105-決裂
「(手を組もうだと⁈どの面下げて……この野郎!)」
そう思いながら、板と細い棒をひったくり、凄い勢いで文章を書くイチ。
『お前となんか組めるか!バカヤロー!どうせ俺達を笑いに来たんだろ!』
そう書くと「くっくっく」と言う必死で抑えたエリトの笑い声が、
……聞こえなかった。
代わりにため息が聞こえた。
そして板書が続く。
『そうしたいのはやまやまなんだがな、俺も嵌められたんだよ』
『何言ってやがる!お前はワーミ領の領主に出世だろ!リコが汗水たらして育てた大事な領の!』
『そこなんだよ、あんなビンボー領押し付けられても困るんだよ』
『なんだと⁈』
『どうせ、高い税金目標当てられて、そのノルマ達成できなかったら、罰として、俺様は無能と言われて外されるか処刑。領は取り潰しで、領民は竜人の若返りの餌に連れて行かれて終わりだ』
またため息が聞こえた。そしてさらに続けて書くエリト。
『そしてワーミ領は竜人の領になる。最初からそういう腹なんだよザーレは』
「………………………………………………」
無言で考えるイチ。たしかにザーレって竜人にはそう言う一面を感じた。
ちらりと門の方を見る。どうやら見張りの竜人たちには気付かれていない。
そしてさらに続けるエリト。
『そこで提案だ。手を組もうぜイチ。本音は俺だってお前と組むのはごめんだ。だが今のままだとお前の仲間たちがどうなるか想像つくだろう⁈絶対に想像より酷い事になるぜ⁈』
「―――――――――――――!」
確かにそうだ。リコたちはもっとひどい目に遭わされる。だが抵抗すれば今度こそ皆の命はない。だが、自分もリコたちにとってのベストの案があるかというと……一番マシなのがザーレの案で……いや、でも……。
顔をしかめ悩むイチ。
するとその間にエリトが代案を筆記し始めた。
『俺の案はこうだ。イチたちはこのまま逃げて森の民の集落に逃げ込め。あそこに籠れば竜人も簡単には手は出せない。そして社長に頼んで黒虹彩剣のかけらを増やせ。そして増やしたかけらを俺様に渡せ。そうすれば勇者の剣、完全体の黒虹彩剣オブアイリスの復活だ。竜人皇とだって戦えるぜ、どうだ⁈』
「(黒虹彩剣のかけらを増やす件も知っているのか……相当聞かれていたんだな。クソ!)」
思わず顔をしかめるイチ。それを見て、
『合理的に考えろ。他に手があるか?』
念押しするエリト。それを見てまた悩むイチ。
「(たしかに一つの案かもしれない。現状、このまま竜人の思い通りにされるのも嫌だ……だが……エリトの提案だぞ⁈一番信用できない奴だぞ⁈)」
ふと夜空を見上げた。二つの月が雲に隠れている。この暗さなら見張りの竜人には今の自分は見え辛いだろう。
そのまま目を閉じて考える。
「(合理的に考えろ……か)」
今までの事を思い出していた。姉の子が死産して、父が交通事故に、義兄が海で行方不明に、その後召喚されてこの世界に来て、何が何だかわからないまま勇者になっていた。でもリコやフォレスタ、カルラさんにゲス郎……色々な人に出会えて、楽しい事も怖い目にも遭った。ここぞという時には助けもあったけど、最後に自分の命運を分けたのは……。
「(合理的な行動は大事だ。でも今まで助かっていたのはそれだけじゃなかったよな……)」
今までの奇跡的な逆転を思い出すイチ。そして結論に至る。
「(……そうだな、せめて自分の人生の選択と責任は自分の手に取り戻さないとな)」
決意した。イチの表情から迷いが消える。
そして細い棒を手に取ると、力を込めて、しっかりとした字で板書した。
『お前とは組めない。俺は俺で動く』
そう書くと、舌打ちの音が聞こえた。
『そうかい、なら勝手にしろ。本当にバカだわお前』
そう板書した後、消えたまま板を持って去ろうとするエリト。
エリトの気配がスッと遠ざかっていくのを感じる。
交渉は決裂した。
と思ったら、また板が近づいてきた。
そして板書が始まった。
『同郷人として教えてやる。ザーレは約束を守るが、約束していない事に関しては全部裏切ると思って良いぜ』
「(なぜなら俺様がそのタイプだからな……わかるんだわ)」
心の中で呟くエリト。そして続きを書く。
『あとお前は真っ直ぐすぎるのと頭に血が上りすぎだ。ここがチャンス!と思った場面は案外危険と隣り合わせだったりするぜ。周りをよく見ろ。じゃあな』
そう板書して、また消し、今度こそエリトは去って行った。
そして何故か、思った。
「(気のせいだろうか、最後のメッセージには悪意を感じなかった気が……いや、エリトに限ってそんな事はないか)」
軽くかぶりを振るイチ。そして気付いた。少し明るくなっている。
空を見ると二つの月が雲の晴れ間から覗いていた。
「(やってみるか……)」
イチは心の中でそう呟くと、館の中に戻って行った。
魔女カルラの館からだいぶ離れた小屋の影。エリトはここで透明化を解き、何食わぬ顔で赤竜亭に戻ろうとする。するとエリトの右手が地面に落ち、人間体の黒百合になった。
「さっきのは何の真似でありんすか⁈」
「さっきの?ああ、イチへの提案の事か。案ずるな、ああ言えばイチは動くさ。何せバカだからな!」
「最後の忠告もでありんすか⁈」
攻めるような口調の黒百合。
「なんだ……気になるのか⁈」
「……そうでありんす」
黒百合の攻めを聞いて笑うエリト。
「ははは、ただの最後の一押しだ。大丈夫、気にするな」
「なら、良いのでありんすが……」
「明日になればわかるさ、さっさと帰って寝るぞ」
「はい……お前様」
鼻歌交じりに歩くエリトの後ろ姿をじっと見つめる黒百合。
その目は冷たい光を放っていた。




