友達?
私はまず、深い深い、海溝のごときため息をついた。
「人間、お前は私と友達になりたいと言う」
「リーズ」
「……リーズ、貴様は私と友達になりたいと言う。
魔界のことを、知りたいと」
「ああ、そのために、俺は来たんだ、魔界に。
実際に、手に触れ、目にしようと、ね」
「で、どうだ? お前から見て、この世界は」
リーズの青の瞳には、うつろいゆく魔界の、
空がうつりこんでいた。朝日はすっかり陰り、
うっすらと紫の霧が、私たちの頭上を覆い占めさんと、
その姿を現し始めている。……これだ、
魔界の、天候の悪さは、私が生まれる前から、こうだったのだ。
私は、その真逆の色を持つ、人間の青さを、羨ましくも思う。
「うん、興味深い。もっと、知りたくなったよ、
俺、魔界の入り口にさえ立っていないようなものだから」
「物理的には立ってるぞ」
「いや、そうだけどさ。それ以上に、俺、
その魔界の住人である魔族と、仲良くなりたいんだ」
「仲良く、ね……」
キラキラとした、輝きを秘めた青の瞳に晒された私は、
どうも、気後れがする。しかし、この男を隠れ蓑にする以外に、
私には生き残る道がない。選択肢は、限られていた。
「……ならば、条件がある」
「条件?」
リーズの疑問符に、私は頷きつつも、
次の段階へ上るためのステージをひとつ、ふたつ、と。
頭の片隅で組み立てていく。
「まず、お前が私を守るということ。
それが、第一だ。
私は、死にたくないからな」
「まあ、そうだな。
キルベア相手に、大変そうだったもんな」
「……こしゃくな言い方はどうでもいいが、
とにかく、私は、魔界生まれの魔界育ち、とはいえ……」
後ろは振り向かないが、
魔界の首都のある方角に意識を傾ける。
「私は、この冥土の森で生きていく術を持たない」
「え、ここ、そんなカッコいい名前の森なのか」
「ああ、そうだ、死にぞこないが冥土に旅立つように、
なんてけったいな意味合いを持つ迷いの森だ」
「ひどい由来のある名前だなあ」
「まったくだ」
人間は、いかにも当然とばかりに、同意をする。
「それで、この森に私がいる理由だが」
「ああ、そうそう。気になってたんだよ。
お前、魔族のくせに、なんというか、
死にぞこない、でもないし」
にへら、と笑うリーズ。
こいつ、人間としては規格外だとばかり思っていたが、
性格のほうもそうなのでは……、
などと、死にかけた魔族、ちょっとばかし、後悔の念がよぎる。
「ん、どうした」
「……なんでもない。
とにかく、俺が、弱い理由か」
「じゃなくて、その戦う力がないのに、
どうしてこんなところに……、」
ちら、と。
リーズはしゃくれた道具袋に視線を投げる。
「その中身だって、大したものは入っていなかった。
あるのは時計とか、毛布、食べ物だって、干し肉、
使えるのはそのぐらい、か?
恰好だって……、あまりにも、旅慣れしてない旅装だし、
所作も、武術心得ある動きをなしていない」
私は、リーズの人となりをみる対応の仕方に、ドキりとする。
魔族でさえ、他人のことなぞ、気にも留めないというのに。
「お前……」
時折、鋭い何かが発せられる、この人間。
まじまじと見詰める。
「考えていないようで、考えているんだな」
「まあな、人間だし」
「そうか」
「人間だから、考えないと死んでしまう」
「……それは、」
彼は、その整った顔立ちであるにも関わらず、
深い味わいのある表情を示した。
やはり、これもまた、リーズという人間の、
側面のひとつ、か。
「……そうか、人間界も、そうなのだな」
「ああ、だから、大変なんだ」
「どこも一緒か」
「うん、まあ、そういうこと」
沈黙が落ちる。
と、ここで、魔族の脳裏は煌めいた。
口が勝手に開く。言わずにはいられなかった。
「……まさか、リーズ、お前も、
人間界から魔界に追放されたのか?」
「違う」
一蹴された。
「俺は、自らの足で、ここにやってきたんだ」
私は千鳥足でやってきたのだがな。
「ずいぶんと健康的なおみ足で」
「……なあ、機嫌、悪くなってないか?」
「そう思うのなら、そうなんだろう。
お前の隣の魔族はな」
やっぱり人間って、理解できない。
そう思う、平凡な魔族、
これからどうなるのか、
とりあえず、この人間の男を籠絡してやろうと企む。
友、という概念が、
自分を生かすというのなら、
活用するまでだ。
決意新たに。
私は、これまでのいきさつを、この人間に伝えた。




