犠牲になってね~♪」
「(クソおおおお!)」
椅子から立ち上がり翠亀剣を抜こうとするイチ。だが今度は翠亀剣が明後日の方に飛んで行った!さっきのチルルと言うメズメが一足早く『重力制御』で剣を弾き飛ばしたのだ!
「(リコ!フォレスタ!ゲス郎!)」
目で3人に援護を合図しようとする!
が……3人とも眠っていた!
後ずさりながら眼球の奥に力を入れ、周囲を見まわす。
「(さっきみたいに薬を流されたか⁈いや!見た所『重力制御』は翠亀剣にしか飛んでいない!)」
ハッとなって先ほどの料理を見た。その瞬間、先ほど食べた、有名な油彩画の「叫んでいる人」みたいな顔の模様が表面に浮かんでいる白玉と目が合った。
「(一服盛られたか⁈)」
そう思った瞬間にイチにも強烈な眠気が襲ってきた!
ヤバい!気を失う!
……と思われたが、すぐに眠気は治まった。
それどころか胃の辺りが温かくなってきて、血流が指先に巡ってくるような感覚がある。
「(あれ⁈力がふつふつと湧いてくるぞ⁈)」
戸惑うイチ。それを見て呆れたような声を出すチルル。
「本当に甘い勇者様一行だが……カルラも性格が悪すぎるぞ。もう良いだろう」
チルルがそう言うと、カルラは悪戯っぽく舌を出してクスクス笑った。
そして人差し指を上に向けて、イチに天井を見るように促してきた。
「(天井に何かあるのか⁈)」
もう一度天井を見るイチ。そこには集音蟲が張り付いている……。
いやよく見ると集音蟲の側に鈴虫みたいな小さな虫が何匹か張り付いてる⁈
ハッとなって部屋を見回すと小さな鈴虫はあちこちにいた。
そして、羽から何やら音を出していた。
イチは鈴虫の側におそるおそる近づき、耳を澄ます。すると……
「良い気候ですね」
「今年の農作物の出来はいかがですか」
「すみませんが飲み物のお代わりをもらえるかな」
他愛のない会話が鈴虫の羽から聞こえてくる!これは⁈
目を白黒させているイチ。それを見てカルラが語り始めた
「(集音蟲対策さ。放音蟲って言うんだ。偽りの音や会話を流して盗聴を防いでくれる蟲さ」
「盗聴で『魂の蘇生結晶』の事を知られて奪われたアタシが作ったんだ。だからここの会話は外に漏れていないよ」
それを聞いて呆然とするイチ。だが眠気の事を思い出し思わずスープの方を見てしまう。
それを見たカルラは
「さっきのスープには回復効果のある団子が入っているんだよ。副作用として眠くなるけどね。君達歩き詰めだったでしょ⁈だからより効いたんだろうね。イチくんは体力があったから耐えられたけど残りの子にはキツかったかな⁈あはははは!」
そう言いながらケタケタ笑い、その細い指でイチのスープの椀を手に取った。
「アタシは先生と人類の味方だよ、最初からずっとね」
優しい目でイチを見て……スープを一口啜った。




