怪しい野宿。
夕暮れどき。
迷子が途方に暮れるのは、何も悪魔だけではない。
魔族もだ。
「うーん、さて。
どこで寝泊りしようか……」
雑魚寝になるのは間違いない。
まーた背筋が痛むのか、と早速、気鬱になった主人公とは違って、
悪魔は元気いっぱいであった。常に。
「選び放題だよ!」
「……そうだな。
雑草とか、岩とか、土とか。途中、滝の裏とかあったな。
虫がいっぱい、自然豊かで羨ましい限りだ。
で、
オススメは?」
「うーん」
ピンクの悪魔は、その可愛らしいを何故か膨らませ、
悩みに悩んだ。そうして、勢い良く挙手し、
「はーい!
専制君主のアリストテイシア王国がいいと思いまーす!」
などと、国名を挙げた。
空は、すっかり薄暗い。
カインは、黄昏時の頭上をぐるりと舐めるようにして眺めてから、
うん、とひとつ頷き、
「で?」
「ん?」
「どこにあるんだ?
そんな文明がありそうな国」
リリは不思議そうにカインの顔をまじまじと見上げ、
そうして、
「あ、いっけない!」
などと、舌を出して笑う。
「あれって、ここから海を泳いで三千里だった!」
時折足を止めた、ちょっとした高台から見下ろす限りでは、
海などという珍しいものは見当たらなかった。
つまり、海岸に出ることも、かなりの時間を要するということ。
第一、この悪魔の言うことは、果たして正しいのだろうか……。
同じ金の瞳を持つ娘を見返す。
周囲は自然豊かな木々で覆い尽くされている。森の中であった。
水場を離れ、少しはだいぶマシ、にはなったものの、
未だ彼らは彷徨うばかりで、動物の一匹でさえ出会っていなかった。
そのため、今日の食事にも事欠く有様である。
カインは、ため息をついた。
「あ、カインー」
「猛烈に腹減ってるところに、そんな話題はいらん」
「ええー」
とにかく、寝床を探さねば。
カインは、猛烈になけなしの上着を引っ張ってくる悪魔っ娘を無視し、
すたこらさっさと前に進むことにした。
平たくて、見晴らしの良い場所を見つけた。
樹の下、という選択肢もあるにはあったが、
星空が全開に見られるこの、ちょっとした緩やかな斜面がある、
その中央の平らなところに決めた。
幸い、夜もピカリと星空が瞬くぐらいの暗さであるというのに、
肌寒さはなく、むしろ、魔物や魔獣の気配がないだけで、
爽快に眠れそうである。
薪は、集めた。
始め、悪魔は湿気り放題の太い薪を持ってきて、
カインの顰蹙を買ってしまったが、早速たしなめると、
すぐさま乾いた木枝を大量に頬張って……、いや、
やめよう。思い出してしまうので、省略するが、
スゴイイッパイの薪の材料を抱えてきた。
ぐぅ、と唸る腹痛を我慢しつつ、
キャンプファイヤーの要領で、炎をつける。
カインは一応、魔族の兵ではあったので、
野外への知恵ぐらいはあった。
「魔王軍の体験入学で教えてもらった」
らしい。
へぇ、と面白そうにするのは、ピンクの悪魔。リリ。
口いっぱいに、どこからか持ってきた何かを入れて膨らませているが、
カインはなるべく見なかったことにした。
あんまりにも、その。口元に妙な色の汁が垂れていたので。
胃もたれしそうな何かを感じたカインは、
時々、小骨が折れそうな音色を片耳に、
もう片方の耳に、爆ぜる炎に耳を澄ませ、
ぼんやりと、魔界とは異なる、星空を眺めた。
目が冴える。
毛布をかけて、眠っていたのはわかる。
それで、リリがにじり寄ってきて、危うく毛布を取られるところだった、
いや、破られるところだった、までは思い出す。
さて、なんだっけ。
すっと半身を起こすと、リリが隣で器用に足だけ毛布に入れて、
熟睡している。どういう格好だ。寝相が悪いらしい。
「……」
カインは、しばしそうして、空が未だ明けきっていないことを悟ると、
また、眠る格好でいようと、頭を道具袋に載せようとした矢先。
「うおっ!」
ガバッ、と跳ねるようにして、悪魔のリリが、起き上がった。
毛布も同時に飛び上がり、カインの心臓も相当飛躍した。
「な、な、な」
カインがもごもごしていると、
リリは、その金の両目を爛々に輝かせ、
瞳孔を縦に……、何かを探るようにして、周囲に意識を向ける。
(何が、一体、どうなってん、だ?)
そうして、しばらく、静寂な森の自然豊かな風を頬に受けていると、
がさっ、と。
草が、動く。
いや、動いた。
そこにカイン、顔を向けるやいなや、
誰かが。
影が、浮かび上がってきた。
目を凝らす。
が、今日は星ばかりで、月明かりはない。
そのため、しばし、そうして苦労をしていると、
影が分身して見えた。
(え?)
まさか、魔法使いでもいるのか?
いや、それとも、魔獣とか。
魔族?
(にしては、魔力の気配を感じないが……)
鈍感な人間と違い、魔族は魔力の機微を感じ取ることができる。
生物学上のことなのだから、人間にとってそれは仕方のないことだが、
魔族の下っ端であるカインにとって、それは唯一の愉悦点なので、
ご容赦願いたいところだが、しかし、カインは、未だ、そのことに
こだわっていたから、まさか、あの影が、人間だとは思わなかったのである。
なんせ、似たような姿、形をしていた。
二つの人影、それはまさしく、魔族とは異なる特徴を帯びていた。
カインは、魔界にいた頃のことを、忘れられないでいたのである。
また、初めて接触したといってもいい人間が、あの人間離れしたリーズであった
ことから、比較対象がおかしかった。
それに、
(こんな僻地に人間がいるのか?)
そのことである。
空は薄暗い、夜中。
リリは、警戒している。
ジリジリと近寄ってくる二つの人影。
半信半疑な魔族、
そうして、毛布の中で眉根を寄せて困惑する。




