35話 ラース街
悪魔の街、ラース。
ここは、地獄の中でも特に繁栄した街として知られている。
この領地を支配する魔王が、精力的に民と関わり合い、街の発展に貢献してきたからだ。
現世とは違い、地獄では大規模な紛争などは起こっていない。
せいぜい一部の離反した強大な力を持つ悪魔と、魔王の勢力が争うくらいに留まっている。
それだって、ここ数百年間はまったく発生していないらしい。
争いたい欲望を持つ強大な力を持った悪魔は、現世へ行ってしまうのがこの地獄でのパターンだからだ。
いくら力が強くても、個人と魔王が争うなら、絶対と言っていい程魔王の側が勝ってしまうのがその原因だ。
何故か?
地獄にいる殆どの悪魔が魔王勢力と言ってもいいからだ。
だから必然的に地獄は平和になる。
と言うことを、俺がベットで安静にしている間、マリアさんに聞いたことがある。
実際にこの悪魔の街を見てみると、本当にその通りだと思った。
今、俺はララの後を付いていきながら、ラース街の大きい通りに来ているのだが、周囲には悪魔達が大勢で行き交っており、街の賑やかさというのが実感出来る。
男の悪魔、女の悪魔、背の小さい悪魔、背の大きい悪魔、ヒョロリとした悪魔、太っている悪魔など、色んな悪魔が店で商いを行い、また他の客である悪魔もその商品を吟味している様子が分かる。
まあ、そこは俺の想像していた通りだった訳だが、意外な点が1つあった。
肌の違いだ。
人間と同じように、黒人のような肌を持った悪魔がいたり、逆に白人のような肌を持った悪魔がいたりしたのだ。
もちろん、黄色い肌を持った悪魔もいる。
髪形も違えば髪の色も違い、クセ毛やストレートな髪型の違いもある。
みんな1人1人違いがある。
人間みたいに。
俺が垣間見たそこには、人間にはあって悪魔には無いものがある。
差別だ。
人間は肌の色で差別する。
人間は性別で差別する。
人間は髪の色で差別する。
人間は服装で差別する。
数えればきりが無い。
人間と言うのは、何でも差別したがる生き物だからだ。
自分は他の人よりも優れていたい。
肌の色でも、頭の優劣でも、障害の有無でも。
ただ、それだけのことを証明するために人を貶めてしまうのが人間だ。
悪魔の場合、優劣をつけるとしたら能力がそれに当てはまるだろう。
悪魔の社会の根幹にあるのが能力だからだ。
だが、能力による弊害すらもまた、能力で解決出来るのだ。
人間の知識は、更なる破壊と欲望を生む原因となることがしばしばあるが、悪魔の能力はそんな欲望を生むことを許さない力がある。
だから、街の悪魔達は同属から罪人が出てくる可能性を微塵も考えていない。
現世のように、法律なぞ要らない。
現世のように、憲法なぞ要らない。
現世のように、警察なぞ要らない。
そもそも、国と言う概念すらも必要無いのだ。
これらは、ダゴラスさんとマリアさんが、俺に家で語ってくれたことでもある。
今となっては、ダゴラスさん達がどこまで本当のことを言っていたのかは分からない。
だが、この地獄が平和だってことは確かなようだ。
俺がそう思う理由。
ラースの街の中で、俺が通り過ぎた悪魔達はみんな生き生きとしていたからだ。
普通街と言うのは表があり、裏がある。
一見裕福そうな街に見えても、ホームレスがいたるところに存在し、華やかな通りの裏で犯罪が行われていたりなどするものだ。
そしてそこには、暗い影を落とした者と言うのが必ず存在する。
だが、そんな雰囲気が全くと言っていい程この街からは感じられない。
実際に街の全てを見た訳では無いから、俺がこんなことを言うのは間違っているかもしれない・・・が、そう言うしかないぐらいこの街には裏が無い。
いや、厳密に言うなら表も裏も全て一緒なのだ。
人間のように隠すことや、隠せることなんて何も無いからだろう。
暗い顔や雰囲気をした者を、今のところ1人も見ていない。
人間の街にある華やかさと素朴さだけが印象として残る、清純な街だ。
それでいて、活気のある街。
そんな中、1人の人間は憂鬱そうな顔をし、1人の悪魔は笑顔を見せること無く硬い表情をしていた。
・・・俺とララだ。
ーーー
「街へ来るのが初めてのようですから、いくつか警告をしておきます」
「・・・」
「1つ、これから私と行くことになる街はラースと言いますが、そこは悪魔の人口が非常に多いです。特に、これから通る中央市場は。ですので、街にいる悪魔に紛れて逃げるようなことはしないでください。無駄ですから」
「・・・」
「2つ、ラース街で悪魔に対して、危害を加えようとしないでください。街にいる悪魔全員があなたを殺せる実力を有しています。それが例え、子供であろうとです」
さっきから、俺はララに対する返答をしていないのだが、勝手に話を進めてやがる。
まるで、俺の意思なんて初めから尊重されていないみたいだ。
・・・尊重はされていないか。
転移回廊に繋がる複数の通路の1つを、ララはまっすぐと進んで行く。
通路は窓が無く、日の光が入ってこない割りに暗くは無く、逆に明るかった。
別に火なんか灯っていないし、この地獄には現世にあるような機械がある訳でも無い。
それはダゴラスさん一家の家を見ているから、俺でも分かる。
じゃあ何故、窓も無いこの通路が明るいかと言うと、石が天井に組み込まれていて、その石が発光しているからだ。
蛍のような小さい光ではなく、電球のような強い光を保っている。
まるで現世の室内にいるような感覚。
そんな不思議な石が天井に組み込まれているおかげで、通行には支障が出ていない。
「以上、これらのことを破ろうものなら、状況に応じて私があなたに対して適切な対処をします」
適切な対処・・・ね。
ララは今丁寧に言ったが、相変わらず殺気が微妙に混じっている。
つまり・・・そういうことだろうな。
そんなララの小さい体を、ずっと追いながら歩いているのだが、違和感がある。
俺の姿をさっきから全然見ていないくせに、俺への警戒心が半端無いのだ。
コイツが俺を最初から信用していないのがよく分かる。
さっきから丁寧な言葉を使う辺り、かなり硬い性格なんだろうな。
そんな俺の感想を察すること無く、先へ進むララ。
悪魔は心を読むはずなのだが、いつまでその警戒を解かないのだろう?
・・・もしかして読めていないのか?
或いは読めてはいるが、読めていないふりをしているか。
普通の悪魔なら通じない嘘の芝居だって、人間である俺には通じてしまうのだし・・・
だが、俺はある時から他の存在の心境や、気配、視線などを感じ取る感覚が急に鋭くなった。
ダゴラスさんと森から生還し、ベットから目覚めた時だ。
目覚めた直後、ダゴラスさんの今まで分からなかった心の機微がかなり分かるようになったし、さっきの魔物や、今のララだってそうだ。
闇の器の捕食者の時と違って、今回の魔物が狙う対象が俺自身だとすぐに分かったし、ララの発する殺気や視線も感じ取れる。
前の俺だったら、全く感じ取れなかっただろう。
これらの変化の理由は、俺には分からない。
だが、俺とってこれは好都合なことだ。
悪魔の能力に対抗する術を持たない現在、第六感と言えばいいのだろうか・・・そんな感覚が俺を助けてくれるだろうから。
普通の人間が持っている五感では、悪魔の五感に勝る道理は無い。
悪魔にとって俺は敵なのか、味方なのか分からない今の状況で、何かの対抗策を実現出来るきっかけになるかもしれないこの感覚は、かなり重要になると俺は思う。
そんな思考を中断するかのように、明るかった通路から、それ以上に明るい光が先から見えてきた。
どうやら出口のようだ。
何だかガヤガヤと騒がしい音が聞こえてきた。
その音から判断するに、何かが歩いている音・・・雑踏だ。
かなり多い。
多分、街中に出るんだろうな。
ララの警告したことが俺の頭によぎる。
「出口です。ここから先は街の中央市場で悪魔も多いですが、逃げ出したり抵抗はしないように」
「・・・」
念を押すように、再度言うララ。
もし、俺の心を読んでいるなら抵抗したりしないことぐらい分かっているだろうに。
ダゴラスさん達の様な、一般の悪魔が俺を尊重して心を読まない、と言うのならまだ分かる。
だが、拘束する必要性がある相手にそんなことはしないだろう。
疑問は増すばかりだ・・・
だが、そんな思考を吹き飛ばす程の光景を、俺は光のその先を通り抜けて見てしまう。
いつも通り、地獄の空は夕焼けだ。
そんな地獄の黄昏に染まった白い建物が見える。
一軒家のような低い建物が、綺麗に等間隔で並んでいるのだ。
レンガで造られているようで、それがずっと見えなくなるまで続いている。
建物と建物の間をはしるその道もまた石材で作られており、しっかりと真っ直ぐに、そして広く平坦に長く伸びていた。
その道の先を俺は見てみる。
朧げながらも、遠くに城のような建物が見える。
城の1番天辺には、夕焼けの光景の中、もっと美しく輝く何かがあった。
遠すぎてよくは見えないが、何かがこの街を美しく輝かしている。
白いレンガの建物が、その光を若干反射させてキラキラ輝くその光景は、普通の人間に感動を与えることを容易にしてしまうだろう。
素直に俺はそう思った。
状況が状況だから、そこまで純粋にこの光景を見れはしなかったが、もっと別の形でこの街を見てみたかったとは思う。
ただの観光で来ていたのなら、どれだけ良かったことか。
さて。
周りを見てみると、悪魔達が道を歩きながら俺を見ている。
その美しい街を歩く住人達は、まるで珍しい動物が街に入り込んだかのような反応で俺を見ていたのだった。
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すれ違う悪魔達が、俺とララを交互に視認していく。
拘束されていると言う割りに、手枷も何も付けず、ただララの後ろを付いて歩くだけと言うこの俺の状態。
他の周りにいる悪魔達は、この状況をよく理解していないようだ。
加えて俺が人間であると言う点。
それらの要因が重なっているのか、悪意の無い純粋な視線がシャワーのように浴びせかけられた。
恐らく、純粋な好奇心からなんだろう。
野次馬みたいなものだろうな。
ララとやらよ・・・
俺達、こんなに注目してしまってもいいのか?
そんな疑問を心の中で思っても、ララはやっぱり反応しない。
それどころか、周囲の視線にも反応してないし。
だからどうという訳でもないが・・・
しかし、道を進むにつれて、いよいよ周りの悪魔の数が多くなってきた。
悪魔がスクランブル交差点で往来する人々のように行き交っている。
そして、その中央には大きい石像が置かれている。
像がある場所・・・と言うことは、中央市場の真ん中まで来たのか。
実は、俺が森から生還してベットで安静にしている時に、街の構造をマリアさんから聞いたことがあるので、大体街のどの辺りに来たのかの目星は付いている。
まず、そもそもこのラース街は上から見ると長方形の形をしていて、山に囲まれている。
山に囲まれていないのは街の入り口となる正面の正門だけで、後は崖のような斜面を持つ山々に守られている形になる。
地理的に魔物が地上から進入するのは不可能で、空から魔物が襲来しようとしても、最上級のチャントが付加された結界が街をスッポリと覆っているため、しっかりとした安全が確保されている。
周りが山々に囲まれているため、街の拡張は困難を極めると思いきや、そこでも能力が活用されている。
山の中を掘削して、洞窟を掘るのだ。
そうして出来た空間は転移をしたり、転移されてくる物資を保管する倉庫に使われたりする。
各々がその倉庫から狩られてきた食料やら、生活の備蓄やらを引っ張り出して、商売をしたりするのだ。
その商売が頻繁に行われている場所がここ、中央市場と言う訳だ。
中央市場は街の1番奥に位置していて、すぐ後ろの洞窟には転移回廊が、手前には大通りがある。
普通、大きい街と言うのは庶民の住む区画と、金持ちの住む区画で分かれていたりするものだが、別に住み分けがされている訳でもなく、住居は雑多に建っている。
やはり悪魔の住む地獄にも、金銭と言う物は存在して、金持ちでない者とそうである者に別れていたりはするのだが、それは悪魔がそれぞれ自分のペースで仕事をしているためであり、仕事は最低限のノルマを達成していれば問題は無いのだ。
なので、貧困な悪魔というのはこの地獄には殆どいない。
いるとしたら、自ら進んでそうなった変わり者の悪魔ぐらいだ。
人間にもいるよな、そういう奴。
これら悪魔の雑多な住居を抜けたその先が、いよいよ中央執行所だ。
中央市場で、俺が見たあの大きい城。
光る何かを頂きに付けた、この街で1番高い建物。
そこが魔王の居住している場所。
俺の目的地でもある。
当初とは全く違う予定で目的地に入る訳だが、本当にどうなるんだろうな。
不安な感情を押し殺す俺とは反対に、賑やかな街の雰囲気を肌で感じながら、俺は黙ってララの後を付いて行くのだった。




