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126-エルマさん

「小雪、命令だ。刃物になって勇者エルマの首を搔っ切れ」


 衝撃的な事を言うエリト、思わず頭に血が上って怒鳴るかと思ったが、


「(何を……言っているんだ……⁈こいつは⁈)」


 理解が追いつかず、情けないことにイチはしばらく反応すらできなかった。

 代わりに小雪が淡々と返した。


「……あちしは自分から誰かを殺す事はできないでありんすよー無理無理でありんすー」


「ちっ、黒百合ならできたのにな。使えない奴だ。じゃあ仕方ない、おい、社長か長、どちらでも良い。刃となった小雪を使ってエルマを殺せ」


 拒否した小雪をバカにしながら、気にすることなく社長たちにエルマさんを殺させようとするエリト。 


 ここでやっとイチは我に返った。


「そ……そんな事できる訳ないだろう!おい、エリト!何考えているんだ!」


 全身の毛が逆立つような怒りを覚えながら激昂するイチ。そして社長と長たちも続けて非難する。


「……断る!小雪くんは我々の仲間だ。それに森の民の集落の大切な守り神様でもある。できる訳がない」


「―――!フォレスタ!このクソ剣野郎を折ってしまえ!」


 部屋が揺れそうなほどの大音量で長の怒鳴り声が通信に響く。通信とはいえ鼓膜が破れそうな音量だ、脳内に響いているのにも関わらず思わず耳を塞いでしまう。ふと見るとライミが開いていた手を閉じて、腕を下げていた。アンテナの感度を下げた感じだったが、もしかして音量調整も出来るのだろうか⁈もし盗聴する奴がいたら長の怒鳴り声を最大音量で流せば音波兵器として気絶くらいさせられるかもしれない。


 そんな音波兵器のような怒鳴り声を聞きながらもエリトは平然としていた。それどころか、


「なら、皆で死ぬしかないな。竜人皇の守りは黒虹彩剣以外だとオリオン斬り以外では破れないぞ⁈だがそもそもオリオン斬り自体が確実に出る剣技ではないのだろう⁈イチ、お前ならわかるよな⁈お前が『宝竜閣』で戦ったフグとワニが合わさったような竜人皇の分身、あれより本物は遥かに強いんだぞ⁈」


 頭の悪い奴は何言っているのかわからんな……みたいな口調で周りに告げた後、イチの方を見て同意を求めるエリト。その口調には覚えがあった。元の世界でエリトと敵対した時に一度だけ仲間になるように勧誘された時の口調だ。その時に幼馴染を見捨ててこちらにつけと言われた。その時に『くだらない連中とつるまずにさっさと上位グループに入れよ、お前はもうステージが違うんだ。下位の連中は上手く使うのが上位者の務めだ。本当はわかっているんだろう⁈』と言うハッキリとした選民思想を感じて頭に血が上ったのを覚えている。


「(……ふざけんなこのクソ野郎!)」


 そう怒鳴ろうとした。だが声が出なかった。


 今回の相手はエリトとそのグループではない。本来なら関わってもいけない厄災みたいな相手だ。『宝竜閣』で戦ったフグワニはたまたま出たオリオン斬りがまともに当たったから倒せただけだ。あの舞台の上で感じた『この会場に何か恐ろしい者がいる!』感は体験しないとわからないほど凄まじかったし、本当は戦うどころか近づくのも嫌だった。


「黒虹彩剣は竜人特攻の武器だ。竜人皇以外でも並みの竜人なら瞬殺できる。忘れたのか⁈一般竜人兵だけでも人間より遥かに強いのに、ギラードやジャーバルみたいな化け物級に強い竜人の将軍が他にもいるんだぞ⁈黒百合は黒虹彩剣は完全体になれば敵はいないと言っていた。魔女カルラ、お前は完全体オブアイリスを知っているよな⁈どのくらい強かった⁈」


 そうエリトに振られて、カルラさんが消え入りそうな声で返す。


「完全体オブアイリスを持ったオリオンが駆け抜けるだけで周囲にいた弱い竜人兵は溶けてしまったわ……オリオンが駆け抜けた後に道ができるくらい……」


 それを聞き、エリトは勝ち誇った声で続けた。


「ほら見た事か。完全体黒虹彩剣は必要なんだ。それにギラードは大怪我をしているが、隕石落としの魔道具を取り返している。復活してまた隕石を降らされたら森の民の集落は火の海だ。小雪の守りとやらでも防ぎきれないんじゃないか⁈」


それを聞いてイチが言い返す。


「偉そうに言うな!そもそもお前がギラードの片腕と隕石落としの魔道具をあいつに引き渡したんだろ!この野郎!」


 エリトのご高説に納得させられそうになったが、そもそもコイツが竜人側についたおかげでどれだけの被害を出したんだ!と思い出して頭にきた。それを見て舌打ちするエリト。


「……あの時はあの時だ。俺様はギラードの部下として仕事をしただけだ。だが今はお前らの側についているだろ⁈それよりギラードが隕石落としを使えるという事実は変わらないぞ。さあどうする⁈今できる事は⁈考えろイチ」


 エリトの傲慢な物言いにやっぱりコイツへし折ってやろうかと睨みつける一同。だがイチたちは知らない。エリトのヘマでギラードの片腕と魔道具が奪われていた事を。実はエリトも若干気まずい顔をしていたのだが、剣だからそれはわからない。


 ピリピリとした一触即発の空気が場を支配する。


 そんな時だった。小雪がイチの方を見てそっと呟いた。


「……イチ様はどう考えているのでありんすか⁈」


「え⁈俺⁈」


「あちしに名前をつけてくれたのはイチ様でありんす。そなたの言う事ならあちしはなんでも聞くでありんすよー」


「名前……⁈あっ」


 その瞬間思い出した。小雪が生まれた時の事を。


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「名前はあちしを小刀から切り分けてくれた勇者様につけてほしいでありんすー。黒虹彩剣を斬るような勇者様ならその資格はあるでありんすー」


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「姐さんたちもエリト様に自分を扱う資格があると判断したから言う事を聞いたのでありんす。あちしもイチ様の言う事しか聞かないでありんすー」


 そう言いながら、イチと……何故かリコの方をちらりと見る小雪。ハッとなったリコが、


「イチ様!絶対にダメです!小雪ちゃんは私の妹みたいなものです!」


 必死でイチに訴える。そんな中、社長の声がした。


「え……なんだ⁈君たちも言いたい事があるのかい⁈……すまない、ライミさん。エルマさんたちも通信に加えてくれないか⁈」


「あ、はい。じゃあ手を繋いでください。それで入れます」


 ライミがそう言うと、


 ひゅーんひゅーんひゅーん…ピポッ


 誰かが通信に入ってきた時の音が脳内に響く。すると、


「はーい、みんな元気だった⁈エルマよー⁈」


「すまない。なんか凄く重要な話していたみたいだけど、心配だから来てしまったさー」


「エルマさん!どぶろくさん!」


 懐かしい二人が入ってきた。思わず、嬉しそうな声が出るイチ。だが次の言葉で場が凍り付いた。


「大体の話はわかっているから簡潔に言うね。イチくん、小雪ちゃんに命じてくれない⁈刃物になれって。アタシそれで自分で命を絶つからさ」


 驚くほど穏やかな声でエルマさんが告げてきた。

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