にらみ合い、以下同文。
状況は、刻一刻と悪化していた。
「……」
「……」
腰にまで伸ばしたピンク髪の悪魔っ娘と、
自称王様の少年が、なぜに睨み合いを続けているのか。
わからない。諍いは、唐突に始まった。
「……」
「……」
各々腕を組みつつ、目と目が絡み合った瞬間から、
恋の花でも始まるのかと思いきや、反り返ったり、嘲りの笑みをたたえたりと、
いかに相手を馬鹿にするかに終始しているらしく、
思い思いの態度を示して相手の反感をこまねいている。
火花を散らしながらの、上から目線。
光彩全開の赤い瞳と、金色の縦に細くなった瞳孔が、ギラギラと輝く。
ちなみに、主人公だったような、そんな気がするカインは、その狭間でまごついていた。
「……」
「……」
時間だけが経過する。
カインは帰りたくなった。とはいえ、帰宅するにはケルベロスなどという、
恐ろしくも紳士な三つ首頭のワンコと対峙しなければならず、
帰宅途中でも死にそうである。
(絶縁されてるしなあ……)
実家も当てにはならないという、四方八方森づくし。
キルベアなどの諸問題もあり、そもそもが生き残る確率パーセンテージが
低くなっていくばかりで生きた心地がしない。
それに、このチビっ子らの問題。
見た目は子供、しかし、中身は魔族と悪魔であるのだ、
先ほどから、ゴゴゴゴゴ、などという、幻聴音が聞こえるのは空耳ではないだろう。
傍目からは、近所の裏庭で夜中にファイティングを繰り出す、
いわば猫同士の縄張り争いにも似ているが、
強烈な才能と無駄な力を持ち合わせている彼らである。
生きながら裂かれるのはごめん被りたいし、
とばっちりも出来うる限り、避けたいところだ。
なれど、目と鼻の先にて、異種格闘無言牽制試合が行われている。
気づかれずに逃亡なんて、非常に難しそうだ。
(どちらにしろ、目立つ、か……)
飛ぶ鳥はなんとやら、は難しいようだ。
(悪魔、ねぇ……)
カインがしみじみと考えるように、
魔力自由自在の高位魔族が、悪魔をここまで敵視する以上、
このチビのピンク娘っ子は、相当な力を持ち合わせているのは
間違いない。ぶっちゃけ、ただのガキンチョにしか見えないが……、
素人同然の主人公からの目線では、どうにも判別できぬ。
(まあ、面倒なのは確かだ)
チラ、と。
カイン、下腹部を見やる。
すると、ビロンビロンと伸び伸びの上着がお目見えする。
長さは、そう、ひざ下。
伸びきっていた。寒空に、これはヒモジイ。まるでフンドシのように、たなびいている。
また、臭い。臭う。ここ数日、風呂にも洗濯にも
かかっていないし、着替えさえ持ち合わせずに冥土の森へ突入してしまった
手前、文句の言いようもない、ただの自己責任であるのだが、
しかし、ただでさえ薄着なのに、さらなる薄着は惨めさに拍車がかかる。
とまあ、そんなことは今更どうでもいいのだが、
その、上着の端っこを、掴む幼い指があった。
悪魔っ娘である。
ずーっと、手放さないのであった。
元ひよこだからか。
どうも、頭の巣から取り外しされたはずなのに、
本体は、仮の住まいを逃したくはないらしい。
一歩、足を引くと、改めて掴み直される。ちなみに彼女は一度たりとも
こちらを見ようともしない。器用な娘っ子だ。
とはいえ、これ以上引っ張られると、力の関係上、穴が空くのは間違いなかった。
すでに服の繊維が伸び伸びであり、色が透けて見える……、
なんてかわいそうな上着だろう。この主人公に身につけられさえしなければ、
変な高台にさらされたり、伸ばされたりはしなかっただろう。
哀れなものである。服が。ちなみに、バーゲンで買った5年前の物で、ある意味
ビンテージ……、
「……ふぅん、ヤルね」
と、現実逃避していると、
どこからともなく、ナウオンセール的なバーゲンセールの風景に、
少年のナレーションが入った。瞬くと、
喋っていた。このチビのガキンチョ、喋りだしたのである。見開くカイン。
高位の魔族は、その押したら倒れそうな線の細い容貌からは、
想像できぬほどの鋭い目つきで、ピンクの悪魔を見据えている。
「僕の魔眼をものともしない、なんて。
素晴らしいね」
そういえば、と。
言われて初めて、カインは気づいた。
高位魔族のオプションが、通用しない?
動揺しつつも、ピンクの悪魔を見つめ直すと、彼女は、頬を赤らめ、
「褒められちゃった!」
ものすごい、きらっきらとした、笑顔全開で、
カインに振り返り、見上げてくる。大きく開かれた、
金の瞳が輝いている。眩しい。
正直、可愛く感じた、が。
口の隙間から覗く、八重歯の鋭さに目がいった。
「頭の方は、お花で敷き詰められてるようだね。
それも、いろいろと」
対し、魔族の自称王様はといえば、そんな元ひよこに、
辛辣な言葉を吐いてくる。
「小鳥に擬態してまで、そんな裏切り者と共にいるなんて……、
本当、まいっちゃうよ」
「えっへん!」
「……褒めてない」
先ほどから、裏切り者、の言葉が気になった。
……が、変なことはつつかないほうがいいので、
カインは黙ったままでいる。第一、下手にしゃべると、
何がどうなることやら、我が身が危ういからだ。
なんせ、高位魔族である。
あんな、天使みたいな顔をしていながら、
やってることは鬼畜である。様々な噂話は、魔界の首都にいる間、
よく耳にしていたことだ。
「それに、悪魔がどうして魔界にいるのさ。
食料は人間界にあるだろう」
確かに。
悪魔の餌は、人間の持つ、心。
憎悪だ。マイナス思考をもぐもぐ食べる。
自称少年、じゃなかった、自称王様の意見もごもっともなので、
無言のままに、カインは、相変わらず服を引っ張ることに余年のない、
ピンクの悪魔のつむじを見下ろす。
「ん! リリ、食料あるから大丈夫!! 元気だよ!」
そうして、ピンクの悪魔は、カインの服を思い切り引っ張り、
ちょっとだけ、びりっ、と破った。
「あ」
いい大人の魔族は、脂汗をかきつつ、その場で立ち尽くしていた。




