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変な奴は変な奴である。

じろじろと見定められるのは、ぼっちを痛感する

魔界の商店街だけではなかった。

イチモツを持っていそうな人間、

こいつもまた、平凡さだけがウリの魔族の

持ち物や装備をじっくり見つめていた。

それも、直接。


「ちょ、おい、追いはぎはやめろ!」


道具袋をさかさまに、中身をぶちまけられる。

地べたに。


「て、てめぇ、干し肉が汚くなるじゃねぇか!」

「え、あ、こりゃすまんな」

「すまんで魔界警察が通るか、こらっ!」


ははは、と笑いながら、

男は順々に、魔族のなけなしの持ち物を精査していた。

現在は、粗大ゴミである目覚まし時計を片手に、

秒針をいじくり回しながらの、何やら納得の態である。


「ふんふん、なるほど」


縋り付いて、どうにか道具袋の袋だけは死守した魔族は、

憤怒しながらも、地べたに落ちた干し肉の土を、一粒ずつ取り除いていた。

どうしてこんな目に遭わなきゃならないんだ。


「くそ……」


腹立つが、しかし、今日の晩飯は大事にせねばならなかった。

三枚目の干し肉を手にした魔族は、しゃがみこんだまま、

丁寧にゴミやほこりを付着した脂肪からとり離していく。


「なあ」

「……」

「おい」

「……」


魔族は、普通な魔族ながらも、

やっぱり魔族らしく、人間が嫌いなので、

男からの問いかけに拒絶の意を示した。

絶対に目を合わせず、背中だけをみせつけたままである。


「なあなあ、そんなに怒るなよ。

 魔族らしくないぞ」


人間のいう魔族らしさ、ってなんだ。

と思ったが、突っ込んだら負けとばかりに、

下っ端兵だった過去を忘れかけている魔族は、

道具袋に、切れ端の布に包み込んだ干し肉を押し込む。

そうして、すっくと立ち上がると、

さっさと歩くことにした。

……後ろの人間を徹底的に無視して。




昼以降の冥土の森、魔界の空はさらなるどんより紫模様を

呈していた。薄暗い、彷徨いの森は、どこまでも同じ景色が

繰り返される。先ほどと違うのは、臭いにおいの有無だけか。


「はあ」


平凡な魔族は、人間から取り戻した道具袋片手に、

ずんずんと歩む。

本来なら、もうとっくに、オサラバしているはずであったが、

首と胴体が未だにくっついているのも、

ある意味では運が良かったのかもしれない。

まあ、もっとラッキーであれば、

魔界の首都に戻れたはずであろうが。

しかし、それはどだい、無理な相談である。

間引きの書に忠実なしもべである、首都門番のケルベロスが、

到底、魔族一匹を気軽に入れてくれるわけがないだろうし、

そもそも、あんな大声を上げて首都から退場していった手前、

顔を覚えられているであろうし、臭いだってそうだろう。

あれはただの三つ頭の犬ではない。賢い犬である。

それに、準備を怠った。

酒ばかり飲んで、準備日数を捨てた。

それは間引きの書を手にした左……、栄転者たちがよく辿る末路で、

当然のことながら、私も選んだ。自業自得ではある。

中には、真面目に勇者討伐を勇んでいった者どももいたらしいが、

残念ながら、今のところ戻ってきたものは……、

傷痍兵しかいない。

それも、ずいぶんと昔のこと。

先代の魔王の頃である。

彼らは、勇者を傷つけ、その際、負傷をしてしまった、

だからしぶしぶ帰ってきたという顔をした、生き残りの猛者である。

先代魔王はそういった彼らを処罰せず、むしろ厚遇し、

傷薬代という名の退職金を与え、ずいぶんと長い療養生活を与えた。

もちろん、死ぬまでである。

したがって、腕の覚えのある者がわんさか希望を抱き、

ほとんど帰ってこなかった訳だが、

それなりの効果があったとにんまりしたのは、先代魔王ただ一人であろう。

そんな賢しい先代もすっかり隠居生活にとしけこみ、

新たな魔王が誕生したらしい、が。

とても遠い雲の上の話であり、下っ端には関係のないことであるが、

無念なことに現在もその間引きの書は健在と引き継がれ、

まあ、結果的に平平凡な魔族がめぐりめぐって、

冥土の森にやってきた、ということである。


「面倒なことばかりだ……」


今頃、しょっぱい魔族の同僚は、

魔族のことをすでに死んだものと思っているだろうし、

上官なんて、部下を死地に追いやったことなど、ケロりと忘れ去っているだろう。

実家なぞ、死亡手当がいつ振り込まれるかと、毎日毎日うきうきと

買い物リストのピックアップに余念がないはずである。

家の中で粗大ゴミ扱いされていた物ばかり詰め込んだ道具袋を、

下っ端兵のわが子に押し付けた実家なのだ、生存の有無なぞ気にも留めぬ。

魔族にとって、日々というものは、ただ、過ぎるものであった。

ぼんやりと、したもの。

大きな魔界の、首都の一角で、

ただ、楽しく生きればよかった。

存在するだけで良かったのである。

それが今、息を吸うのが嬉しい、なんて。

不思議な心地でもいたが、しかし、このままでいれば、

確実に死ぬのは目に見えていた。

なんせ、冥土の森である。

魔獣魔物うようよの、魔族のいる首都という安全な揺り籠ではないのだ。

このままでは、ベッドの上で眠ることはできないだろうし、

飲食もままならぬ。それに、排せつでさえ、背後を気にして用を足さねば

ならないだろう。考えれば考えるほど、

どうして、酒に逃げてしまったのかと、ほんの一週間前の自分を、

殴りたい衝動にかられた。もはや、詮無きことだが。

とはいえ、たとえそれなりの準備をしたところで、

この迷いの森である冥土の森から、無事逃れられるとは、

人間界に赴くことさえ、難しいのではないかと、

自分のことながら、己の戦闘能力をよくよく知る魔族、

諦めの境地で、せっかくの生き残った命なのにと、

感傷の面もちとなる。あとどれぐらい、この酸素を吸えるのだろう。

百回か、千回か。あるいは、ほんの、一呼吸、か。

だんだんと、空模様も、濃紺の紫を極め、

生まれも育ちも魔界の首都である魔族は、

今頃、故郷の景色も同じものになっているのではと、

道具袋片手に二の腕をさする。

私がどれだけ無視しようとも、


「なあ」


足音は、先ほどからしっかりと、ついてきていた。

まくことを考慮したが、ヘタレな足腰で逃げ切れるものではないと、

キルベア殺しの膂力さをかんがみて、早々に諦めている。


「水場、あっちにあるぞ」


私の態度など、欠片も気にしない様子。

空気読め。


「お前さん、顔が汚れているぞ。

 あの水場、聖なる力は感じられなかったし、

 清水だろうから、魔の者でも、安全に使えるはずだ」


ぴたり、と足を止める。

何故だかはわからないが、この男の声色からは、

私への配慮が感じられたからだ。

振り向くと、つかず離れずの距離でいる黒髪の人間が、

口角を上げて私と対峙している。

その青い瞳で。

彼の澄んだ色合いは、魔族の高位が赤目であるのと違って、

紫の霧充満する魔界の空とは対極、似つかわしくないものだった。


「よし、じゃあ行くぞ」


私は何も言っていない。

……だが、確かに言われてみると、

なんだか酸っぱい臭いが、頬のあたりから、

まんべんなく体中を纏わりついているような、そんな気がしてきた。

すんすんと嗅覚を蠢かしていたというのに、

人間の男は、無遠慮にも、気づけば私の二の腕を思いっきり五指で掴んでいた。

ぎょっとする。ずいぶんと強い握力であったのだ。


「な、何をする!」

「なんだずいぶんと細い腕だな、もやしか」

「なんだと! 豆じゃねぇ、この、くそ、」


暴れてはみたものの、奴の指力は強かった。

骨が軋むし、どうにも離れることができない。

おまけに引きずられるものだから、踵から地面に筋ができ、

線がずるずると迷いの森の奥へと伸びていく。


「離せぇええええ」


ちんまい魔族の叫びは、冥土の森の木々に吸収され、

木霊になる前に、遠のいていった。

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