飛び上がるほどの和食。
「ふあ」
目覚めると、朝日が眩しく照りあがっている。
一瞬、されど一瞬。
眼の下あたりをこすりながら、半身を起こすと、
天空が太陽に支配されているのを知る。
……私は、この瞬間が、大好きであった。
ずり落ちた毛布を体にまきつけ、
しばし、この安寧のときを享受する。
「よっ、おはよう」
こいつさえ、いなければなあ。
はぁ、と、わざとらしくため息をつく。
昨日と変わり映えのしない景色の中に、
人間の男が、いかにも爽やかな笑顔を浮かべて突っ立っている。
相変わらず黒い髪はゆるい紐で縛って背中に流してるし、
青く、男にしてはずいぶんと大きな瞳が、キラキラと、
光を放っているがごとく、その空色を私に向けている。
多分、陽光が入るから、薄い水色の色素になるんだろう。
「お、なんだよ。無視すんなって。
挨拶は元気になる魔法だぞ」
「何が魔法だ。
ただの面倒な通過儀礼じゃねぇか」
「おいおい、そんなこと言ったら、
俺の師匠にどやされるうえに、市中引き回しの刑だぞ」
近所の子供だからって容赦しないからな、なんてのたまう人間。
お前の師匠、人間なのに鬼畜すぎる。
「さて、んなことよりも。
お前、腹、減ってないか?」
「む」
そりゃあ、腹は……減るさ、減るのが当たり前だ。
私は生きてる魔族なのだから。
おまけに昨日なんて、干し肉一枚しか、食べていない。
……思い出すと、なんだか胃の中がさみしいと、
胃液が暴れてる感覚を知る。
ふと見やると、奴はニコニコっ、とまた白い歯を見せやがる。
……なんだか、人間に見透かされる、って。
すごく、嫌だ。
そもそも、何故にそんなこと、こいつに言われねばならぬのか。
我々は敵対してる種族と種族だ。
なのに、こいつ、ずーっと私の傍から離れないし……、
最近流行のストーカーか、
と疑うも、こんなにも平凡な魔族のケツ狙っても
嬉しくないだろ、と己の容姿を良く知る魔族は、
自己嫌悪に陥りながら眉と眉の間に皺を練り寄せてると、
「そら」
「ん?」
ぐっと真ん前に出されたもの。
「これ、っておにぎりか」
「お、良く知ってるな。
つーか、魔界にもおにぎりっていう食べ物があるのか」
素手の上に乗せられた食べ物。
それは、米粒の塊である別名おむすび。
それはそれは、真っ白で、純白、
艶やかにも一粒一粒に照りが、頭上の陽光への照り返しがあった。
形もほど良く、湯気さえ出ているあたり、
炊き立てのほやほや。
残念ながらノリは巻いていないが、
黒ゴマがぽつぽつと万遍なくくっ付いているので、
確実に、美味い、のは間違いないだろう。
「……」
しかし、これを私に向ける、って。
「食べないのか?」
「は?」
「ほら」
ぐいぐい、と。
顔に近づけてくる、おにぎり。
「お、おい」
「そらそら」
「やめろ、こら!」
あまりに接近しすぎて、
ほっぺにくっつけ、いや、くっついてる。
頬に、火傷ができるんじゃないか、
ってぐらい、このおにぎり、
「熱っ!」
「ははは」
「笑いごとかっ!」
朝一番の大声は、頭痛をきたす。
「ぐ……」
なのに、人間には大した効果を上げていないようだ。
謝罪の言葉もなにひとつとてない。やっぱり人間は人間だ。
「くそ……」
目元を抑え、苛立ちを募らせながら顔を伏せてると、
片腕をとられ、指をほぐされ、
何をするんだと声を荒げようとしたところ、
「ほら、食べろ」
食べ物特有の温かみを持つ、おにぎりを
持たされる。
実際、言質はとってるし、食べていいんだろう。
いいんだろう、が。魔族は人間と食糧への
視線のやりとりに忙しくなる。
「……食べろ、って言われても……」
「遠慮すんなって」
「遠慮なんかするかっ、
そもそも、どっから、つーか毒が入ってんじゃ」
途端、その派手な顔立ちを曇らせる。
「そんなの入れるなんて、
罰が当たるだろ」
神様に。
と、言外に告げる。
そうして、ぱっ、と何事もなかったかのように、
「さ、食べろ食べろ。
他にもいっぱいあるし」
笑いを絶やさぬ人間の男の、その早変わりに、
私は、ぽかーんと、眺めるしかなかった。
おまけに、おあつらえむけに、腹の虫が鳴るし。
……喉も乾いてるし、食糧を得ないと、
体は動かない。どれだけ、生きたいと願っていたって。
…………腹をくくった。
「ええい、ままよ」
「おっ、いきなりがっつくと、
体に悪いぞ」
「うるへー」
捨て身で頬張る。
どうせ、死ぬのはいつでもいいんだ。
勇者にたどり着く前に死にそうだし、
そもそも、この冥土の森での致死率が非常に高いであろう自分、
どうでもいい、が、しかし、
死にかけたときの、あの気持ち。
助かったときの、心持ちを思い出し、
隣で機嫌よく微笑む人間を思う存分利用して
できうる限り生き延びてやろうと心に決める。
使えないのなら、その場で捨てるだけだ。
「美味しいか?」
「ぼふ、ごふ」
「そうか、水か。
ほら、天然水だぞ」
「ぐ、そ、んん」
そこの水場で汲まれたての水だって、
何が入ってても思いっきり飲んでやるし、
人間のわきにある米櫃の米だって、
口の中にかきこんでやる。
「あ、あふあぶ」
「おいおい、今、ちょっとだけ冷ましてる最中なのに」
みっともなくたって、
それなりに我慢をすれば、笑い話になる。
それでも限度はあるだろうが、
ごくごくと真水を飲み干す私は、
やんややんやの拍手を送ってくる人間を一瞥し、
ふん、と鼻白んだ。




