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龍のせぼね  作者: 飯田橋ネコ
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第参拾話

「……って、どこなのよココ?」


 落ちた先はさっきと代わり映えのしない雰囲気のお部屋だった。壁と床と天井が全部板貼りになって、入り口の鉄のドアが頑丈な角材の格子になったくらい。高い明り取りの窓から差し込む弱々しい光が、床に敷かれた藁をぼんやりと照らす。鼻をつく饐えた臭気。ココってどう見ても……。


「……って、アンタ誰だよ?」


 部屋の隅の暗がりから若い男の声。伸び放題で額に無造作にかかる前髪。その下の落ち窪んだ眼窩から、どことなく愛嬌のある瞳がのぞいてくる。ボロボロで元の色がどんなだったかもわからない作務衣の下は、妙に背の低い体のライン。どうでもいいけどすごく臭いんですけどこのヒト。なんかこっち寄ってくるし……。


「どう見ても落ちてきたけど、アンタ、どっから落ちてきたんだ?」

「どこって……3F?」

「なんだそれ? ……まぁいいや。せっかくだから話しようぜ」

「話すって、何を?」

「しばらく誰ともまともに話してないんだ……、にしても(うえ)は相当な騒ぎみてぇだな。……また龍でも暴れだしたのか?」

「龍って……」

「いろいろ調べて回ってんの、アンタか?」


 なら話は早いわよね。でもこの牢屋(しかもすっごくクラシカルなヤツ)から考えてあなた罪人か何かじゃないの?。でも京都府警のあるこの藪之内町(あたり)に獄舎があったのって確か……貞観地震の頃だっけ!?


「ここにいるとさ、いろいろと落ちてくるんだよ。最近はホントわけの分からねえものばっかりだけどな」


 聞いてもいないことをベラベラとよく喋る男の背後には、よくよく見ると大量の携帯電話やスマートフォン、ノートパソコンやタブレットといった電子機器が、新旧入り乱れて積み重ねられている。そのいずれにも、遺失物No.13だの遺留品5号といった札がつけられていた。中にはLEDがついて、まだ電源の入るものもあるみたい。


「この板書きなんかこうやっていじるとホレ、文書(もんじょ)がだーっと出てきて、いろいろ調べられるって寸法だ。すげえ仕掛けだよなまったく……」


 押収品No.1123、なんて札のついたiPad(第7世代)を人差し指で器用にいじくる男。どこから飛んできてるのかもわからないWi-Fi経由で、今日の(←ホントに今日なの??)Yahoo!のトップを鬼スクロール。


「……こんなすげえ仕掛け作れるのに、龍のコトときたらからっきしダメだなアンタらは」

「ダメ、なの?」

「陰陽道とか風水とか算道とか、見向きもしねぇだろ? 地球の裏側のわけの分からねえ学問ばっかりやって、せっかく俺たちが造り上げた術や儀式を疎かにしやがって!」

「仕方ないじゃない……、ぜんぶ途絶えてしまったのだから」


 実際、中世の律令制の下で、長足の進歩を遂げた地震(なゑ)に関する諸学問は、後に続く戦乱・政争によって衰退し、史料も資料も散逸してしまった。だからこうして神社やお寺を巡っていろいろとお話を「伺って」きた私だけれど、いま目の前で胡座かいて喋っているのは、これまでどうしてもお会いすることの叶わなかった当時(マジ)モンの人魂(ヒトダマ)ってことなのかしら。


「……なんか偉そうにしてるけれど、あなた罪人かなにかでしょ?」

「……まぁな。お上の仰る通りにきちんとお勤め果たしてたらこのザマだよ」


 いままでの人魂さんたちはたいてい由緒正しきお社の宮司さんとか巫女さんとか、お寺の住職さんとか、至極真っ当なヒトたちだったけれど、流石に囚獄司(ひとやのつかさ)のご厄介になるような犯罪者とお話するのは初めてだわ。


「ココに生のヒトが、それも女が落ちてくるなんてのも初めてだけどな」


 人魂の中の時間の経過がどんな有様なのか、ちょっと聞いてみたい気もするけれど、私の23年程度の人生(ものさし)じゃ到底実感できそうにもない。こんな薄暗い牢に一体どのくらい永いこと依るんだろう?


「まぁこの牢じゃ一番の古株ってトコだな。他の奴らはみんな飽きて逝っちまった。上じゃ(まつりごと)だの(いくさ)ばかり、相も変わらずやってるだろ? どうでもよくなったんだよ……」


 では、あなたは何故ここに残ったの?


「……ちょっと長くなるけど、いいかい?」


 話したくて仕方がない、といった風情で男は続けた。


 797年(延暦16年)5月、遷都間もない平安京の禁中正殿前に突如雉子(きざす)の大群が現れ騒擾した。時の(みかど)たる桓武天皇はこれを凶兆と考え、宮中をあげての祈祷を命じる。たかが鳥が騒いだ程度で、と思われる向きもあるやもしれぬが、桓武天皇には心当たりがあった。

 784年に河内国で憤死した早良親王。長岡京遷都の責任者たる藤原種継の暗殺事件に連座して廃された親王は実際のところ無実であり、東大寺を頂点とする奈良仏教界の指導者たる親王を排除することで今の地位を得た桓武天皇にとっては、毎夜枕元に無言で立つ(くだん)の怨霊が、いよいよ災いを(もたら)すものと思えたのかもしれない。

 桓武天皇の父、光仁天皇が自らの皇后と皇太子を無実の咎で廃した際にも、疫病や洪水といった凶事が絶えず、祈祷を以って霊に陳謝したため、この故事に倣っての措置と思われるが、結局の所、怨霊が静まることはなく、同年8月、京には暴風が吹き荒れ、造営なったばかりの左右京の門や家屋を(ことごと)く打ち倒したのだという。


「それなら知ってるわよ。親王を崇道天皇と追号して祀ることでようやく凶事がおさまったけれど、こんどは桓武天皇本人が病死してしまうってアレでしょ。あの時代じゃよくある話よね」

「……アンタ、何も気が付かねえのか?」

「へ?」

「嵐で、門や、家が、倒れるか?」


 8月でしょ。台風でしょ。ついさっきまではそう思っていたけれど、まさかこれも地震だというの? 当時、地震(なゑ)はすべて(まつりごと)の所為とされ、大きな地震があるたびに天皇は自責の(みことのり)を出していた。もしかして……、


「……アンタらの時代でもよくやってるだろ? 文書(もんじょ)の改ざんとか、不都合な真実の隠蔽とか、な。で、一番事情知ってる下っ端が真っ先に切られるって寸法だよ」

「でも、そんなことをしても実際の地震の被害を覆い隠せるわけでは……」

「簡単なことだよ。アンタらの時代と違って、俺たちの時分は隣の村のことだってロクに知らねえで生きてる。文字の読み書きできる奴だって少ねえ。諸国に使いを()って、被害の全体像を把握できるのはホンの一握りの官職だけ、ってわけさ。な、簡単だろ?」

「……あなたは、その?」

「こう見えて中務省の優秀な官僚だったんだぜ、この俺も。幾日も船みてえに揺れ続ける五畿七道に早馬走らせて被害調べて、陰陽寮の奴らと幾晩も徹夜して、奏書まとめていった。あれは、とんでもねえなゑだったな……」


 京のあらゆる建物を打ち倒した龍は余勢をかって畿内を抜け、淡路島の南端を喰いちぎり、阿波と伊予を引き裂き、豊後に爪をたてようやく収まった。地は割れ、山は裂け、海は泡立ち、いたる所に龍脈が現れたという。


「だがな、あれはまだ子供の龍だったんだ……」

「こども!?」

図書寮(ずしょりょう)の奴らに言わせりゃ、蔵の奥の古文書にごまんと書かれたごくありれた龍なんだとか。だから胸ぐら掴んで言ってやったんだよ、知ってんならなんで黙ってた!? それからオトナの龍ってのはどんな奴なんだよ!? って」


 中国の律令制に倣って構築された日本中世の中央官制は、現代の霞が関にも似た縦割りの官僚組織であり、全国から極めて優秀な人材を集めていた一方、横方向の繋がりを欠き、柔軟性や即応性に乏しい、上意下達の硬直化した集団だったという。そんな彼らも、一度天災が起きれば、勅命の下、全ての能力を発揮して対応にあたる、プロの職能集団としての義務と責任を併せ持っていた。ただ、言い換えれば、勅命がなければ、自らの意思で動くことは決してなく、勅命が別のモノであれば、それに従う、ということになる。


「帝のヤツは完全にビビったのさ……」


 男は続けた。被害の全容が明らかになりかけたそのとき、此度のなゑに関わるすべての官僚が集められ、投獄された。罪状は「虚偽に満ち溢れた奏上により帝の身辺を騒がせ奉り、誇大に水増しされた被害報告を以って帝の権威を失墜せしめ、ひいては帝位の簒奪を目論むという、不逞極まりなき内乱の罪」。近衛の兵に引っ立てられ、獄舎へと連れていかれる男たちを、図書寮の官僚たちが遠巻きに眺めていた。


「奴らはこうなると分かっていたんだ。だから黙っていた」

「……それであなた達はどうなったの?」

「獄舎に繋がれて、帝が亡くなって、そのまま忘れ去られてこのザマだよ」


 1300年以上も、こんな薄暗いところで? いやぁ平安無理だわ。


「……ねぇ、何故あなただけ残ったの?」

「あ? うん、そりゃアレだよ。オトナの龍ってヤツが気になってな」

「そうそう、ソレってどんな龍なの?」

「図書の奴らが言うには……」


 こんな薄暗い牢屋になんで風が吹き抜けるんだろう? 男の無造作な髪がまくれあがり、あどけない顔立ちが束の間のぞいた。なによ、まだ子供じゃないの!?


「話せてよかったよ! またな!!」


 そういえば当時の大学寮って10歳くらいで入れたんだっけ? 優秀過ぎて飛び級任官した挙げ句に未成年で投獄とか、やっぱり平安時代マジ無理だわぁ……。

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