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人間?

そうして、がっつけるほどがっついて、

お腹いっぱいになった魔族は、

その場で立ち上がり、

人間への質問を開始する。

そもそも、こいつは無言でいる私に

勝手についてきたのだが、

この人間の目的や行動の意味をあまり

知らない。使うにしても、ある程度のことを

認識し、遂行すべきだろう。私が生き残る、という

最大の望みがゆえに。

よって、


「人間、」


見下ろしたまま、尋ねようとしたが、

水場を前にあぐらをかいてる男は、

その青い眼差しを私に向け、鼻梁の高い鼻の先を

人差し指で触れつつ、


「リーズ」

「は?」

「俺の名前、リーズ、というんだ」


小首をかしげる。

そうして、じーっと私のほうを見上げてくる。


「……ん、でそれがどうした?」

「あれ? 教えてくれないの?」

「何がだ」


それでもじろじろ見つめてくる男。

いや、リーズ、と名乗ったから、リーズ、か。


「……人間にも名前があるのだな、としか」

「そりゃそうだ、人間にだって名前はあるぞ」


意味がわからん、と私は、言葉にもならない、

ふぅ、と嘆息めいた答えを吐いておく。

すると、リーズとやらが、妙に困惑した顔をしてみせる。


「え、教えてくれないの?

 俺たち、友達じゃん」

「…………ん?」


いきなり何を言い出すかと思えば。

あまつさえとんでもない発言をするから、

奴の言ってる単語が何を意味するのか、

さっぱり理解できず、遠い景色のように

人間を見返していた。黒い髪は一日過ぎても

流麗に奴の肩に流れている。一応、上下してるから、

息はしてるんだろう。


「や、だから、友達」

「……とも?」

「そ、友達」


私は、まじまじと奴の顔を穴があくのかと

いわんばかりに凝視する。

変わらず笑みをたたえているが、

その青い目は、どう見ても、ウソをついている

ようには思えないし、

存分に私が驚くさまを捉えている。


「あれ?

 もしかして、人間と魔族じゃ、文化が違うから……、

 自己紹介の違いもあるのかな」

「何をぶつぶつ言ってる」

「んじゃあ、改めて。

 俺、リーズっていう名前の、人間の男だ!」

「見りゃわかるだろう」

「おいおい、違うって。

 だいぶ、違う」


首をふるふる横に振るリーズ。


「人間は、ちゃんと自己紹介をして。

 それで、見も知らぬ相手でも友達になれるんだ」

「……異種族でもか?」

「ああ」

「それが、搾取される側と略奪される側でもか」

「む、それを言われると……」


昨今の魔界と、人のいる世界、人間界とでは、

隔たりがあった。

それも、


「互いに、街や国を、破壊しあう関係だろ、

 私たちは……」


呆れたように、私は言う。

昔、それもはるかな昔、

私たちは、互いに略奪しあう相互関係にあった。

私の脳裏に刻まれているのは、

そういった殺し合いの教科書であり、

伝聞された逸話の数々。血なまぐさいものばかりだ。


「だが、その時代も終わりを告げ……、

 しかし、それでも私たちは、殺し合いを続ける」


どういう経緯があったのかはわからないが、

いきなり先代魔王が、そういった戦争をやめる、と、

魔界全土に発布した。

魔界は魔王至上主義なので、主がそういうなら

仕方ない、と。そうなった。

とはいえ、破壊弑逆したがるのは、魔族の本能である。

間引きの書はいつまでもあるのは、そういった不満分子を

追放するためでもあるし、私のような貧弱分子を

排出する役目もあった。

魔族は、弱い魔族を容赦なく削除するし、

財産を安易に没収する。


「本当に、実力社会なんだ、

 弱い奴は、強い奴に虐げられるのも、

 従わねば死んでしまうのも。

 そうして、それが、魔界の掟」


自分に言い聞かせるように、私は

人間の男、リーズに教えてやる。

その純粋そうな青の光彩を覗き込みながら。


「だから、魔界の掟を脳みそに焼き付けている私のような

 魔族たちは、お前の住む人間界を、芳醇な果物のように考え、

 狩りつくして食べてやろうと思っている」


私は言い切ってやった。

こんな甘い人間に、

魔族の生態を教授してやったのである。

リーズの眼は、ぱちくりと何度も瞬き、私を見上げたままでいる。


「だから、友情なぞという、たわいのないことなぞ、」

「いいや」


唐突な否定に、

私は奴の顔を逆に凝視することになる。

リーズは、しっかりと、私の疑問視を捉え、

その端正な面立ちに、真面目な感情をのせる。


「そんなことはない。

 確かに、俺たちは、文明も文化も違うし、考え方もだいぶ異なる。

 でもそれでも、やってこれた、生き残ってこれたじゃないか」

「……それがどうした?」

「だから、これからも、つかず離れず、やっていける、

 ってことさ」

「何を馬鹿なことを。

 ……これからも、殺され、殺しをしなきゃいけないってか」

「それもまた、仕方のないことかもしれない。

 本当は、ゼロにしたいんだけど……、無理だろうな」


リーズは苦笑する。

何やら、急に大人びた顔をしている。

いや、大人ではあるが、何か、苦労をしている、というべきか。


「どうしても、意見の対立が、争いを招く。

 どちらも、引けない境界線があり、

 飛び越えたくて仕方ない、感情的なものだってあるから……、

 まとめたくたって、どちらも足を引っ張られるし、後ろから撃たれる……、

 どうにもならないのだから、できるよう、することをするしかない。

 それが、良い方向に向かうと、信じてね」

「それが結局は、殺伐としたものでもか」

「そうだね、でも、結局は、善処するしかない。

 ぐるぐるとしたものだけど、結果が全てだからね」


ニコニコとしているこの男。

リーズはそう言って、後頭部をかきながら、


「んで、名前教えてくれないか?

 俺の名前はリーズっていうんだ」


私に片手を差し伸べてくる。

白い歯みせて。


「……お前……、

 魔族と、本気で?」

「ああ、そうだけど?」


そうして、笑みを深める。

綺麗な顔立ちで品があるのに、

度胸があり、武に覚えがあって、敵しかいないはずの、

この広大な魔界にぼっちでやってくる人間界の男。

何か、人間らしくない、いや、

人間だからこその、怖い何か、を抱えているように思え、

私は内心、ぶるりと震えているのを悟る。


「だから、教えて?

 俺、この世界のこと、知りたいし、

 それなりによくやっていきたいんだ。

 もちろん、君のことだってね」


私は、浮いた片手を、

どうすべきか、悩む。

苦悩する、が。

あらためて、この人間のことを、見直す。

上からではなく、引っ張り上げてやろうと。

捕まえると、

人間の手は、ずいぶんと荒れている。

見目の良さからはわからない、苦労の証は、

確かにあった。息づいている。

そのことに私は大層驚いたが、

見かけではない努力のさまを見せつけられたと思い、

ちょっとばかり己を顧みて反省しきりだが、

魔族はそんなこと、おくびにも出さぬ生き物なので、

そんな心の内側は無視、さっと、カーテンを引いて。

リーズに立ち上がるよう、促すため、力を込める。


「お、おい、立て。

 重いから」


人間の、相変わらずの空気の読まなさに、

睥睨としたが、まあいい。

とにかく、奴の、リーズの人間という一端を知ることができたし、

あとは、私の要望をどう生かすか。

そこにかかっていると、

私は、人間らしい、どこか甘さのあるリーズの期待のある眼差しを

見詰める。


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