第参拾弐話
「戻る」時はいつも灰色。落ちる時と違ってなかなか時間もかかる。どのくらいかというと暇すぎて寝てしまうくらい。まわりの灰色をよく見てみると全部文字でできている。どこの誰かもわからないヒトの思念が絡み合って、スゴい速さでスクロールしてて、おおかた灰色に見えてる。いつもそんな感じだから気にもとめていなかったけれど、やっぱり変なのかな? コレ。
大体からして戻ってもどうせ留置場。早く解析データ見てあーでもないこーでもないしたいのに、自分でも説明つかないコトをお巡りさんに供述するとか無理ゲーすぎじゃないの? それにしてもコレいつまでかかるのかしら? まぁ落ちた時代が今までで一番遠かったから、戻るのに時間がかかるのも道理だけど……。
一陣の風が吹き抜ける。
「え? そんなのってアリなの!?」
なんて言葉まで文字になって灰色に飲み込まれてく。こんなシステムなの初めて知ったわー、って感心してる場合じゃないわよね。
「……おとなの龍、探しているんですけど」
って試しに呟いてみたら、やっぱり文字になって灰色になっていった。その灰色のところから生暖かい風が吹き出してきて、文字の羅列が少しだけ裂けて、その向こう側が垣間見える。
それは精巧に作られた日本のカタチだった。香住が手を伸ばし触れようとすると、カタチは凄まじい勢いで近付いてくる。次の瞬間、香住はカタチの上に降り立っていた。見渡す限り和紙で形つくられた模型の世界。香住は自分の体も和紙のヒトガタになっていることに気がつく。ふと辺りに沸き起こるヒトの気配。たいまつの炎に照らされた白い衣の女達がカタチの周りを囲んで何やら呟いている。一同の頭上には六尺ばかりの白木の天蓋。あたりを包む夜の帳の向こうにはとてつもなく大きな木組みの社が佇み、パチパチとはぜ揺れる炎の影を治めている。
ひとしきり呟きながら、女達はカタチに手を伸ばし、それぞれに息を吹き込んでいく。カタチは俄に色彩を帯び、生気を纏い始める。それはまるでスーパーコンピューターでモデリングする過程を、遥かに高い精度で再現したようなものだった。緑で覆われていたかと思えば赤く萌え立ち、白く染まってまた緑に覆われる一つのサイクルが目まぐるしく巡っていくなかで、カタチは微妙に位置と形状を変え、時に身震いする。
突如カタチが光を帯び始める。若狭湾から敦賀にあがり、琵琶湖から京都・奈良の盆地を駆け抜け、和歌山から海を潜って徳島へ渡り、四国の背骨を貫いて大分へと抜けるラインが浮かび上がると、女達は呟きを止めた。
「いつまでも南海トラフが起きないと、今度はココが動くことになる、のね……」
妙に腑に落ちた私はうっかり口に出してしまったけれど所詮はただのヒトガタ。さっそく女の一人が掴みに来る。ちょっと痛いのよ!
「はさまくたたに、まひいさきさたはん、こあもそえゑ……」
なんてわけわからない言葉囁かれて、ふっと息を吹きかけられる。頭の中にとてつもなく膨大な思念が流れ込んでくる。後の世に縄文時代として知られる古代文明の、知られざる知識とテクノロジーが奔流となって。
「何コレ!? 頭良くなっちゃうじゃない……っていうかこんなにいっぱいいっぺんに突っ込まれたら私大丈夫そう??」
なんてアホなこと言う間もなく辺りは真っ暗。コレいつ戻れんのよ実際……。




