29話 悪魔の生活21~知識付与~
4日目の深夜
「・・・つかれた」
思わず自の声が出る俺。
おっと、いけないな。
マリアさんが目の前にいるというのに。
「あらら、お疲れ様。相当疲れたみたいね」
「そんなに時間が経っていないのに、半日以上作業してたみたいでした・・・」
一歩もベットから動いていないのにこんなに疲れるなんて・・・
神経を使うという言葉の意味が、ちゃんと理解出来たような気がする。
いやあ、これで4時間の作業か。
濃密な4時間だったな。
俺とマリアさんは本の誤字脱字確認作業をたった今終わったところだ。
目に力を入れてたせいか、目がすごいショボショボする。
ドライアイというやつだろうか。
この作業を開始する直前。
俺は、認定書の誤字脱字確認作業に入ろうとしたのだが、まず本の内容を理解するべくマリアさんからテレパシーで文字を読めるようにしてもらった。
テレパシーで文字を理解する。
聞いてるとおかしいと思わないか?
最初俺は、テレパシーで知らない文字を理解出来るのかよ、と疑問を隠せなかった。
テレパシーは別に、人に対して直接知識を与えるわけじゃない。
あくまで、他の奴と言葉や身振りなどに頼らずコミュニケーションを取る方法だ。
頭に直接訴える分相手に理解を促しやすくすることは出来るが、知識を直接与えられる訳じゃない。
と、俺は思っていたのだが・・・
マリアさんはそれが出来てしまったのだ。
他者の脳内に知識を直接与えられるという、これまた反則技的なことを。
俺が思ったとおり、マリアさんはこれを反則技だと言った。
本人が余裕そうに、堂々と言っちゃうのがこれまた凄い。
マリアさん曰く、これが出来るのは地獄でも本当に少数の悪魔だけなんだという。
悪魔の教職もこういうタイプであろうことは察しがついた。
さすが魔王専属の側近だ、と俺は素直に思った。
そもそも、相手に対して自分の知っている知識を分け与えるのは、一種のマインドコントロールなんだと言う。
相手に分け与えられるのは、何も知識だけじゃないからだ。
自分の感情、道徳観念、価値観、その他色々のことまで分け与えられる。
分け与えるのではなく、押し付けることだって出来るのだ。
自分の心の基盤が、他者の基盤で歪められたらどうなるか?
それは意のままに相手を操ることの出来る、恐ろしい技能だと言っているのと大して変わらない。
だから普段魔王が戒めている、能力による他の悪魔の妨害というルールの中でも、特に最優先で監視されている対象能力なんだとマリアさんは言っていた。
マリアさんはそんな恐ろしい能力を俺に使うのかよ、って聞いた時は率直に思った。
と言うか、そもそもテレパシーの能力は相手に害をもたらすことがとても難しい能力だから、ってマリアさんが言ってた記憶が確かに残っている。
言ってることが違うんじゃないか?
しかも、そんな恐ろしい能力を勝手に使ったら、いくらマリアさんでも魔王から罰とか食らっちゃうんじゃないのか?みたいなことを俺は思った訳だ。
もちろん本人に聞いてみたさ。
そしたら意外な答えが返ってきた。
必要なことに能力を使ってるからいいのよ、と。
言われてみれば、まあそうではあるが・・・
もう一方の疑問点である、マリアさんが言ってた相手に害をもたらすことがとても難しい能力だからと安心感を与えるような言い方で言っていた件。
その割りに、危険感満載なことについては、本を読めば分かるから、と言うことだった。
・・・とりあえず読めばいいんだろ、読めば。
納得しているようなしていないような微妙な感じだが、マリアさんがすると言ったことなのだからやるしかないだろう。
そんな経緯でマリアさんは俺にテレパシーを使ったのだった。
まあ、テレパシーを受けた感覚としては、マリアさんの言った通り耳から音が聞こえるのでは無く、頭から音が聞こえるような感じ。
頭の中を音の反響でくすぐられてるみたいで、かなりむず痒かった。
頭の表面を掻いても掻いても頭の中の痒みが取れるはずも無く、少し苦痛だったのは内緒だ。
初テレパシーの感想は?と頭の中で聞かれた時、急にあんまりにも慣れない部分で強い痒みが発生したのには驚いたよ。
何かが頭の中に流れ込んできたような感覚があり、その時ものすごい頭の中の痒みが増幅したので転げまわりそうになった。
まあ耐え切ったのだが・・・
矛盾している表現だが、痛みじゃなく痒みだってのが苦痛のネックだ。
でも、別にそれがずっと続くって訳じゃなかったからまだよかったと思う。
頭を弄られるってこういうことなんだな・・・
まあ、そんなことがありながらも、今まで認定書の誤字脱字確認作業をひたすら行っていた訳だ。
「同じことをひたすら繰り返していると本当に疲れますね」
「単純作業だからね。普通の作業をしているのとはまた違った疲労なんじゃないかしら?」
マリアさんも俺に同意見っぽい。
そりゃそうだろうな。
小説を読む気分で読んだのなら、そんなに苦にはならなかっただろう。
だが、何回も同じ内容の本を読むのだ。
しかも、1文字1文字見間違えが無いように気を使って見ているのだから、疲れない方が難しいというものだ。
「まるで、本を読んでるのに本を読んでいないみたいでしたよ」
「あら、君、面白いこと言うのね。」
「面白いことを言う余裕も全然無いんですけど・・・」
「自然に言ったのなら、ますます面白いわ」
何が面白いと言うんだろうか・・・
俺には全く理解出来ない。
カウンセラーって分かりやすいことを言う割りに、思考が読めないところがあるからな。
時々だけど、理解の出来ない意味深なことを唐突に言ってしまうのだ。
見てみるとマリアさんは、既にリラックスモードへシフトチェンジしているようだ。
言動がいつもの調子に戻っている。
随分切り替えが速いな。
切替の早い者は頭の回転も速い。
納得だ。
俺とマリアさんを交互に意識してそう思う。
「うん、もうみんな寝る時間だからね。バラバラに散らばった本をちょっと片付けて寝ましょ?」
「この本ここに置きっぱなしでいいんですか?」
スー君がここに来たら本を読まれるかも知れないじゃないか。
一応これ、認定書なんだろ?
「いいのよ。私からスーへ、ここに来ないように言っとくから」
「ああ・・・分かりました」
そうか。
あの子なら素直に言うことを聞くだろう。
マリアさんから言うのなら不安要素は無い。
それにしても、本で出来た塔が並ぶ部屋の中で、俺は寝るのか。
寝てる間に俺に向かって倒壊しないだろうな・・・
「マリアさん」
「うん?」
「結局テレパシーが危険な能力じゃないっていうのは、どう言うことだったんですかね?」
そう。
結局本を読んでも分からなかった。
テレパシーって洗脳出来るという時点でやばくないか?
自分の頭がどういった方法で弄られたのか、気になるのは変なことでは無いはずだ。
「分からなかった?」
「ええ。能力のこと全般について書かれていたのはまあ分かるんですけど・・・」
「そっか」
別に俺が本を読んで疑問を解き明かせなくても何ら変なことでは無い、と言ったような顔で短くマリアさんは返事をした。
「うーんと・・・じゃあ、テレパシーについて何て書かれてたか覚えてる?」
「ん・・・」
何だっけか・・・
えー・・・思い出せ、俺。
「確か・・・テレパシーを相手に送る、とだけ書かれてたと思います」
「正解。多分君が思っているように、普通のテレパシーは口頭で出来るような会話なんかが効果の限界よ。」
「ですよね。それじゃあ・・・」
一体テレパシーとは何なんだ。
そして、普通のテレパシーっていうマリアさんの言い方。
これって・・・
「今、普通のテレパシーって言いましたけど、普通じゃないテレパシーなんてあるんですか?」
「これがあるのよ。本の中にも書かれてあったことなんだけど、まだ分からない?」
「むむ・・・」
分からないです。
意地悪しないで素直に教えてくださいよ。
俺の表情を見て取って、次の言葉をマリアさんは言った。
「あの本に能力以外で書かれてたことは?」
「能力以外・・・固有能力、能力付きの武具、魔物・・・とか」
・・・そしてチャント。
そうだ。
チャントがあったんだった!
すっかり失念していた・・・
目覚める気持ちで、近くにあった読み終えた本の中から一冊を取り出して中身を見てみる。
チャントチャントチャント・・・あった。
チャントの項目で、気になる部分を集中して見てみる。
・基本的な効果は段階ごとの威力上昇や規模の増大ではあるが、中には能力の追加効果が現れたり、全く別の能力に発展するものもある。
・身体干渉系能力に入ってくると、威力や規模の効果を底上げするものだけではなく、別の付加効果や能力の現象に変化が見られてくる。
この記述だ。
チャントによる能力の補助効果。
そして補助効果によるその影響。
ああ、ようやく分かった。
つまり、普通のテレパシーじゃない方のテレパシーとは、チャントの補助効果でより効能が強化されたか、別の効果が付加されたかのどちらかを言っているんだ。
この場合、どちらが普通じゃないテレパシーに該当するかは分からないが、チャントを使ったっていうのは確かだと思う。
「分かったみたいね」
マリアさんは俺を見ながら笑いかけていた。
その笑顔は自分の子供に見せるような慈愛のある笑顔だ。
子供が何かに成功した時に見せるような・・・
これじゃあまるで、マリアさんに本当に子供扱いされてるみたいじゃないか。
いや、前々から子供扱いされてはいますがね・・・
「そういえば言ってましたね。チャントのこと」
「ええ。でも、その時は詳しくは説明して無かったと思うけど」
「そうでしたっけ?まあ、本を読んでも俺は結局分かって無かったんですが」
「仕方ないわよ。純粋に本を読んでいた訳じゃないもの。それに君だって言ってたでしょ?本を読んでいるのに本を読んでない感じって。内容よりも文字自体に集中してたらそうなるのも当然だと思うわ」
「そんなもん何ですかね」
「そんなもんよ」
そんなもんらしかった。
なら、そんなもんなんだろう。
「マインドコントロールとか洗脳とかって、チャントの中でも最上級のものを使用しなきゃ実現出来ないのよ」
「チャントの一番上のランクって使うのが難しいんですか?」
「そうよ。さっきも言ったけど、本当に力の強い悪魔が長年力を磨いて、やっと手に入るか手に入らないかぐらいの力だからね」
「じゃあ、さっきやったテレパシーの能力もそんなに凄い奴だったとか?」
「いえ、知識付与の効果が付いたテレパシーは、チャント第3段階に当たるわね」
いずれにしても凄いじゃないかよ。
じゃあ、マリアさんも力をある程度持った悪魔と言うことでいいんだろうか?
「本当に凄いんですね、マリアさんって」
「凄くは無いわよ。テレパシーの能力を使える悪魔は大勢いるし」
「でも難しいんでしょう?」
「・・・まあ、君の言うとおり、テレパシーにチャントをかけられる悪魔は殆どいないわね」
「やっぱり凄いんじゃないんですか」
純粋に俺はそう思うぞ。
マリアさんは謙遜しているかのように、フフッ、と少し笑うと少し強引に話を切り替えた。
自分のことを褒められるのが嫌なタイプなんだろうか。
そうだったとしたら、悪いことしたな。
「さて、もう時間が遅いからさっさと片付けましょうか」
時間を見てみると、午後を過ぎたところだった。
話をしている間にも、時はどんどん過ぎていくものだ。
時間は不可逆かつ、勝手に進んでいく。
それこそ意思を持っているかのように。
「そうですね」
「じゃあ、君はベット周りにある本をやっつけちゃって。私は暖炉近くにある本を別の場所に纏めちゃうから。燃えちゃうと困るし」
「OKです」
そんな簡潔な話のやり取りの後、すぐさまマリアさんは行動に移った。
俺もそれに合わせて動き出す。
今日の疲労がこんなだから、翌日はどうなるんだろうか?
不安ではある。
それに、マリアさんは家事だ何だと忙しいだろうし、月が太陽のように輝いている時間帯は応援は厳しいだろうな。
明日からは1人、孤独な戦いになることを覚悟しなきゃならんかもしれない。
そう思いながらも、手だけは動かしていく。
最終的に、俺達が就寝したのは作業開始から翌日の午前1時過ぎだった。




