第二十七話
“……原子力規制庁によりますと、今回の若狭湾を震源とする地震において、稼働中の関西電力大飯原発ならびに美浜原発、ほか福井県に立地する全ての原発で異常は確認されていない、とのことで……”
まぁ、震度5強で壊れるようじゃいろいろとマズいわよね。テレビは敦賀湾に押し寄せる津波や、割れた窓ガラスの散乱する敦賀市役所の様子などを映している。地震発生から30分。次第に明らかになる被害の全容と観測された地震波形を見る限りでは典型的な浅活断層の直下型地震ってトコね。次に動くのは数千年後、もしかすると数万年後なんてレアキャラが無数に眠るこの国にとっては、しごくありふれたイベントなのだろうけれど、そんなトコに数万年オーダーで遺る行き場のない汚染物質を抱えた施設を50基以上作るとか、門外漢の私から見ても異常だわ。
横では稔くんが一生懸命AI弄ってる。あまりにもあり得ない数値が出たんでさすがに自信がなくなって最初から全部検証しなおすとか言ってるけれど……、
「……長野くん、これはまた懐かしい資料を引っ張り出してきたなぁ」
いつの間にか後ろに吉田所長が立っている。確か朝一で京都駅に東大チーム迎えに行くとか仰ってませんでした?
「先程の地震で新幹線が止まってしまってね、松田君に任せて一旦戻ってきたんだ。にしてもこれ近畿トライアングルだろ? 私が学生の頃の学説じゃないかね?」
稔くんの作業している端末の画面には、近畿地方の地下に想定される安定地塊が表示され、その周囲に既知の断層帯がプロットされている。言われてみればそう、三角形かもね。
「なんですか? その近畿トライアングルって?」
「……なんだ、知らんのかね? 60年代に提唱された近畿地溝帯説だよ。当時は東海地震が切迫しているというので国の予算が全てそちらに行ってしまっていてね、関西でも何かないのか? というので捏造、といえば聞こえは悪いが、実質的にはそれに近い学説を出して、どうにか気象庁の気を引こうとしていたのだよ」
「……そんなことがあったんですか?」
「当時は東海地震と名が付けば簡単に予算を引っ張れたものだ。反対にそれ以外の地域の地震など誰も関心を持たなかった。阪神淡路大震災までは関西で大きな地震が起きることなど想像もしていなかったのだよ、官僚は」
「東海地震ってなんか懐かしい言葉ですね」
「今となっては懐かしい、か。いずれ南海トラフもそうなるのかも知れない。この国の地震学はどうしても一つの言葉に縛られがちなのかも知れんな……」
「……その近畿トライアングルとはどういうものだったんですか?」
「紀伊半島の中央部を底辺、淡路島から若狭湾までと、敦賀湾から伊勢湾に至るラインを斜辺とした大きな三角地帯が時計回りに運動する、などという荒唐無稽な学説だよ。この地帯の岩石の組成や断層の走行方向が周囲の山岳帯とあまりに違うことがその論拠だったのだが……」
「……敦賀湾から伊勢湾って、若狭から三河までってコトですよね」
「まぁそう言えなくもないが……」
「天正の地震の震源ってもしかしてコレなんじゃない?」
「なんだよ? また古地震か?」
天正13年11月29日(西暦1586年1月18日)深夜。日本中部を襲った巨大地震の様相は、時代が戦国の乱世であったこともあり、極めて断片的で乏しい史料しか残されていない。飛騨では帰雲城が帰雲山の山腹崩壊に巻き込まれ、城主内ヶ島氏理以下一族全員が行方不明、美濃では集落が一瞬にして大池と化すなど、各地で甚大な被害が出ていたものの、その最大の謎は若狭・三河両湾に残された大津波の記録であった。
陸域を震源とする地震であるのに、太平洋側と日本海側の双方で津波による被害が発生し、本州全域におよぶ様々な被災状況と併せ、後世の地震学者たちの評価の分かれるところとなった。
5つ以上の震源域が想定され、複数の地震が連続して起きたものなのか、一つの大きな地震によるものなのかも定かではなかったが、全体の被災範囲としては1891年の濃尾地震を上回る巨大地震であったとされている。
「このトライアングルで言うところの北東側の斜辺に属する断層帯すべてが一挙に動いたのが天正地震だとすれば、日本海と太平洋の両側で津波が起きたことの説明にはなるわよね」
「……すると次は北西側のライン、つまり若狭湾から琵琶湖西岸、京都・奈良を通って金剛山地へ抜ける線上の断層帯が動いて釣り合いを取る、ということになる、のか?」
「そんなコトになったら大変よ。当時と違って今はそのライン上に何百万という人間が暮らしている上に、原発が20基近くあるのよ」
「君たち、こんな何年も前に提唱された学説をもとに何を……」
「所長。まず私達はこの学説を知りません。そしてこの地殻モデルも既に起きた地学イベントを再構成し、足りない部分をAIで補いながら演算しただけのものです。そうして辿り着いた結論に史実が合致するのであれば……」
「仮にそうであったとしても、琵琶湖から金剛山地へ抜けるような大断層などこれまで確認されたこともないが……」
「……確認したこともない、ですよね」
「……ほんとにやんのか? 今夜」
「……まぁ、私が許可した、とは言えんが」
「……何怖気づいてんですか? 今更」
センター内をうろついておおかた全員が貧乏人であることを確認してきた佳子さんが戻ってくる。眉間にシワを寄せながら話し込む三人組の異様な気配に気付いたよう。
「……ちょっと、皆なにを考えてるのよ?」
ちょうどよかった。
「佳子さん、ちょっと暗峠、行きませんか?」
「へ? いつ??」
さすが元サークル長。何で? とか聞かないあたりがステキよね。




