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128-選択の果て

「……聞き間違いか⁈俺様には『今のままでいく』と言ったように聞こえるんだが⁈」


 エリトが低く、冷たい声で言ってきた。ハッキリと圧をかけてきている。だが、イチは揺るがない。


「何度でも言うぞ。小雪もエルマさんも犠牲にするつもりはない。黒虹彩剣はこのままだ」


 ハッキリと宣言した。エリトは深呼吸するかのように数秒時間をおくと、怒りを抑えながら静かに尋ねてきた。


「……一応理由を聞く、何故だ?」


「さっき社長が言ってたじゃないか、この戦いが終わった後にエルマさんの力が無いと呪いで汚染された土地は元に戻らないって」


「そのエルマ本人が『100年も経てば呪いを解く人間が出て来るだろう』と言っていたんだが⁈」


「うーん……エルマさんはそう言ってたけどね、ワーミ領でリコたちと一緒に畑を耕していた俺にはわかるんだ。呪いを受けた畑は本当に作物が実らない。元の世界で畑を見ていたから実感するんだ。呪いの事は詳しくないから何とも言えないけど、たぶんこいつは土地が瘦せていく類の呪いなんだと思う。だってエルマさんが解呪しなかった畑は何もしなくても雑草が枯れていくんだもの」


元の世界でバイト先の年配の人達の畑を手伝った時の話を思い出しながら語るイチ。その時に土の大事さを教えてもらったのだが、その時、土が痩せて微生物のいなくなった土は白っぽくなって保水力が下がるとか、栄養不足の作物は害虫に弱くなるとか色々教えてもらった。この世界で自分の世界の付け焼刃レベルの農耕知識が役に立つかはわからないけど、この世界の呪われた土にはその症状がハッキリと出ているのがわかった。おまけにこの世界には化学肥料も品種改良された大量に採れる作物も無いのに呪いの土地はどんどん増えていっているという。大本の呪いを解かないと肥料をいくら注ぎ込んでもキリが無い。この先酷いことになるのは目に見えているのだ。


「もし人間が竜人に勝ったら、こちらが竜人に嫌がらせするように、生き残った竜人たちは徹底的にこの世界の畑を呪いで汚染させる嫌がらせをすると思う。そうしたら100年後にはこの世界の人間は食糧不足でほとんど生き残れなくなっていると思うよ。だからエルマさんは生きていないとダメなんだ」


一瞬気圧されるエリト。だがすぐに反撃の口火を切る。


「……勝った後の心配をしている場合か⁈負けたら人間は滅ぶんだぞ⁈前に『合理的に考えろ』と言った事を忘れたのか⁈」


「合理的な理由もあるよ」


「ほーう⁈なんだ⁈聞かせてもらおうじゃないか⁈」


挑発的に煽るエリト。だがイチは怯まない。自分の心の内を語るように淡々と話す。


「俺がエルマさんや小雪を犠牲にして勝つという発想がそもそもできないんだ。もしできたとしても、ずっと『他に手はなかったのか』と一生悩むだろうし、メンタルボロボロで力を出し切れず、結局この戦いに負けると思う」


「どこが合理的な理由なんだ!辛い選択しなければいけない場面はいくらでもある!ましてや今は戦時中だ!切り捨てなきゃいけない時には決断しないとダメだろ!」


「そうだな。きっと世間的にはそうなんだろうよ。エリト、()()()()()()んだろう。でも()()()()()()んだ。非情な選択をすればより酷い事になるんだ。なあエリト、()()()()()()()()()。それに……」


「それに……なんだ⁈」


「完全体黒虹彩剣の力がない分は、俺がお前をカバーする事で埋め合わせる。それだけじゃない。リコやフォレスタにカルラさん、チルルや……ゲス郎、そしてこの世界の人間の力を借りて戦う。俺にとってはこれが一番勝率が高いと判断したんだ。それだけだよ」


 エリトは無言だった。怒りなのか呆れなのか、剣なのに顔色が変わっているのが見えるような気がした。そして大きなため息をつく。


「イチ、お前がバカなのは知っていた。でもこの状態においてもそんな結論に至るほどの馬鹿だとは思わなかった。もう良い、勝手にしろ。俺はお前とは組まん、勝手に戦え。こちらも好きにさせてもらう」


 そう言って通信を一方的に切って凄い速さで部屋の外へ飛び去ってしまった。


 残された者たちは呆然としていた。そんな中、リコが嬉しそうに話し始める。


「私も同じです。小雪ちゃんやエルマさんを犠牲にして戦う決断は……きっと戦いに迷いを生むと思います。領主としてはダメなんでしょうけど。でも嬉しいです、私もイチ様と同じなんですね。そして私たちを頼りにしてくれた事が一番嬉しいです。任せて下さい!戦力を少しでも上げるために他の領主を説得する役目、私が全力で努めます!私たちの世界を救うのは私たち自身ですもんね!」


「そうだね!ボクも頑張るよ!アタシの顔の良さで他の領主や実力者を懐柔してやる!任せて!」


 フォレスタも嬉しそうに宣言する。説得じゃなくて懐柔かい!と思ったけどなんか嬉しかった。そして、


「そうだな、それでこそ俺の娘だ!任せろ!森の民の長として全力で君たちを援護する!」


「私も力を貸しましょう。この世界で通じるかわからないが交渉の経験は多い方だと思うのでね」


 長と社長も嬉しそうに賛同してくれた。そうしたら笑い声が響く。エルマさんだ。


「アッハッハッハ!せっかくアタシが覚悟決めていたのにさ!仕方ないわね!しぶとく生きてやるわよ!覚悟しなお前ら、アタシは弱いぞ、皆で守れ!おい、どぶろく、酒もってこい!勢いつけるぞ!」


「わあー!それでこそエルマさんさー!」


 どっと笑いが起きる。空気が柔らかくなった。不思議と希望も湧いてくる。そんな中ライミが声をかける。


「じゃあ、次はリコさん達と他の領の人達との交渉に入るために一旦通信を切りますねー。皆さまお疲れ様でしたー」


そう言うと通信が切れた。そしてイチたちは顔を見合わせ、力強く頷くと、次に備えて動いた。





***




 通信が切れたあと、森の民の集落でも長や社長が戦いや他の領との話し合いのための準備に入ろうとしている。そんな中エルマさんが地べたに座り込んでしまっていた。


「……エルマさん、どうかしたのかさー」


 心配したどぶろくさんがエルマさんの肩に触れる。すると……彼女は肩を震わせて泣いていた。


「あ……あはははは……あんなに格好良く自分の手で命を絶つと言っていたけどさ……本当は……こ……怖くて……ま……前の世界で亡くなった時の……水の底に沈んでいくというより闇の中に落ちていくあの恐ろしい感覚……死に向かっていくあの感覚をもう一度味わうんだと思ったら……もう……」


「わかるさー。おいちゃんも肝硬変で亡くなった時に同じ思いをしたさー。あれは二度と味わいたくないさー」


「だ……だから……イチくんたちがアタシを必要だって……生かしてくれると言ってくれた時に……偉そうにしていたけど……本当は涙が出るほど嬉しくて……アタシみたいな酒クズでも生きていて良いんだって思ったら……もう」


エルマさんはこらえきれずにわんわん泣き出した。どぶろくさんはそっと彼女の肩を抱き、両手でエルマさんの頭に触れて、先ほどとは逆に自分の唇でエルマさんの口を塞いだ。


「おいちゃんもそうさー。エルマさんが死んだら生きていけないさー。カセーツさんもきっと同じこと言うさー。共に生きようさー」


エルマさんは遂に大声で泣き出した。そっと持っていたお酒を差し出すどぶろくさん。だが何か思ったのか、その酒を地面に捨てた。


「どぶろく⁈」


「エルマさん、おいちゃんたちも酒を断って願掛けするさー。皆が戦っているんだから酔っぱらってなんていられないさー」


 爽やかな笑顔で宣言するどぶろくさん。一瞬だがエルマには中年太りのどぶろくさんが物凄いイケオジに見えた気がした。頭を振って『そんなわけあるか!』と心の中で爆笑する。うん、もう大丈夫だ。涙は引いた。アタシは戦える!と心の中でガッツポーズを取るエルマ。


「どぶろくのくせに生意気な!……まあ良い、そうね!じゃあ禁酒するか!この戦いに勝つまでだけど!」


「あはは!勝ったら浴びるように飲むさー!」


そう言いながら二人は大声で笑い、皆を手伝うために台所に向かった。





 その二人の姿を眺めていた人物がいる。小雪だ。彼女はとことこと歩いて集落の外れに行き、そっと振り返り微笑んだ。そして今度はイチとリコのいる方角に向かって、遠くをジッと見つめながら嬉しそうに呟いた。


「イチ様、そなたは選択を間違えなかったでありんすね。おめでとうでありんす。これなら約束は守られそうでありんすね」


そして、


「これからも道を違えないでくださいね。大丈夫、きっと勝てるでありんすよ。」


そう呟いた後に、今度は首を真上に向けた。


「良かったでありんすね、オリオン様」


小雪はそう呟くと白蛇の姿になり、そっと草むらに消えて行った。

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