第二十二話
「後藤先生、また吉田の先生方が来ました……」
守衛さんからの構内電話を受けた防災工学専攻の博士後期課程生が申し訳なさそうに声をかけてくる。
「まったく諦めの悪い奴らだ。しかもこの忙しい時にまったく……」
「私、ここにいないコトにしといてください! マジ面倒くさいんですあのヒトたち!!」
「お前、ほんとに何してたんだよ? 考古学で……」
2階入り口の安普請ドアが勢い良く開き、健康的に日焼けした筋肉質な中年男が入ってくる。辺り構わぬ胴間声がただでさえ騒々しいセンター中に響き渡る。
「おぉ! 大和くん! ようやく会えた!! こんな無駄飯ぐらいの連中と一緒にいて風邪でもひいていないかね!?」
「……早乙女先生、お久しぶりです」
「まったく久しぶりだなぁ! あぁ、そういえば君の卒論、あれそのままウチの紀要に載せることになったからな。まったく学士が書いたとは思えない立派なモノだった……。どうだい? たまには吉田に遊びに来ないかね? 学生にきちんと翻刻を教えられる人材が欲しい。非常勤講師、いや、なんなら常勤扱いで……」
「先生、声が大きいです……」
センター中の視線が早乙女……いや、その背後の人物に集まる。声ばかりか図体まで大きな早乙女の後ろから、ひょいと顔を覗かせいたずらっぽく笑いかけてくる。
「久しぶりね。稔」
鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をする稔くん。でも撃ったヒトは鳩というよりはスナイパーみたいな雰囲気の女だった。色白の小顔にきっちりメイク。毛先にゆるくパーマのかかったショートボブ。ネイビーのテーラードジャケット&クロップドパンツでインスタ映え完璧な夏コーデ。如何にも仕事できる系な感じのお姉さん。
「あぁ、忘れてた……こちら早稲田大学考古学研究室の米澤佳子さん。昨日ここの長野くんから送られてきた和算の古文書、ウチではワケがわからないので考古学学会のサイトで照会したら、この米澤さんから連絡があって、朝一の新幹線でお越し頂いたというわけ、だが……なんだ、君たちは知り合いなのか?」
「まぁそんなとこね」
「……」
ナニよ。この昔付き合ってたヒトとの突然の再会みたいな展開。っていうかまさかこのヒトが同棲してた相手とかいうワケ??
「……あぁ」
「ホント変わってないわね、稔」
「お前こそ……っていうか老けたな」
「……せめて、大人になったな、とか言えないの? まったく」
「いきなり来てそれかよ!? だいたいからしてお前……」
すいません。どーでもいいんで話、先に進めて頂けませんか? お二人とも。
「……拝見したあの和算、いえ、算道の文書は、おそらく奈良時代の大学寮で研究されていた非常に高度な数理モデルと思われます。さまざまな条件を移入できる多項式のようなモデリングになっていて、数百年以上の長いスパンのイベントをチャートできるようになっているようです」
「それって……」
「たぶん古代の地震予知プログラミングってところね。ただ、扱っている数理モデルが複雑過ぎて、これ以上のことは……」
「……現代の数理モデルへ置き換えることができれば、あとは私がなんとかできる、と思うが」
あぁ、そういえば後藤先生、数値解析が専攻だったっけ? ただのコンピュータ担当ってワケじゃなかったのね(←仮にも助教をつかまえてなんだその言いぐさは? 大和くん!)。
「で、この文書と数式を解析して、最終的に何を見出そうとしているの?」
「かつて起きたかもしれない、そしてこれから起きるかもしれない奈良の巨大地震の規模と時期を見出そうとしている、のだと思います」
「奈良の、巨大地震??」
「えぇ」
私は10分かけて佳子さんに説明した。早乙女先生も聞いてくれた。いつの間にかセンターの皆が集まっていた。
「……大和くん、君そんなスゴいことをやろうとしていたのか?」
「というか、そんな巨大地震。本当に起きたらとんでもないことになるぞ」
「いまはあらゆるリソースが南海トラフ地震に振り向けられている。内陸部の巨大地震などノーマークもいいところだ」
「……たしかに現状あらゆる観測拠点のデータが平常値を逸脱している。だがそれほどの巨大地震、どのようなメカニズムで起きるというのだ?」
「濃尾地震を忘れたわけではあるまい。内陸部でM8.0を記録したあの地震が起きたのはたった120年前の話だ。未だに余震の続くあの地震のメカニズムすら我々は把握しきれてはいないのだぞ……」
吉田肇特任教授センター所長その人がドアから顔を覗かせる。
「気象庁から機動観測班が来る。東大の地震予知研からも1チーム。これまでの地震の南海トラフへの影響を調査・評価することになる。忙しくなるぞ! これまでの観測データをすぐに提供できるよう共通フォーマットにまとめておいてくれ。場合によってはウチの観測所を先方のネットワークにリンクさせることになるかも知れん。それから東大チームの宿の手配と……」
「所長。お話が……」
と、副所長の松田重幸教授が声をかけ、廊下へと戻ってゆく二人。数刻後、所長室。
「……なんだそれは。そんな話、私は聞いていないぞ!」
「自分も先刻初めて聞いたばかりです。しかし実際のところその蓋然性は高いものと。観測数値の異常がそれを裏付けています。確かに気象庁や東大への対応も大事ですが……」
「いや、そうではない。……そういうことなら、私にも考えがあるのだ」
吉田はにやりと笑みを浮かべ、続ける。
「せっかくお越し頂くのだから、一仕事して頂こうと思って、な」




