36話 中央執行所
「ラース街外部から来た者が、この街に入る方法は2つあります。街の正門を潜るか、転移回廊から転移されるかです。それ以外の方法で、この街には入ることは出来ません」
「・・・」
「空からの進入は結界が張ってありますし、穴を掘って地下から進入しようとしても、岩盤の硬度を上げてありますから不可能です。逆に言うと、これは正門と転移回廊を使わない限りこの街からは出られないと言うことでもあります」
「・・・」
「この2つの出入り口についても、悪魔達の目が行き届いています。貴方がこの街から逃げることは出来ません。いいですね?」
ララから急に、そんなことを言われた。
転移回廊といい今といい・・・
必要以上に警告している気がする。
だが、逃げるなと警告する割には俺の体は自由だ。
言動と行動が噛み合ってない。
そんなことを考える俺の目の前には、大きくて頑丈そうな門がある。
鉄柵を構成する鉄棒の1本1本に、細かい模様が書かれた美しい門だった。
森や自宅で見た、転移の陣に使われていたものと同じ模様だな。
恐らく、認定書で書いてあった能力の負担を軽減する陣なんだろうなとは思う。
教えられた訳じゃないから、いまいち確信が持てないが。
悪魔の行き交う大通りを超え、住宅街も超え、ある一定の距離を歩くと、建物が一変しだすからだ。
そこからは、何も建物が建っていない土地が増え、小さい要塞のような砦が目立ち始めた。
砦がまばらに建った土地を進んで行くと、この光景に出くわした訳だ。
恐らく位置的には、街の中央辺りだと思う。
俺が鉄柵の模様に見とれられていると、ララがさらに前へ行って、鉄柵の傍にいた悪魔2人に声をかける。
「魔王様の命で、人間を連れて来た」
「通達はこちらの方にも届いています。只今、開錠しますので」
そう言って、悪魔2人の内の1人は鉄柵の向こうにいる悪魔に声をかける。
俺やマリアさんの時とは違って丁寧な言葉ではない。
2人の悪魔の服装は、いわゆる雑兵の着るような鎧だった。
頑丈そうではあるが、ララの着用している鎧には及ばない。
ララが着ている鎧は特別な感じが何となくするのに対して、2人の鎧は普通っぽい。
だが、鉄柵の前を常駐していると言うことは、それなりに戦闘もこなせると言うことだろう。
なのにララとは差のあるこの装備。
彼女は相当の腕利き者なんだろう。
その腕利き者が俺を拘束するために、わざわざ転移回廊まで来るということ。
それはどういうことか・・・
キィ、と綺麗な模様が描かれた鉄柵が音を立てながら開きだす。
俺はついに来たのだ。
魔王のいる、中央執行所に。
俺はララに付いて行って鉄柵を潜る。
そこからさらに景色は一変した。
そこは一面花畑だった。
赤色の花。
一見毒々しい見た目だが、悪い印象は持たない不思議な花。
木や他の植物は見受けられない。
そして、花畑の先にある巨大な城。
中央執行所。
不思議な風景だな、と俺は思った。
俺は芸術的なセンスがどうだのというのはよく分からない。
だが、俺はこの風景を綺麗だと純粋に感じる。
ララは黙ったまま、先へどんどん歩いていく。
見てて分かったのだが、コイツは黙る時と話す時、動く時と静止する時の状態がはっきりしている。
静と動が分かりやすいのだ。
こういうタイプは、親しい者との交友以外はあまり自分からは接触しない。
遊びがどうしても足りなくなるタイプとでも言えばいいのだろうか?
仕事に対してストイックと言うか、何と言うか・・・
もし、そんな彼女の上司である魔王の居城で、俺が変なことをしたらどうなるかは大体想像が付く。
周りをキョロキョロしながら歩いているのを見られたら、一層警戒心を増してくるだろう。
俺は悟られないように、慎重に目だけを動かし周りを確認する。
俺が見た感じは、中世から現代まで残った古い印象が全体に感じられる巨大な城だ。
いわゆる古城と言うやつだな。
その古城は、中ぐらいの高さからは塔のような形にいくつか分かれているようだ。
その中でも1番高い箇所。
そこには、相変わらず強く輝く物体があった。
この距離からならよく分かる。
石だ。
宝石と言ってもいいかもしれない。
ダイヤモンドのような巨大な石が、城の1番頂上で光を放っていた。
遠くで見えた光の正体はこれだったのか。
そう言えば、転移回廊の通路にも小さいが、同じような光る石があったな。
それと同じような物だろうか。
そしてふと思い出す。
地獄に来た最初のシーン。
空中ダイビングを。
俺が落下するポイントを選別している途中に見たあの光。
・・・なるほど。
俺のあの時の判断は正しかった訳だ。
もし、山の方に行っていたら魔物か何かに襲われていただろうし、ここは悪魔達の住む街だ。
光のある所に人家ありという俺の予想は、あの状況にしてはなかなかの判断だったというのが、今分かった。
結局、その街の住人である悪魔にこうやって連行されている訳だけども。
さて、城の入り口までやって来た。
入り口には巨大な扉があり、また警備兵らしい悪魔がそこに2人立っていた。
また、扉の付近だけでなく、周りを見てみると、そこかしこに同じような格好をした悪魔が多数まばらに歩いている。
・・・かなり厳重な警備だな。
思ったのだが、この悪魔の社会に警備なんてものが必要なのだろうか。
だって平和なんだろ?この世界は。
悪魔同士の衝突や、争い、個人による犯罪が殆ど無いのだから。
それでは、一体何から悪魔達は警備しているのだろうか?
・・・魔物の襲撃?
魔物からこの城を守っている?
でも、魔物はこの街に入れないようになってるとか言ってたしなぁ・・・
いやいや、転移回廊には現れてたじゃないか。
巨大な黒い闘牛が。
しかし、よく思い出してみると、ララは魔物を見て以外そうな顔をしていたような気がする。
しかも街中なのに・・・とか言ってた気もするし・・・
・・・分からないな。
何か、俺の知らない事情でもあるのだろうか?
俺達は扉の前まで歩いていく。
すると、今度は挨拶することも無く、目を合わせただけで悪魔2人は扉を開錠した。
重々しい扉のその先を俺は見る。
長い長い廊下が続いていた。
廊下には高級そうな風景画が飾られていて、いかにも貴族が住んでいそうな豪華な内装だった。
廊下の途中にはいくつかの分かれ道があり、中の構造がそれなりに難しくなっているが分かる。
来た道、戻る道ぐらいは覚えておくか。
普段あまり回ってくれない頭をフル回転させながら、俺はララに付いて行く。
廊下には絵画の他にも、悪魔の姿を模した彫刻や、装飾用と思われる武器の数々、そして極めつけには巨大な何かの化石まで置かれていた。
骨格からして現世にいるような生物ではないことが分かる。
何だこりゃ。
ここは美術館か何かかよ。
中央執行所なんて硬い名前が付いていたから、もっと違ったイメージをしていたのに・・・
ララはと言うと、そんな物などもう見飽きている、と言いたそうな顔をしてどんどん前へ進んでいく。
流石は魔王の部下と言ったところで、複雑な道に対しても一切迷うことは無かった。
初見の俺はもちろん違う。
まだ先にある道は幾多にも分かれており、殆ど覚え切れそうも無い・・・
まあ、覚えたところでどうにかなることの方が確率的には低い訳だが。
そうして5分程、道を曲がったり階段を上がったりしながら先へ進んで行くと、行き止まりに突き当たった。
廊下を進んで行く途中に見た扉よりも一層大きな扉だ。
多分・・・魔王だろう。
かなり道中複雑だったので、あまり道順は覚えられなかった。
無駄な努力だったか。
まあ・・・ついに来たか。
拘束されながらと言う形ではあるが、一応目的地までは到着した。
さあ、次だ。
俺は何のためにここまで来ようとした?
門の場所を教えてもらうためだ。
だが・・・
俺は本当に門の場所を教えてもらえるのだろうか。
俺の今の立場は考える限り、良くないだろう。
相手から一方的に何かを要求されるだけの可能性もある。
俺にリターンが果たして返ってくるだろうか?
それはきっと、何のために俺をこんな状態にしたのかにもよる。
相手が俺をどうしたいかによって、俺は回答を得られるか得られないかが決まるのだろう。
つまり、全ては相手次第だ。
・・・結局のところは。
「ララ・シーメール、只今人間を連れて帰還致しました」
ララは扉の前で声をあげる。
綺麗な声ではあるのだが、軍隊で出すような粗暴な声の性質も混ざっている。
大声の後の静寂は、ちょっとギャップが酷くて落ち着かない。
そわそわしてしまう。
俺がそんなどうでもいいことを思っていた、その時。
扉が開いた。
魔王の部屋の扉が。
スティーラが現れたドアの時の様な、恐怖による緊張は不思議と感じていない。
異常な状況に慣れてしまったためだろうか?
人間の慣れってのは目を見張るものがある。
こうやって俺も、地獄の環境に順応していくのだろうか?
ララは、部屋に堂々と入って行く。
俺もそれに続いた。
拘束されている状態だからでは無く、自分の意思で。
・・・自分のために。




