37話 魔王サタン
大きい室内だった。
両サイドの壁には、建物を支えるためではなく、装飾のための柱がいくつも並んでいる。
そしてその室内の奥には、横に大きい机と、巨大な窓ガラスがある。
上を見てみると、部屋の中央に光が差し込むように、天井にガラスが張られていた。
重役の部屋にしては、無警戒な部屋だと俺は何となく思った。
「よく来たな」
少女のような声が、室内に響く。
その声が幼いと言いたい訳では無い。
むしろ脳の奥までしっかり届く、威厳のある声だ。
カリスマ性があることを伺わせる、他者をを誘導出来る類のもの。
現世にも少数ながら、こういった特別な資質を持つ者は存在している。
先天的な才能から創造、創出された声だ。
この声の主は、続けて口を開く。
「ララもご苦労だったな」
労いの言葉を聞いて、黙ったまま胸に手を付いてお辞儀をするララ。
彼女の対応に満足したのか、言葉をそれだけ放って俺に目を向ける。
「はじめまして、人間よ」
「・・・はじめまして、魔王さん」
俺は街にいる間の時間、保っていた沈黙の態度を自ら破る。
本来なら黙ったままの俺も、コイツと話すならばそうはいかないだろう。
なんせ、魔王だからな。
俺が現在、1番話したかった相手。
お互いの立場を初めから分かっているから、長ったらしい挨拶もいらない。
魔王・・・威厳のある雰囲気も納得の立場だ。
見た目はララか、それ以上に小さい身長。
顔つきも幼い。
なのに。
なのにだ・・・
偉大なオーラとでも言うのだろうか?
そんなものを、その小さな体に纏っている気がした。
今まで出会った悪魔達は、みんなギャップがあって戸惑うことも少なからずあったが、今回の悪魔は少し異質だ。
魔王の放っているカリスマ的な雰囲気を、言葉で詳細に表現することは出来ないだろう。
こんなもの、実際に会わなきゃ分からんからだ。
「ララ、お前は元の職務に戻れ」
「はっ!」
勢い良くそう言って、彼女は部屋を後にする。
パタンと、ララのドアを閉める音が聞こえた。
これで1対1のタイマン。
俺と魔王の2人きりだ。
「・・・さて、人間よ。何故ここにお前が来ようとしていたのか、私は大体検討が付いている。だが、お前は何故ここに連れて来られたのかは分からないだろう」
「ええ、そうですね」
いきなり俺に、しかも普通に話しかける魔王。
やっぱりコイツは俺の知っていることと、知りたいことを全部知っているように思える。
全ての意味において、俺を見下ろす立ち位置にいるのだろう。
「さっきの様子だと、ララのことをあまりよく思っていないようだな」
「俺を拘束したような奴に、好意の感情を抱けと言われても、無理です」
「それもそうだが、しかし乱暴な扱いはされてないだろう?」
ララは俺の意思を全く聞く態度をとらなかったが、確かにそうだ。
拘束とか言っておきながら、あまりそれらしいことはしていない。
行動的な制限については、その限りではなかったが。
「ララは私の部下の中でも、気性が激しくない者の1人だからな。他の者ではもっと酷いことをされていたかもしれないぞ?」
「酷い?」
「例えば・・・両足を切って、無理矢理ここへ連れてきたりとかな」
「・・・そんな野蛮なんですか、悪魔は」
「いや、私の部下に限ってはだよ。王立騎士団と言ってな、元々クセのある連中だったから、何かをやらかす前に私がここに引き入れたんだよ。だから粗暴な者も多い」
・・・ララもその1人なのだろう。
騎士の格好をしていたし。
まあ、魔王はそれなりに俺を扱う気があるらしい。
俺を拘束したという時点で、そんなものは微塵の欠片も無いと思われるのが普通だが。
「王立騎士団のララにお前を拘束させて、ここへ連れてきたのにはそれなりの理由がある」
「・・・どんな」
「まず、私から聞いておきたい」
・・・質問を質問で返すのか。
まあいいが。
「検討は付いているが、再度私の方からも耳に入れておきたい。お前は何のためにここへ来た?」
「・・・門へ行くために」
「では、何のために門へ行くのだ?」
また質問か。
何を確認したいのだろうか?
俺は疑問に思いながら質問に答える。
「地獄から天国へ行くため」
「何故、天国へ行く?」
「ここにいると、化け物に食われてしまうと天使から聞いたからです」
「・・・天使か」
魔王は天使と聞いた瞬間、いきなり怪訝な顔をした。
「お前は天使について、何か知っていることがあるか?」
「・・・何も」
「なのに、天使を信用してそんなことをしようとしているのか」
「別に信用しているわけじゃありません。天使と出会った時は、他にそうする以外に選択肢が無かったからです」
「ふむ・・・」
魔王は聞きたいことを聞くと、何かを理解したかのように表情を緩ませる。
魔王の考えていることが俺には理解出来ていない。
本当に何なんだ。
「天使は世界の言いなりだ。信用すればいいように利用されるだけだ。まずはそれを理解しろ」
「・・・言いたいことがよく分かりませんが・・・信用出来ないのは、悪魔側も同じです」
「お前からしてみればそうだろうな」
「・・・そうです」
「天使は我々の認識している、概念種の延長線上に存在している者達だ。世界の僕なんだよ」
「・・・」
いきなり何を言っているんだ?
俺にも理解出来るように言わなきゃ、会話が成立しないぞ。
「光について、お前は誰かから聞いたか」
「・・・転移の時に、光と言う単語を聞いたことがあるくらいです」
「そうか・・・なら、少し教えておいてやる」
魔王が俺に教えてくれるらしい。
まあ、話半分に聞いておこう。
嘘の可能性も、この状況では考慮しなければいけないからだ。
これは悪魔同士の会話じゃない。
悪魔と人間の会話だからな。
「光は世界を構築した、4つの者の内の1つだ。だから、お前が天国へ行く為に必要な門を潜る時も、光がお前を運ぶことになる。転移の時の光もまた同じだ」
「転移の時も?」
「そう、お前はこの世界間、つまり地獄だけではあるが、光によって移動したことになる」
そうだったのか。
転移の時は、光に包まれたと思ったら次の瞬間はもう他の景色に移っているから、そんなことは知らなかった。
だから、転移の時に光と言う単語が出てきていたのか?
「光はいくつかの役割を持っている。その1つが世界を繋ぎ、魂をこちらの世界に運ぶことだ。だが、光は召還しなければこちらに来てはくれない。その為に使うのが、転移の陣なのだ」
召還・・・
光を召還して、転移してたってことか。
なるほどと一応納得しておく。
「お前が世界を渡るために必要な門は、世界を渡るための転移の陣、そして転移のドミナス級チャントが描かれた、地獄に残されている最後の物体だ。天使は光の得た情報を共有出来るから、この門についての情報を知っていてもおかしくは無い。」
「・・・転移については分かりましたけど、俺は別にそれを聞きたい訳じゃありません」
俺が聞きたいのは、その世界を渡る転移の陣が描かれているって言う門の場所だ。
それさえ分かれば、後は別にいいのだ。
「まあ待て、急かすな。言いたいことはまだある。お前は門に行く理由を、化け物に食われるからだと言ったな」
「ええ」
「その化け物が何者かは分かるか?」
「分からないです」
詳しくは俺も知らない。
映画館では、スティーラは教えてくれなかったからだ。
言えませんを連呼しながら。
あの時はイジワル天使め、と呑気に考えてはいたが・・・
「その化け物とは、魔物のことだ」
「魔物・・・ですか」
「そう、魔物だ。お前、地獄に来てから魔物に何回出会った?」
確か・・・森の時と、今日の転移回廊の時・・・だったはずだ。
「2回です。闇の器の捕食者と、突貫者」
「・・・ブラックイーターを退けたのか。誰に助けられたんだ?」
「ダゴラスさんって悪魔に助けられました」
実際に倒したのは俺ではあるが。
「おお!ダゴラスか!あいつは強いからなぁ。そうかそうか」
何故か魔王が嬉しそうだった。
ダゴラスさんのことも知っているみたいだ。
「知り合いですか?」
「ああ、ダゴラスは私の元部下だよ。元王立騎士団、第3隊長だった男だ。鬼神の如き強い男だった・・・」
懐かしむように魔王は語る。
ダゴラスさん、魔王の元部下だったのか。
ってことは、転職かなんかで狩人になったってことか?
「今は現役を退いているが・・・その男に助けられたのは幸運だったな、人間。ましてや相手は強い魔物じゃないか。そこらの魔物ならまだしも、生きては戻れなかったかもしれないぞ」
魔王はこう言っているが、あの魔物を倒したのは結局は俺だ。
ダゴラスさんはあの時、ブラックイーターに負けてしまった。
・・・・よく分からないが、この魔王は自分の元部下の力量を過信しているんじゃなかろうか?
「でだ、話を戻すが、お前が2回出会った魔物、何故お前の前に現れたと思う?」
「・・・俺を食いに来た・・・からですか」
「そうだ」
・・・俺が魔物と出会ったのは、多分偶然ではない。
魔物が狙って俺の所まで来たのだろう。
魔王の話からそう推測することは、そんなに難しいことじゃない。
「俺に魔物が付きまとってくる理由って・・・」
「力を手に入れたいんだよ」
力?
俺に何の力があるって言うんだ。
「前の人間の時もそうだった。魔物は別の世界の存在を食うことで、従来よりも生物としての格を大幅に上げることが出来る。そうして格を上げ、器の穢れきった魔物を、私達は邪悪種と呼んでいるが、お前はその魔物達にとって、さらに存在の格を上げる為の鍵のような存在だ。まあ、魔物が現世に行こうとする1つの理由でもあるな」
「だから、俺を狙うんですか」
「そう。そして私がお前をここ、中央執行所に呼んだ理由でもある」
「・・・」
「さて、話の肝だ。よく聞け」
一層声を室内に響かせて魔王は俺に言う。
極めて真剣な顔だ。
「お前はこの世界にとって、極めてイレギュラーな存在だ。この世界は、長らく大きな争いとは無縁である程、非常に良く安定している。だから、お前が来たことによってこの世界のバランスを崩したくはないのだ。」
それって・・・
「お前が転移回廊に来た時、魔物に襲われたということは報告で聞いている。魔物は通常あのような場所で遭遇したりするものではない。あれは、この地獄において力のある悪魔がお前を狙ってけしかけた魔物だ。お前と言う存在は、悪魔側から見ても、利用価値があると言うことだ」
利用価値。
俺が襲われる理由。
だが・・・
「そんなことを言われても・・・」
「困るだろう?だが、現にお前を狙って自然界に生息している魔物や、強大な力を持った悪魔達が動き出している。お前は知らないだろうが、今現在も、地獄の均衡が崩れかかっているところだ。別世界の出身が今、地獄にいるからだ。・・・分かるか?」
「だから・・・だから俺を、ここへ連れて来たんですか」
「連れて来て話すだけではない。お前をここへ軟禁するためだ」
軟禁。
俺が想像していた最悪の予想よりはマシだが、こんなところに閉じ込められるのか、俺は。
もちろん答えは決まっている。
だが・・・
「警告しておこう。抵抗した場合は殺す。逃げても、戦っても、隠れても、潜んでも、立て篭もっても、何をしてもお前を殺す。絶対にな」
「・・・俺は何も悪いことはしてません」
「お前が悪いことをした、していないを問題点として語っている訳では無いのだよ。お前の存在が私達、悪魔にとっての害悪なのだ。だからこうしているのだ」
この通り、俺の存在自体を否定する始末だ。
交渉の余地は無いだろう。
ララのように、何を言っても最終的にすることは決まっている。
俺を殺すか、閉じ込めるかだ。
「お前をこの地獄に連れて来たのは天使だ。天使は、この地獄について理解しているはずだ。」
「・・・天使が?」
スティーラの顔が思い浮かぶ。
彼女が・・・嘘を?
「天使という種族はな、稀にこの世界へ間接的に干渉して来るのだ。世界最初の時代からのルールで、異世界への干渉は世界に繋がった4つの意思と転生してくる魂のみと決まっているのだ。なのに、天使はこうしてお前をここへ送った。だから天使は信用出来ない」
そうか・・・
だから魔王は、天使に対して否定的だったのか。
これじゃあ本当に、天使のスティーラが悪い奴で、俺は騙された奴みたいじゃないか。
あの輝かしい天使の後光に、俺は騙されてしまったってことなのか?
しかも、俺は騙されるしか選択肢が無いと言うこの状況。
泣きたくなってきたな、おい。
しかし、時は俺を待ってはくれない。
もちろん魔王も待ってはくれない。
時間とは不可逆的なもの。
残酷なもの。
さあ、どうする。
俺の選択肢は3つに1つ。
逃げるか、戦うか、要求に従うか。
逃げたらどうなるか。
恐らく俺は、悪魔から逃げ切れない。
・・・殺されるだろう。
戦ったらどうなるか。
考えるまでも無い。
殺されるだろう。
要求に従ったらどうなるか。
1番堅実的な選択肢だ。
とりあえず生き残れる。
だが、俺はいつまで閉じ込められてしまうのだろう・・・
「・・・俺をここに拘束するって、いつまでですか」
「もちろん一生だ」
背けたい現実。
選択とは、かくも過酷だ。
だが、俺は選び取らなければいけない。
「だが安心しろ。悪いようにはしない。閉じ込めるとはいえ、待遇は出来るだけ良くする。答えられる要求なら、なるべく答えるように努力しよう。それは約束出来る。」
甘美な誘惑を思わせる。
それは明らかに俺を誘っていた。
「だが、お前が抵抗するのなら、お前を殺すことを私は躊躇わない。ララの戦闘は見ただろう?雑魚の突貫者とはいえ、お前にはだいぶ脅威に感じただろうあの魔物を簡単に倒したんだ。そんな悪魔に抵抗出来るとは思うまい」
その通りだ。
悔しいが、全く持ってその通りだ。
もうどうしようもない。
そんな気がした。
抵抗出来ない。
逃げられない。
誰も助けてはくれない。
・・・何も出来ない。
「門の在り処も、教えてはくれなさそうですね」
「残念ながらな」
そうか。
だよな。
そうしたら俺はどうしたらいいんだろうか。
俺は・・・俺は・・・




