次の厄災。
服が破れても、チビっこどもはその諍いをやめず、
むしろ延々とその作業を繰り返していた。
私は、その中から逃れようと、いつもの通り、
消極的なバランスを保ちながら、足を後ろに引いて距離を稼いでいるのだが、
さっぱり。
うんとも、すんとも。
解放される気配はなかった。
ピンクの悪魔っ娘の、指先。
小さなその手が、しっかりと、手放さないのである。
ちょっと、足に力を入れても、だ。哀れな服が伸びるだけ。したがって、
大した幅を移動していない、というか、変化がない。
……もはや、立ちくらみがし始める時期にきており、
頭がクラクラしてきた時分に、
それは、起きた。
唐突であった。
「……ん?」
まず最初に変な声を出したのは、魔族の少年だった。
幾度か瞬き、真顔のままに、
後方を振り返る。至って普通に真面目な、冥土の森でしかない暗黒。
平凡なカインの目と耳には、何も聞こえないし、見えやしない。
「何か……、悪い予感がするな……」
「……んん?」
呟きが脳に染み込むか否か、といったコンマ数秒で、
ピンクのチビも、同じ反応を示す。
肩にまでかかるピンクの髪が、少年と同じ方向を見やるために
頭を動かしたため、少々揺れる。
「アレ……?
なんだろ……」
ピンクの悪魔っ娘も、同調した。
金目を大きく見開き、
食い入るようにして、見えぬはずの冥土の森の奥深くを
覗き込むかのように、じっと、その暗がりを見据えている。
片手を水平にして、前髪に当てながら。
……そんなことをしても、チビだし、見えぬものは見えぬ、
と思うゆえに、カインばかりは、クエスチョンマークを
脳内で乱舞させている。つまりは、状況がよくわからない。
はぶられるのも嫌なので、同様の手口で試しに見てはみるものの、
ただの魔族が可愛げがあるはずもなく、
気付けば、シラーっとした顔の少年と目と目が合い、
ぎょっ、と、ぞっ、両方の感情に挟まれたカインは、
背筋に変な汗が大量に発生させてしまい、生きた心地がしなくなった。
「……ふぅん。
まあ、裏切り者にもわからない、と」
「……や、あの……」
先ほどから、絶対零度の視線を浴び、引きつった顔のカインであるが……、
何故そうなるのか。
薄々、なんとはなしに気づき始めてはいるのだが。
それでも、なんとはなしに口答えすると、
マジで死ぬかもしれない、なんて思うと、やっぱり
声に出してはいられず。大の大人が、
そんなこんなで可愛げもなく、まごついていると。
「ねぇ、裏切り者ってなぁに?」
助け舟が、カインの下から上がってきた。
よし。
カインは、人知れずガッツポーズを決める。もちろん、心の中で。
「悪魔は知らないのか?
こいつ、」
などと、顎をしゃくってカインを示す行動。
とてつもなく腹が立つことだが、しかし、
実力差が如実である以上、逆らうと息の根が止められる可能性があるため、
お口にチャック状態で、沈黙を保つカイン。
「勇者を、魔王の住処にまで、ご案内したんだよ」
「へぇー!」
ピンクの娘はそれはそれは、嬉しそうに声を上げ、
カインに振り返り見ながら、
しかもキラキラとした両目をして見上げながら、
「やるじゃん!」
などと、のたまう。
おいおい、目の前にいるチビガキ魔族を刺激すんな、と。
心の汗を流しながら、ピンクの悪魔に懇願の視線を送っていたが、
「……」
はた、と。我に返る。
勇者?
「ゆう……しゃ?」
口にすると、余計におかしい。
カインは、デッドオアアライブの日々にすっかり忘れているが、
そもそもの原因が間引きの書であるところの、
勇者をなんとかしてやれ的な命令書のせいで、
そもそもが、こんな目に遭っているのである。
カインの脳裏に、出会った人間の数、といえば。
ひとりしかいない。
すっかりどこかへ飛び出して、どこへ行ってしまったのか、
よくわからないあいつ。爽やかな笑顔でどこかへ
飛び降りていった人間、というよりも、そもそも、
人間の知り合いはひとりしかいないのである。
したがって、よぎる顔の当ては、あいつしかいない。
自称王様のほうを見やると、彼は、鼻息で返事した。
ということは、やはり、そうか。
「あいつ、か……」
アレしかいない。
としか考えられなかった。
そんな、カインの小心者ゆえの小声を、
見事にキャッチした高位魔族の少年、
「勇者を引き入れながら、
僕を殺そうと思った裏切り者……、
のはずなんだけど……」
ヘドロを見るような目で、カインの顔を眺め、
「明らかに雑魚いし……」
ひどいことを口走りつつも、
「はあ。
面倒だけど、やっぱり。
連れてくしかないか……」
カインに向き直り、じとっ、とした恨みが存分に込めらてる、
としか思えぬ赤目で、主人公の肝っ玉に直視してくる。
「僕の後ろ、ついてこいよ。
じゃないと、殺す。
ついてこなくても、煮殺す。
遅れてきたら、刺し殺す。
……いいね?」
「え、いや……、それは」
思わず、否定しようと口走ったが、
それは違うと真っ青になりながらも、
相手のご機嫌を伺うような発言をこねくり回そうと
努力をした甲斐もなく、高位魔族は、
カインの戸惑いを気にもせず、くるりと背中を向け、ふんわり金髪を
ふわふわと走る速度に合わせてふわふわさせながら、走り出して
加速し……、金色の線のように、真っ直ぐな色が暗がりに引かれ……、
……早かった。
砂埃を上げながら、少年の姿が、草木の間から消え去っていく……。
「……」
リーズよりかは早くはないが、しかし、似ている。
あの身体能力の高さ。
レベルが違う。明らかに、普通ではない。
(やっぱ、普通じゃねぇ化け物)
さすが、高位魔族というべきか。
だが、このままでは、確実においてけぼりで煮殺されてしまうだろう。
実際、行かなきゃならない、などという、
焦燥感に駆られている。
体中が、そう言っているし、本当にヤられるだろう。このままでは。
(どうしよう)
第一、チビガキの姿かたちはどこにも見当たらない。
とりあえず、まっすぐ歩いてみたのだが、
草をかき分けて進むうちに、
すっかり方角がわからなくなってしまった。
「……」
「ねぇねぇ」
「……」
「ねーってば!」
腹も減ったし。
悪魔がついてくるし。
散々である。
「ねー」
「……なんだ」
いかにもいやいやといった風に、振り返ると。
散り散りとなった上着の端っこを引っ張りながらついてくる、
ピンクの娘がいた。
「カインは歩くの遅いねー、牛?
そうだよね、牛さんだよね?」
「……一応、魔族だ」
「へぇー、でも、リリには牛、って言ってたよね?
じゃあ、カインも牛!」
片手を上げつつ、先ほどの牛呼ばわりをしっかりと覚えていたらしい悪魔。
八重歯を口の間から覗かせながら、がっくりきているカインを
見上げつつ笑う姿は、あまりにも無邪気であった。
だからか。毒気が抜かれてしまう。
「うしーうしー」
「……」
「はいどーはいどー」
「……」
上着をすっかり手綱のごとく、ばっさばっさと引っ張り、
背後をひょこひょこと、ついてくるピンクと共に、カインは歩くことに終始した。




